第二十一話 盾だけで、あの鳥を倒せ。
その夜。
俺は、バルトさんに、酒場へと連れ出されていた。
「よう、レイ。……たまには、男二人で飲もうぜ」
昼間の、あの後ろ向きなバルトさんとは、少し違った。無理に、明るくしているのがわかる……たぶん、この人なりに気持ちを整理しようとしているのだ。
俺は、黙ってついていった。
「今日は悪かったな。ま、飲め、飲め。俺の奢りだ」
バルトさんが、豪快にエールをあおる。俺もそれに付き合った。
しばらく、他愛のない話をしていると。
「……おや。誰かと思えば」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると.......そこにいたのはガロさんと、ザイドさんの二人だった。揃って、飲んでいたらしい。
「ガロさん! それに、ザイドさんも!」
「よう、レイ、バルト」
あの出来事以降ガロさんとザイドさんは二人で新しいパーティを組んで地道にやり直しているらしい。ガロさんの顔つきはあの頃よりずっと穏やかになっていた。
「せっかくだし一緒に飲もうぜ!」
そういうわけで俺たち四人は同じテーブルを囲むことになった。
◇
酒が進むにつれ、バルトさんの口も軽くなっていった。
そして――ぽろりとこぼした。
「……はぁ。実は俺よぉ。……転職...できねえんだ」
「転職?」
ガロさんが首をかしげる。
「おーう。レベルなんざとっくに50超えてるのによぉ上位職になれねえんだぁ。……くっそ、なんでだよ」
バルトさんが、頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「はぁ?お前が? なんでだ?」
ガロさんが、意外そうに言った。
「俺なんざ、レベル50になった瞬間に勝手に豪傑になったぞ」
「俺も...だ」
ザイドさんが静かにうなずく。
「50を超えたら、自然と暗殺者になっていた。……お前、条件は満たしているのか?」
「満たしてるっつーの! だから、悩んでるんだよ! あー、なぁんで、俺だけなれねえんだ――!」
バルトさんが、卓に突っ伏す。
俺は、その様子を見ながらふと思ったことを口にした。
「……そういえばバルトさんって。ガロさんみたいな感じとは違いますもんね」
「あ?」
「ガロさんは、力で押していくタイプ……でも、バルトさんはそういうタイプじゃないっていうか...攻めるより守る方の人だから」
「…そう!…そうなんだよ、さっすがレイわかってる。」
バルトさんが顔を上げた。
「俺ぁ、そもそも、攻撃するタイプじゃねえっつーかぶん殴るより受ける方が性に合ってんだ……なのに!戦士の!上位職!っつったら豪傑しかねえだろ? ……そりゃ、なれねえわけだ」
「おい、待て」
そこで、ガロさんが口を挟んだ。
「そもそも、お前なんでそんな性格で戦士なんかやってんだよ。そんなに守り特化なら....」
「うるせえ! 好きな奴がいてそいつを守るために戦士になったんだよ!」
「ほーう。好きな奴ねぇ?」
俺はすぐミレイさんのことだと思ったが口に出すのはやめた。人の恋路に口出ししてはいけないのだ。そうティアさんが前に教えてくれた。
◇
そのやりとりを聞いていたザイドさんが、ふと何かを思い出したように眉を寄せた。
「……待て...守り特化の戦士...?……そういえば」
「なんだ、ザイド?」
「昔、聞いたことがある……戦士の上位職は豪傑だけじゃないと」
その言葉に。バルトさんががばっと身を起こした。
「な……なんだって!!? 豪傑以外にあるのか!?」
「ああ。確か……防御に特化した上位職があるとか聞いたことがある。だが、条件があまりに突拍子もなくてな。眉唾だと思って忘れていた」
「なぁ頼む!!!思い出してくれ! 頼む!!!ザイド! 思い出してくれぇ!」
バルトさんがザイドさんの肩を掴んで揺さぶる。
ザイドさんはわずらわしそうに、それを、払いのけながら記憶をたぐった。
「……たしか...その、上位職になるには」
「なるには!!?」
「たしかある試練を越えなきゃならなかったはずだ……」
「その試練って!!!!!!」
かなり前のめりにバルトさんがザイドさんがを問い詰めると。ザイドさんが揺さぶられながら試練の内容をバルトさんに告げた。
「たしか...武器を一切装備せず盾だけであのシルバーバードを倒せだったと思う」
