第二十三話 白金の壁
二十階、階層主の部屋。
石の扉の前で、俺たち五人は並んで立っていた。
「作戦は、さっき決めた通りです」
フィーネさんが、静かに言った。
「バルトさんが前衛で鬼面オーガを引きつけてください。わたしが指揮を執ります。……行きますよ」
作戦は非常にシンプルだった。バルトさんがひきつけてフィーネさんの指揮により残りが行動するといった単純なものだった。
「おうよ。任せろ」
バルトさんが、大盾を構え直す。
「あんときとは違うぜ?鬼面オーガの攻撃も耐えて見せる!」
ギィィィィッ。
石の扉が、開く。
部屋の中央に、それはいた。
人の三倍はある巨躯。赤黒い肌に、二本の角。
手には自分の背丈を超える大太刀。
鬼面オーガ
前に見たときと、何も変わらない。
まともに受ければ俺なんかはひとたまりもないが、俺達にはバルトさんがいる。
グオオオオッ!
咆哮が、部屋の空気を震わせた。
「──城塞!」
鬼面オーガが叫び終わる前に、バルトさんが叫んだ。
その体が、ぶわりと白い光に包まれる。重い鎧がさらに厚く見えその体にオーラが纏われる。盾騎士だけが纏える守りの極み。
「来い! 鬼面ァ! 相手は俺だぁ!」
バルトさんが、盾を打ち鳴らして吠えた。
鬼面オーガの赤い目がバルトさんを捉える。
ヘイトが、バルトさんに集まり狙いが一人に絞られていく。
「今です! みなさん!」
フィーネさんの号令が、飛んだ。
◇
鬼面オーガが大太刀を振り上げた。
その切っ先が、バルトさんめがけて振り下ろされる。
ズガアアンッ!
バルトさんの足が、ずずっと後ろへ滑る。腕が軋しみ衝撃がバルトさんの身体を超え石の床に、亀裂が走った。
「くぅっ……重ってえなぁ! だが……」
バルトさんが、歯を食いしばる。
「このくらいっ……!」
城塞を纏ったバルトさんの頑丈さは、あの一撃を確かに受け切っていた。
押し込まれても膝を折らない。
まさに、動かざる要塞。
「……フィーネさん!!バルトさん、耐えてます!」
俺が声を上げると、フィーネさんが頷いた。
「はい。バルトさんがいる限り、わたしたちは自由に動けます。……ミレイさん!」
「言われなくても!」
ミレイさんが杖を掲げた。
「──フレイムランス!」
炎の槍が、鬼面オーガの脇腹を貫く。
ボッ、と炎が爆ぜたが鬼面オーガはほとんど怯むことはなかった。焼けた肌が、じゅうと煙を上げるだけ。
「…くっ…硬い。やっぱり魔法...通りにくいわね」
ミレイさんが、舌打ちする。
鬼面オーガは、魔法への耐性が桁違いに高かったがフィーネさんはそれを見越していた。
「ミレイさん大丈夫です聞いてないわけじゃないのでどんどんお願いします」
「えぇ!わかってるわ作戦通り撃ち続けるわよ!!!」
ミレイさんがそう言いながら魔法を撃ちこんでいく。
「ミレイさん! 当てる場所、変えてください!」
俺は、叫んだ。
「さっきの傷! 焼けて皮が裂けた、同じところ! 身体の内側なら──!」
「……なるほどね! やってみるわ!」
ミレイさんが、狙いを絞る。
さっき炎が抉った脇腹の裂け目を狙いその内側へ。
「──フレイムランス!」
ズドッ!
ミレイさんが正確に二発目のフレイムランスを鬼面オーガの脇腹に炸裂させる。
すると今度は、鬼面オーガが低く唸った。魔法は通りにくくても、通らないわけじゃない。当て方さえ工夫すれば確かにダメージが通る。
「いい感じです! そのまま、削り続けてください!」
フィーネさんが、指揮を飛ばす。
その間も、バルトさんは受け続ける。ミレイさんは、鬼面オーガに向かい魔法を撃ち続ける。
そして、俺は──
「レイ君!」
フィーネさんが、俺を呼んだ。
「ミレイさんの反対側から攻撃お願いします!」
「はい!」
俺は、鷹の目で鬼面オーガを観察しながらウィンドソードを振るう。
シャ!ズバッ!!!
