第二十六話 悪意と絶望
半年ぶりに、俺たちは二十一階に立っていた。
薄暗い、広大な回廊。
天井は高く、道はまるで大広間だ。
以前と、何も変わらない....かつての階層主たちが、雑魚のように徘徊する深層。
でも──変わったのは、俺たちのほうだった。
グオオオオッ!
うろついていた鬼面オーガが、こちらに気づいて咆哮する。半年前は、この一声で、部屋の空気が凍りついた。
今は。
「バルトさん」
「おうよ」
バルトさんが、前に出る。鬼哭大盾を構え、城塞を纏う。
キィィィイッ!
──前回、俺たちを苦しめた、あの空からの奇襲。シルバーバードが、頭上から急降下してくる。
でも、今度は...
「──ファイアボール」
俺は、掌に火を灯して放った。
下級魔法...ミレイさんの大魔法に比べれば児戯みたいなものだ。
でも──俺は技量の数値がミレイさんよりもあるからーー
ドッ!
「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール!」
ランクが低い魔法でも桁違いの魔力と技量で詠唱が短く数が撃てるためシルバーバードを、正面から撃ち抜くことに成功した。銀の巨鳥が、悲鳴を上げて墜落する。
(……効く)
──連発ならランクが低くても効果がある!!
火球が、次々と、飛んでいく。空からの敵を、片っ端から撃ち落としていく。前回手が回らなかった上を今の俺なら、押さえられる。
その間に、バルトさんが鬼面オーガを完全に受け止め、ミレイさんの炎が巨躯を焼きフィーネさんの矢が急所を貫く。
一体、二体、三体。
かつて死力を尽くした相手を俺たちは、危なげなく片付けていた。
「……ふふっ。楽勝ね!」
ミレイさんが、杖を回しながら笑った。
「半年前に追い返された仕返し、たっぷりさせてもらったわ」
リベンジは、果たした。
その勢いのまま、俺たちは、さらに奥へ進んだ。
二十二階--
階段を降りたそこは──今までと、様子が違った。
「……止まってください」
フィーネさんが、鋭く言った。看破を走らせた目が、こわばっている。
「……数が、多い。それに……これは」
回廊の奥に、影が、蠢いていた。鬼面オーガ。ゴブリン。それも、一体や二体じゃない。
そして──その中心に。
ひときわ大きな、鬼がいた。鬼面オーガに似ているが、もっと大きく、鎧を纏い指揮杖のようなものを掲げている。
「鬼面オーガ……ジェネラル」
フィーネさんが、その名を読み上げた。
「どうやらあれが、この群れを率いているみたいです……」
「なっ……敵が、パーティを組んでるっていうの!?」
ミレイさんが、息を呑んだ。
これまでは、魔物はそれぞれ勝手に襲ってきた。
でも、ここは違う。
ジェネラルの号令のもと、魔物たちが連携して動く。
まるで、俺たちのように。
「気をつけてください……あそこにいる、緑の大鬼ですが【ゴブリンチャンピオン】ゴブリンの最上位種です。攻撃力だけなら──鬼面オーガを超えます」
フィーネさんの声が、緊張していた。
「それと、後ろの杖を持ったゴブリン。ゴブリンウィザード。……Bランクまでの魔法を、使ってきます」
魔法使いのゴブリン、指揮官、攻撃特化の大鬼。
完全なパーティーだった。
「……面白いじゃない」
ミレイさんが、杖を構えた。
「敵が連携するっていうなら、こっちもそれ以上の連携で叩き潰すだけよ!!──行くわよ!!!」
◇
戦いは、これまでで、いちばん激しかった。
ジェネラルの号令で、鬼面オーガたちが、一斉に襲いかかってくる。ゴブリンチャンピオンが、凄まじい速さで前衛に突っ込み、後方からはウィザードの魔法が飛んでくる。
「くそっ……数が、多い!」
バルトさんが、大盾で受ける。
だが、敵は四方から襲ってきた。前回はこれで崩れたが今回は違う──
「──献身!」
バルトさんが吠えた。
その瞬間、ミレイさんとティアさんのダメージがすべてバルトさんに集約された。ゴブリンウィザードの魔法も、チャンピオンの一撃のダメージをすべてバルトさんが引き受ける。
盾騎士の、新たな力。
任意の味方のダメージを肩代わりする。離れた後衛すら守れる。
「レイ、フィーネ!後衛は、気にすんな! 全部、俺が受ける!」
バルトさんの背中が大きかった。壁は一枚でも、その守りは、もう全員に届いていた。
「まかせたわよっバルト! ──フレイムストーム!」
ミレイさんの大魔法が、鬼面オーガの群れを丸ごと焼き払う。
「みなさん、傷は、わたしが──広域治癒!」
ティアさんの光が、前衛をまとめて癒す。範囲は広くないけれど密集した前衛を支えるには十分だ。
そして俺は...
