第二十話 高すぎる壁
ティアさんが、聖者になってから...
銀の羽根の快進撃は加速した。
聖者になったティアさんの回復は、僧侶の頃とは比べ物にならなかった。
傷を癒す速さも魔力の燃費も。
何もかもが桁違いで前衛がどれだけ無茶をしても後ろから無尽蔵に支えてくれる。
その追い風を受けて俺たちは、十七階、十八階、十九階と...次々に、深層を突破していき白金級まで目前にきていた。
そして...その道中のこと。
「――フレアランス!」
ミレイさんの、炎の槍が魔物の群れを貫いたその瞬間。
「……あれ。あれ? なにこれ?体が……熱い?」
ミレイさんの体が。ふわりと赤い光に包まれた。
「え、え? ちょっ、なにこれ!? ……あっ!もしかして!! きた、きた、きたーっ! これってそうよね!!」
光が収まるとミレイさんがカードを確認した。魔術師から...大魔導士へとなっていた。
「ついに!!ついによ!! あたし、大魔導士になったわよ!! ついに...上位職! ふふん、どお!?」
戦闘中だというのに...ミレイさんは、飛び跳ねて大喜びしていた。
ティアさんのあの静かで重い覚醒とは大違いだ。
ミレイさんの当たり前のように50になった瞬間...何のためらいもなくあっさりと上位職に、なってしまったのだ。
「魔力も、跳ね上がってるわね! よぉし見てなさい! ……あんたたちあたしの大魔導士っぷりをしっかり見てなさいよ!」
「はいはい...わかったわかった……ま、めでたいわな」
上位職が、また一人。銀の羽根は着実に強くなっていた。
バルトさんが浮かない顔をしていた。
「……バルトさん? どうか、しました?」
俺が、尋ねるとバルトさんは頭をかいて苦笑した。
「いやぁ。……実は、俺もとっくにレベル50は超えてるんだけどなぁ...ミレイより、先にな」
「確かにそうですよね」
「おう。……なのに、俺だけいつまでたぁっても上位職になれねえんだよなぁ。……はは、なんでかね」
その声は、努めて明るかった。けれど、どこか寂しそうでもあった。
「まあ、いいさ。壁役なら、今のままでも十分やれてる。焦るこたぁねえよな!!」
そう言って、バルトさんは笑った。いつもの豪快な笑顔で。
だから、俺は深くは聞かなかった。……聞いておけばよかったのかもしれない。
バルトさんが抱えていたその小さな引っかかりが次の階層で大きな壁になって俺たちの前に立ちはだかることを...
そのときの俺は...まだ知らなかった。
◇
十九階を越えて俺たちはついに二十階の階層主の部屋の前に立った。
二十階....白金級の壁。
ここを越えれば銀の羽根は白金級パーティになれる。
「やっとここまで、来たわね」
ミレイさんが、感慨深げに、言う。
「二人だったころは、十階で足踏みしてたのに今は二十階の階層主に挑もうとしてる。……ほんっと遠くまで来たものわね!」
「油断は、禁物です。……看破で、相手を確認しますね」
フィーネさんが、そっと、扉から中をのぞいた。白金級の壁の、正体を事前に見極める。
だが...
「……これは」
フィーネさんの、表情が、みるみる険しくなっていった。
「フィーネ? どうしたの」
「……皆さん。今回の階層主は……かなり、手強いです」
全員で中をのぞく。
部屋の中央に、それはいた。
鬼だった。
人の優に三倍はある巨躯。
赤黒い肌で頭には二本の角。
そして、その手には自信の体躯を超える巨大なの野太刀を握っていた。
まるで古の武者のような...禍々しくも、どこか風格のある姿。
鬼面オーガ
それが二十階層主だった。
グオオオオッ!