しん、とテーブルが静まり返った。
「……はぁ?」
バルトさんが、目を丸くする。
「武器なしで? 盾だけで? ……あの階層主を?」
「ああ。だから眉唾だと言っただろう。攻撃手段を、捨てて防御だけで階層主を倒せなんて……普通は、無理だ」
でも。俺は思った。
普通じゃないなら話は別だ。
「……いけるんじゃ、ないですか?」
俺が、そう言うと。三人が、こちらを見た。
「バルトさんの、頑丈さならシルバーバードの攻撃を盾で受け切れる。あとは……時間を、かけて盾で削っていけば」
「盾で、殴り倒すってか? ……はっ。無茶苦茶だな」
バルトさんが、笑った。
だが、その目にはもうさっきまでの影はなかった。
「……でもよ...無茶苦茶でもなんでも、可能性があるならやってやろうじゃねえか!付き合ってくれるかレイ?」
そうバルトがレイに声をかけると思わぬ人物が声を上げた。
「うっし。……じゃあ、この四人でいまから行くか!」
ガロさんが、酒を飲み干して立ち上がった。
「え、ガロさんたちも!?」
「当たり前だ。乗りかかった船だろう、それにお前らには返せない借りがあるからな……それに、面白そうじゃねえか盾だけで階層主に挑むなんてよ!」
ザイドさんも、やれやれと腰を上げる。
「……回復役もいないパーティで無茶をするものだ」
フッっと笑いながらそう言った。
「あ。それ、俺も思ったんですけど」
俺は、慌てて言った。
「回復役、いませんよ? ティアさんもいないのに大丈夫なんですか?」
すると、ガロさんがにやりと笑って。
俺の肩を、ばしんと叩いた。
「何、言ってんだ。……お前が、いるだろうが、レイ」
「え?」
「その、アイテムボックスに。……たっぷり、回復ポーション、詰まってんだろ?頼りにしてるぜ?」
……頼りにされている。期待されていると思うと悪い気はしなかった。
「……はい! 任せてください! ポーションなら、いくらでもあります!」
こうして。夜の酒場の勢いのまま男四人の無謀な挑戦が始まることになった。
道中はガロさんとザイドさんが先導し魔物をたおしてくれた。
そんなこんなで十階の階層主の部屋の前に俺たちは立っていた。
「じゃあ、バルトさん。武器、預かりますね」
「おう。……頼んだぞ、レイ」
バルトさんが、腰の剣を俺に手渡す。俺は、それをアイテムボックスにしまった。これでバルトさんの手には大盾だけとなった。
「……ふう。武器なしで戦うなんざ。初めてだぜ」
「大丈夫だ。削られたら、レイが回復する。お前は、ひたすら受けて殴れ」
ガロさんが、後ろから声をかける。
今回、ガロさんとザイドさんは手を出さない。
あくまで、これはバルトさんの試練。
二人は、万一の時の保険として控えてくれている。
ギィィィィィッ
石の扉が開く。
現れたのは見慣れた銀の巨鳥。
シルバーバード、かつて俺たちが倒した十階の階層主だ。
「…ん?…いつもと様子が、違うな」
ザイドさんが、目を細めた。
そのシルバーバードはこちらを見るなりまっすぐに―バルトさんだけを狙って急降下してきた。
俺やガロさんたちには目もくれず。
まるで、自分の相手が誰なのかを知っているかのように。
「……へえ。俺だけを狙うってか...上等だ!」
バルトさんが、大盾を構える。
◇
ガキィンッ!
シルバーバードの爪がバルトさんの盾に叩きつけられた。
バルトさんの、足が後ろへ滑る。
だが、耐える。
「くぅっ……重てえ! だが……このくらいっ!」
盾で受け止めそして押し返す。
さらに盾の縁でシルバーバードを殴りつけた。
ゴッ!
「効いてる、効いてる! いいぞ、バルトォ!」
ガロさんが後ろから声をあげた。ただひたすら盾で殴るだけ。一撃、一撃は大したことはないがバルトさんの頑丈さはシルバーバードの猛攻をすべて受け切っていた。
削られては、俺がポーションを投げて回復する。
バルトさんは、ひたすら、受けて、殴る。
受けて、殴る。
時間は、かかる。
だが―崩れない。
「これが……俺の!!!!意地だぁっ!!!!」
三時間近くバルトさんは、たった一人で盾だけでシルバーバードの猛攻を受け止め続けた。そして、少しずつ確実に銀の巨鳥を削っていった。
「……もう、少し! バルトさん!」
「おうよっ! ……食らえっ! 盾のフルスイングだぁっ!!」
どごぉんっ!
渾身の盾の一撃がシルバーバードの頭を叩きつけた。
銀の巨鳥が、ぐらりと傾いて...