前に出て剣を振るい、鬼哭刀で鬼面オーガを断ちながら後ろに退いて今度は、ファイアボールの連発で詠唱中のウィーザードを牽制する。そしてフィーネさんの指揮を聞きながら穴の空いた場所へ次々と攻撃を行い隙を誘う。
「レイ君、右のゴブリン!」
「はい!」
「──ソニックレイ!」
フィーネさんの矢が、ジェネラルの眉間を撃ち抜いた。号令の要を失った群れが、統率を乱す。
そこからは、早かった。
連携を崩された魔物はただの烏合の衆だ。俺たちは、一体ずつ確実に狩っていった。
最後に、ゴブリンチャンピオンと鬼面オーガを全員がかりで討ち取って──
魔物の群れは沈黙した。
「……はぁ。さすがに、疲れたわね」
ミレイさんが、額の汗を拭った。
「ふふん!でも……勝ったわ。敵がパーティ組んでても、あたしたちのほうが、上だったってことね!!」
半年の鍛錬。その成果は、本物だった。
俺たちは、ここで確かに通用している。
◇
そのときだった。
「──よぉ。やるじゃねえか、銀の羽根」
聞き覚えのある声が、回廊の奥から響いた。
振り返ると、そこに五人の冒険者が立っていた。
先頭の大柄な体躯と無精髭に見慣れた顔。
「ガロさん……! それに、ザイドさんも!」
ガロさんと、ザイドさんだった。
あの、一件のあと新しいパーティを組んで再起したはずの二人だった。
「久しぶりだな、レイ。……やっと追いついたぜ!」
ガロさんがそう俺に告げた。その顔つきは、あの頃よりずっと穏やかでまとう空気は明らかに強くなっていた。
「ああ。……あの連携は見事だった。あの時とはもはや別のパーティだな」
ザイドさんも、静かに頷く。かつてのライバルの成長を素直に認める目だった。
「ガロさんたちこそ……こんな深層に。まさか、二十二階を?」
俺が聞くと、ガロさんは少し照れたように笑った。
「まあな。俺たちの今の狩場だ。……お前らが二十階で足踏みしてる間に、俺たちも、必死に上を目指したのさ」
俺たちが、二十階で半年足踏みしていた間にガロさんたちは、そのさらに先へ二十二階を、主戦場にするほどに成長していた。
追いつく、と言っていた二人が。今は、俺たちの先を歩いている。
悔しさと──それ以上の、嬉しさがこみ上げた。
「すごい……本当に、強くなったんですね」
「へっ。当たり前だろ」
ガロさんが、胸を張る。だが、その表情がふと後ろに向いた。
「……ああ、紹介するぜ。今の、俺たちのパーティの──」
そのときだった。
ガロさんの後ろから、三人の男女が、進み出てきた。
◇
先頭の男。
白銀の鎧に聖印を掲げた大剣。整った顔立ちに傲慢な笑み。ひと目で格が違うとわかる。まとうオーラがガロさんやザイドさんとも桁違いだった。
その男が、俺たちを値踏みするように見回して──
ふと、その視線が、ティアさんの上で、止まった。
「……おや?誰かと思えば」
男の口元が、嗤いの形に歪んだ。
「ティアじゃないか。久しぶりだな。……お前、まぁだ冒険者をつづけていたのか?」
ティアさんの体がびくりと凍りついた。
「……セイ...さん」
その声は、震えていた。いつも、おっとりと落ち着いているティアさんの声が。
俺は、初めてこんな顔のティアさんを見た。
「セイ……さん?」
ミレイさんが、訝しげに、ティアさんと男を、見比べる。
「ティア、知り合いなの? この、感じの悪い男」
「ミレイちゃん、やめて……」
ティアさんが俯いた。その肩が小さく震えていた...