鬼面オーガの動き。
太刀の軌道。
バルトさんへ振り下ろす。
受けられる。
引き戻す。
また...振り下ろす。
その繰り返しの中に──
(……あれ)
ふと、引っかかった。
太刀を大きく振り切ったあとほんの一瞬、鬼面オーガの動きが止まっている腕が伸びきって、次の構えに戻るまでのわずかな隙...
「フィーネさん! !」
「──ええ。確認しました」
フィーネさんの声が、確信に満ちていた。
「大振りのあと。刀を戻すまでのほんの一瞬。あそこだけ動きが止まります」
さすが、フィーネさん。俺がなんとなく察したものを、フィーネさんは、はっきりと言葉にして捉えていた。
でも
──俺にも視えていた。
「隙は、大振りの直後。時間にしてほんの数瞬。……そこに、全部を叩き込みます」
フィーネさんが、みんなに通る声で告げた。
「バルトさんとレイ君は大振りを誘ってください。ミレイさんはそのまま魔法を斉射。そしてわたしがとどめを刺します」
「「了解!」」
◇
鬼面オーガが大太刀を振りかぶる。
「バルトさん!」
「おうよ! でっけえの、こっちだぁ!」
バルトさんが、盾を打ち鳴らして挑発する。ヘイトが、跳ね上がる。鬼面オーガの狙いが、バルトさんに集中する。
そして、俺は力を集中させる。
いつもの速さ重視の一撃ではなく、剛力スキルを得たことで戦士のスキルが使えるようになった俺は渾身の一撃を鬼面オーガに撃ちこむ。
「パワァースラァァァッシュ!!」
ズガン!!
重い音と共に鬼面オーガの足が崩れおちる。
「今ですミレイさん!!」
「よくやったわレイ!フィーネ後はまかせるわよ!!ロックブラスト!!!」
ゴガガガガガガッ
岩のつぶてが体制が崩れている鬼面オーガの足元に撃ちこまれると土煙があがった。
「あれじゃぁフィーネさんが見えない?!」
「いいえレイ君大丈夫ですよ。ちゃんと視えてます」
崩れた体勢。ふさがれた視界『今すべてが、ひとつの隙』に重なった。
フィーネさんは、もう弓を引き絞っていた。
「──捉えました」
静かな声。
引き絞られた弦が、限界まで、しなる。
「散りなさい」
そして、放たれた。
「──ソニックレイ!」
ヒュンッ────!
ボッ!!
鬼面オーガの胴に大きな穴が開いていた。それは音を置き去りにした光の一射
グ……ガ……。
鬼面オーガが、低く呻いた。
その巨躯が、ぐらりと傾いて──
どぉん
地響きを立てて崩れ落ちる。
やがて、その体が光の粒になって消えていった。
◇
しん...部屋が静まり返った。
誰も動かなかった。
やがて──
「……やったわ」
ミレイさんが、ぽつりと呟いた。
「やった……やったわよ! あたしたち、鬼面オーガを──倒したわ!」
「うおおおおっ! やったぞぉ! 見たかぁ! 俺の城塞ぇ!」
城塞を解いたバルトさんが、盾を突き上げて吠えた。
「どぉだフィーネ!!! 鬼面オーガ耐えきって見せたぞ!!!!! これが……これが、盾騎士だぁ!」
「ふふっバルトさんお見事でした」
その顔に、あの後ろ向きな影はもうどこにもなかった。ただ、やり切った男の晴れやかな笑顔だけがあった。
ティアさんが、錫杖を手に、笑う。
「……結局、わたしの回復は一度も要りませんでしたね。それだけ、バルトさんが皆さんを守り抜いた証拠ですね。」
「へへっ……そりゃ、な」
バルトさんが、照れくさそうに頭をかいた。
◇
そのときだった。
鬼面オーガの消えた跡に、宝箱が、ひとつ。ぽつんと残されていた。
「お、来た来た! ドロップだぜ!」
バルトさんが、目を輝かせて駆け寄る。
「なんだかんだ、これが一番の楽しみなんだよなぁ! 階層主のドロップだ、期待できるぞ!」
「もう、子供みたいね。……でも、あたしも気になるけど」
ミレイさんも、そわそわと覗き込む。
俺も、思わず身を乗り出し何が出るのかとワクワクしながら宝箱を覗き込んだ。冒険者にとって、この瞬間はいつだって、胸が高鳴る。
バルトさんが蓋に手をかけて一気に開けた。
「──おおっ!」
中には鬼面オーガの素材がぎっしりと詰まっており、その真ん中に一張りの弓が収まっていた。
黒く鈍く光る弓身。
鬼の角を思わせる緩やかな反り。