そしてどぉん、と地面に崩れ落ちる。
やがてその体が光の粒になって消えていった。
◇
「……やった……やったぞ! 盾だけで! 倒したぞ!!」
バルトさんが、盾を突き上げて吠えた。
そして――
シルバーバードが消えた跡に。
一つの指輪が落ちていた。
「お! 何か、落ちたぞ!」
ガロさんが、それを拾い上げる。
俺は、それを鑑定した。
「……これ。『盾騎士の指輪』って、書いてあります」
「盾騎士!?」
バルトさんが、駆け寄ってくる。俺は、その指輪の効果を読み上げた。
「効果は……頑丈+20」
「+20!?」
ガロさんと、ザイドさんが同時に声を上げた。
「おい、待て。指輪一つで頑丈が20も上がるのか!? そんな上等な装備見たことねえぞ!」
「あ...装備条件が、変です。『頑丈が、300を超えた下級職のみ装備可能』って」
だが、俺が続きを読むと二人は興味をうしなったようだった
「なんじゃ、そりゃ!?」
ガロさんが、素っ頓狂な、声を、上げた。
「頑丈、300超えだと!? そんな化け物みたいな、頑丈さの下級職なんざ……いる、わけ――」
そこで。ガロさんとザイドさんの視線がゆっくりとバルトさんに向いた。
「……あ。いたわ」
「バルトさん、頑丈、310ですもんね。……装備できますよ!!」
俺が、そう言うとバルトさんが恐る恐るその指輪を受け取って自分の指にはめた。
その、瞬間。
バルトさんの、体がぶわりと白い光に包まれた。
「おおっ!?」
「なんだ!?」
光が、収まったときバルトさんは自分のカードを覗き込んだ。
職業欄が―書き換わっている。
戦士...から。
盾騎士へと。
「……なった!上位職に!俺ついに!!上位職になれた!!」
カードをまじまじとみて喜ぶバルトさんのカードを俺は、横から確認してある一点を見て。……そして固まった。
「……あれ。バルトさん。これ……」
「ん? どうした、レイ」
「……この、盾騎士の指輪。備考に……『呪い装備。この指輪は、外せません』って。……しかも、効果が……『頑丈、プラス、0』に、なってます」
「…………はぁ?」
しん、と。した。
「呪い装備で……外せなくて……効果、ゼロ……?」
バルトさんが、自分の指を、まじまじと見つめる。指輪は、ぴったりと指にはまってぴくりとも動かない。頑丈プラス20のはずだった効果は装備した瞬間に消え失せていた。
「……なんでやねーーーーーん」
バルトさんの、渾身のセルフツッコミが。ダンジョンに、響いた。
「上位職には、なれた! なれたけどよ! なんで!この指輪!!!外れねえんだよ!!!!! しかも、効果ゼロってどういうことだ!?」
その、あまりの、間の抜けたオチに。
「「「……ぶはははははっ!」」」
ガロさんと、ザイドさんは腹を抱えて笑っていた。
「はっはっは! 上位職に、なったなおめでとうさん。記念に! 一生外せないゴミ指輪付きとはな!」
「くくく……災難だな、盾騎士どの」
「笑うな! お前ら! 笑うんじゃねえ!!」
真っ赤になって怒鳴るバルトさん。
でも、その顔は……あの、後ろ向きな影はもうどこにもなかった。
◇
ダンジョンを出ると。
外は、もうすっかり、朝になっていた。
一晩かかったのだ。
あの、長い盾だけの死闘に。
そして―ダンジョンの入り口には...
三人の人影が立っていた。
ミレイさん、ティアさん、フィーネさん。
……腕を、組んで。仁王立ちで。
「あ……」
「あ、じゃ、ないわよ!!」
ミレイさんの、雷が、落ちた。
「あんたたち、男だけで! 一晩! 連絡もなしに! どこほっつき歩いてたのよ!?」
「い、いや、これには、深い、事情が――」
ティアさんと、フィーネさんはミレイさんを、通り越してまっすぐに、俺のもとへ。
「レイさん! ご無事、ですか! お怪我は!?」
「レイ君、ちゃんと、寝ましたか? 食べましたか? 変な人に、絡まれませんでしたか!?」
二人が、俺を両側から挟んで過保護なくらい心配してくる。
俺は、たじたじになった。
「あ、あの、大丈夫です! ちゃんと、無事ですから!」
そんな、俺たちをよそに。ミレイさんが、バルトさんの顔をじっと見た。
それから
――ふっと、口の端を、上げた。
「……その顔。ちゃんと上位職になったんでしょうね?」
バルトさんが、にっと笑い返す。
「……ああ。なったぜ。盾騎士に。……もう、壁として、逃げねえ。お前らのこと、守り切ってやる」
「……ふん。当然よ」
ミレイさんが、そっぽを向いた。……でも、その口元は。ちゃんと、笑っていた。
◇
俺を、心配し終えたティアさんとフィーネさんが今度は、その矛先をガロさんと、ザイドさんに、向けた。
「……ところで。ガロさん。ザイドさん」
ティアさんが、にっこりと微笑む。目は、笑っていない。
「うちの、大事な、レイさん!を一晩中連れ回して...くれたそうで……まさか?おかしなことや変なこと...教えて、いませんよねぇ?」
「レイ君に、悪いお酒の飲み方とか……危ないことを教えたり……して、いませんよね?」
フィーネさんも、光の消えた目で詰め寄る。
歴戦の上位職二人が、聖者と、弓聖の、笑顔の圧にたじたじになって後ずさった。
「い、いや、俺たちは、何も――」
「そ、そうだ。ただ、飲んで、こいつらに付き合っただけで――」
「……ふうん? 本当に?」
ダンジョンの、入り口で。
上位職になれたバルトさんと心配性の、女性陣に詰められる男たちと。
なんだか、賑やかで。あたたかい、笑い声が、いつまでも響いていた。
これで――
白金級になる準備はようやく整ったのだ。