男──セイはティアさんの怯えを見てさも愉快そうに笑った。
「知り合い? まあ、そんなところだ。……こいつはな、昔俺のパーティにいたことがあってな」
そして、後ろの女性を顎で示した。金髪の聖者の女性。
「こいつがしばらく抜けててな。その穴埋めにこいつを拾ってやったのさ。……本命が戻るまでの間に合わせにな」
間に合わせ。
その言葉に、ティアさんの、震えが、大きくなった。
「そんで、ノーラが戻ってきたから、用済みだ。……当然だろう? まぁ体だけは良かったが本命が帰ってきたのに代用品を置いておく理由がないだろ?」
セイの隣で、ノーラと呼ばれた女性がくすくすと笑った。
「あら、まだ生きてたのねその子。……セイ様、優しいから、あのときちゃんと引導渡してあげたじゃない。『お前は、私の代わりでしかなかった』って」
代わり。
代用品。
ティアさんの、目からぽたりと涙が落ちた。
「……ぁ」
震える唇。
「……また……わたし、また……いらなく、なる……」
その小さな声を聞いた瞬間。
俺の中で、何かが──ぶちりと音を立てて切れた。
◇
「──いい加減に、しろよ」
気がつけば俺はそう口にしていた。
自分でも、驚いた。俺は、人に怒ったことなんてなかった。運び屋扱いされ、飯も食えなくても恨んだことなんて一度もなかった。
でも...今は。
腹の底から、熱いものが突き上がってくる。
「ティアさんを……代用品なんて、言うな」
俺の声は、低く震えていた。怒りで....生まれて初めての怒りで。
セイが、初めて俺を見た。まるで、道端の石を見るような目で。
「はっ!なんだお前は。見たところなんだお前冒険者か?ハッハァ!ふーんなるほどぉ?……ティアの恋人か何かか?」
「あんたなによ!!!その言い方!」
そこで爆発したのはミレイさんだった。
「あんた、さっきから聞いてれば! ティアを、間に合わせ? 代用品? ……ふっざけるのも、大概にしなさいよ!!」
ミレイさんのツインテールが逆立つように揺れる。その目は涙で潤みながら真っ赤に燃えていた。
「ティアがどれだけ……あたしたちを支えてくれたと思ってんの! 何度、ティアの回復に、命を救われたと思ってんのよ! それを……それを、いらないだの、代わりだの……!」
「ミレイちゃん……」
「あんたなんかに……ティアの値打ちがわかってたまるもんですか!!」
そして──俺は、フィーネさんを見て、ぞっとした。
フィーネさんは、何も言わなかった。ただ、静かにセイたちを見ていた。
いつも、柔らかく細められている、その瞳。おっとりと、優しく笑っている、その目から──
光が、消えていた。
「……フィーネさん?」
俺が呼んでも、フィーネさんは答えない。
ただ、底冷えのする静かな声で呟いた。
「……人を道具みたいに扱う人。……わたしいちばん嫌いなんです」
その声に、俺は、震えた。レイに向けるヤンデレじみた執着とも違う。これは純粋な氷のような怒りだった。
そして、バルトさん。
バルトさんは、何も言わずただ静かに一歩前に出た。
その大きな背中で、俺たちを庇うように。
「……レイ。ミレイ。フィーネ。……落ち着け」
低い声だった。バルトさんも怒っている。腹の底で静かに燃えている。それが、伝わってきた。
「気持ちは、わかる。……だが、ここで暴れてもティアが余計につらくなるだけだ」
バルトさんは、そう言ってティアさんの肩にそっと手を置いた。
「ティア。……俺たちはお前を間に合わせだなんて思っちゃいねえ。お前は俺達の聖者だ。……替えなんかいねえ」
その言葉に、ティアさんがはっと顔を上げた。
◇
そのときだった。
俺の中で、燃え上がった怒りが──ふいに『何か』に、火をつけた。
(……作れる)
頭の中に、ふっと、新しい『手応え』が生まれた。
アイテムボックスの中のスキルリング。ミレイさんに配った属性魔法のリング。ティアさんの治癒のリング。それらが、頭の中で──重なって見えた。
(……二つを、ひとつに……?)