ただの弓じゃない。ひと目でそれが業物だとわかった。
「弓……!」
フィーネさんが、息を呑んだ。
俺は、そっとそれを手に取って鑑定してみる。
「……すごい。これ、『鬼哭弓』っていうみたいです」
浮かび上がった効果を、俺は読み上げた。
「技量+15、敏捷+10。それに固有効果……【魔矢生成】。MPを使って、魔力の矢を作り出して撃てる。実体の矢がなくても、相手の弱点に合わせた属性の矢を紡げる、って……」
「……嘘。それって」
ミレイさんが、目を丸くした。
「魔弓じゃない……とんでもないレアものよ!」
俺は、その弓を、フィーネさんへ差し出した。
「フィーネさん。これはフィーネさんが使うのが、一番だと思います。とどめも、フィーネさんが刺してくれたので」
「……いいん、ですか?」
「ぐぬぬ...そうね..フィーネが使うのが一番得だわ」
「あっはっは、ミレイそんな顔すんなよ」
「そうですよミレイちゃん。杖がでたらもらえば良いんです。錫杖がでたら私がもらいますのであしからず」
「盾がでたら俺だぜ!!」
「「「あははははは」」」
俺達はそんなことを言い合いながらフィーネに鬼哭弓をわたす。
フィーネさんが両手で大事そうに受け取った弓を、そっと引いてみる。しなる弓身に、フィーネさんの目が、細められた。
「……手に、馴染みます。まるで、最初から、わたしのものだったみたいに」
その横顔が、いつもより少しだけ、凛々しく見えた。
倒した鬼の力の宿った弓。それが、フィーネさんの手に渡る。
「みなさんありがとうございます。大事にしますね」
そう言って大事そうに弓を抱えてるフィーネさんを見て俺はきれいだなと見惚れていた...
◇
リンドールの冒険者ギルド。
俺たちが二十階の階層主を撃破したと報告すると受付は一度探索記録を確認するために奥へ引っ込んだ。
しばらくして戻ってきたギルドマスターが、俺たちの前ではっきりと告げた。
「──確認した。銀の羽根、二十階層主『鬼面オーガ』の討伐を承認」
ギルドの喧騒が、ふと静まる。
まわりの冒険者たちの視線が、俺たちに集まった。
「本日をもって、パーティ『銀の羽根』を──白金級に認定します。おめでとう」
その言葉に、部屋が、沸いた。
「「「「「おおーーーっ」」」」」
「やったーっ!」
「ついに、ここまで来たか……!」
ミレイさんが飛び跳ね、バルトさんが大笑いし、ティアさんはそっと目尻を拭う。周りの冒険者たちからも、まばらな拍手が起きた。白金級。この街ではトップパーティーとなった。
金級で足踏みしていた、あの頃。
十階の壁を越えられずにいたあの頃。
そこから、ここまで。
(……遠くまで、来たなぁ)
俺は、その光景を眺めながらしみじみと思った。
「レイ君」
ふと、フィーネさんが俺の隣に来た。
「今日、勝てたのは。あなたのおかげでもあります。……あの隙を見つけられたのは、レイ君が隙を確認しながら動いていてくれたから。わたし一人じゃあんなに早くは捉えられませんでした」
「そんな……俺は、なんとなくそう動いただけで」
「その"なんとなく"が、大事なんです」
フィーネさんが、ふわりと笑った。
「レイ君は、いつも。誰かの力になれる場所に、自然といてくれる。……それって、すごいことですよ」
その言葉が、なぜか、胸に残った。
誰かの力になれる場所に、いる。
そうか....俺の戦い方は、たぶんそういうことなのかもしれない。
みんなが力を出せる、その一瞬の隙を作る。前でも後ろでもない、その隙間を動き回る。
それが、俺の戦い方だ。
「──さ、帰りましょう!」
ミレイさんが、みんなを振り返った。
「白金級の、お祝いよ! 今日は、ティアもフィーネも、レイも朝まで付き合いなさいよね!」
「あら、いいですね」
「ふふ。じゃあ、レイ君の手料理で」
「はいっ!いっぱいつくりますね!」
「えっ?俺よばれてないんだけど?!」
「あんたに拒否権はないのよ!参加に決まってるじゃない!!!」
みんなが、笑った。
俺も、笑った。
二十階の壁を越えて。俺達は次の高みへ。
奈落回廊のさらに深くへ...
俺たちの冒険は、始まったばかりだ。