スキルリングとスキルリングを合わせる。ひとつの指輪にふたつの力を宿らせる。しかも──合わさったときその力はさらに跳ね上がる。
そんなことが...できる?
いつの間に覚えたのかはわからない。ただ、この怒りが俺の【製造】をまた一段押し広げたような気がした。
(……これがあれば)
ティアさんを...フィーネさんを...ミレイさんを...みんなをもっと強くできる。
こいつらに、二度と、【替えが利く】なんて言わせないくらいに!
俺は、その手応えをそっと胸の奥にしまった。
今は、まだ見せる時じゃない。
◇
「……もう、行きましょう」
フィーネさんが、光の戻らない目のまま静かに言った。
「これ以上、この人たちと話すことはありません。……さぁティアさん、帰りましょう!」
「……はい」
そういいながらフィーネさんがティアさんの手をそっと取り涙を拭った。
俺たちは、セイたちに背を向けて歩き出した。
その背中に。
「──おい、待てよ」
ザイドさんの、困ったような声が聞こえた。
「……悪かったな。うちのリーダーが……あいつは、腕は、確かなんだが」
「おいザイド。余計なことを言うな」
セイが冷たく遮る。
ザイドさんとガロさんが、気まずそうに顔を見合わせた。この二人はセイのやり方に思うところがあるらしい。強さに惹かれて組んではいるけれど心から馴染んではいない。そんな空気が、伝わってきた。
でも俺たちは、振り返らなかった。
ただ、ティアさんをみんなで囲むようにしてその場を後にした。
◇
──俺たちが去ったあと。
セイは、遠ざかる銀の羽根の背中を値踏みするように見つめていた。
「……ふぅん。ティアの拾われ先か。ずいぶん、羽振りのいいパーティじゃないか」
その目が細くなる。
「なあ、ザイド。あの弓使いの女……フィーネとか言ったか?あの指揮と狙撃。……なかなかいい腕だ。それに顔もいい」
セイの口元が、いやらしく歪んだ。
「あれは……欲しいな」
「……セイ」
ザイドが、眉をひそめる。
「それに、あの盾の男。……妙なスキルを使っていたな...後衛の傷を肩代わりする……あんな芸当は聞いたことがない。ユニークジョブか?」
セイの頭の中で、算盤が弾かれていく。
「うちの斥候は……ザイド、お前がいる。だが、あの弓使いなら狙撃もできて索敵もできる。……お前と、替えてもいいくらいだ」
「おい」
「あの盾もいい。うちの前衛よりよほど硬そうだ。…ふぅむ…交換できないものか」
ザイドは黙り込んだ。
セイの言う【交換】がどういう意味か。かつて、レイを駒のように切り捨てた王狼の牙と同じ匂いがした。
「……なあ、セイ。あいつらは仲間だぜ?物みたいに、やり取りするもんじゃ──」
「仲間?」
セイが、鼻で笑った。
「強い駒を、揃える。それが、上を目指すってことだろう。……なに、方法はいくらでもある」
回廊の奥で。
強者の、傲慢な算段が、静かに動き始めていた。
そのことを──銀の羽根は、まだ、知らない。