地の底から、響くような咆哮。その一声だけで部屋の空気が震えた。
「……気をつけてください」
フィーネさんが、看破の結果を共有する。その声が硬い。
「あれは……完全な、物理特化型です。とんでもない力と頑丈さ。あの太刀の一撃は――」
そこで、フィーネさんが言葉を切った。それから、意を決したように...告げた。
「……バルトさん。あの一撃は、今のままではたぶんあなたの頑丈さでも.......受け切れません」
「……なんだと?」
バルトさんの、顔が、こわばる。
「あなたの、頑丈さは310。ほぼ、上位クラスです。……でも、あの鬼面オーガの攻撃力は、それを上回っています。まともに、受ければ....盾ごとあなたを砕きます」
それは。バルトさんにとって。あまりに、重い宣告だった。
盾役。壁。仲間を守るその役割こそがバルトさんのすべてだった。
その、頑丈さが...今回は通用しない。
受け切れない。
それは、バルトさんの存在意義そのものが否定されるようなものだった。
「……はっははっ」
バルトさんが、乾いた笑いを、漏らした。
「そりゃ、まいったな。……俺の、頑丈でも、駄目、ときたか」
その顔が。いつもの豪快さを失ってふっと後ろ向きな影が差した。
「……なあ、レイ、ミレイ...正直.......思うんだけどよ……俺なんかより、ガロみたいな攻撃もできる前衛の方がお前らの役に立つんじゃねえか?」
「バルトさん……?」
「あいつなら、力も桁違いだ。攻めて....守れる……俺みたいに、ただ突っ立って受けるだけの壁とはわけが違う。……なら...いっそ......ザイド辺りにでも頼んで誰か腕のいい前衛と変わった方が――」
バルトさんがそういうとミレイさんの顔がみるみる険しくなっていく...
「バルト...あんた、それ本気で言ってるんじゃないわよね?」
「あぁ!本気も本気さ!!お前らみたいな才能があるやつが俺みたいなやつがいるせいで足止めされるなんてたまったもんじゃねぇ!!」
「バルトさんそんなーー」
「――ふざけんじゃ、ないわよっ!!!」
叫んだのはミレイさんだった。
その目に涙が、滲んでいた。
「なに、言ってんのよあんた! 替えてもらう!? バルトを!? ……冗談じゃないわ! あんたは! あたしとずっと二人でやってきた相棒でしょう!?」
「ミレイ……」
「あんたが今までどれだけ、あたしたちを守ってきたと思ってんの! 何度あんたの背中に、助けられたと思ってんのよ! それを....替える!? 誰がそんなこと許すもんですか!!」
ミレイさんの剣幕に。バルトさんが言葉を失う。
「そうですよバルトさん。私たちは仲間であり家族です。全員で乗り越えればいいじゃありませんか」
ティアさんがミレイさんを支えながらそう伝えた。
そして、俺も思わず口を開いていた。
「……そう、ですよね...バルトさんを替えるなんて俺も...嫌です……でも」
ふと、俺の頭に冷たいものがよぎった。
替えの利かない存在...上位職になれないと役に立たないかもしれない。
……それは
「……バルトさんがそれを言うなら俺も同じです。俺は、ただの冒険者だ。上位職なんてない。」
「いや...お前は速くて状況が見れて攻撃ができるじゃねぇか!」
「そうです。俺はただ速いだけです...それであればザイドさんみたいなちゃんとしたよけながら攻撃できる上位職の人と……いつか....替わらないと....いけないのかも―」
「――レイさんっ、それ以上は、ダメですっ!!」
ぴしゃりと。
俺の、言葉を遮ったのはティアさんだった。
俺を、ぎゅっと抱き寄せて。
まるで、その続きを言わせまいとするように。
「そんなこと、二度と!言わないでください。あなたがいなかったら。わたしたちはとっくにバラバラになっています。……あなたもバルトさんも私たちにとっては替えの利く存在なんかじゃありません。絶対に!」
そして、フィーネさんがすっと、バルトさんの前に立った。
その目から光が...消えていた。
にっこりと、微笑んでいるのに。
目だけが、まったく笑っていない。
「……バルトさん。レイ君にあんな悲しいことを言わせて。……どういうおつもりでしょうか?」
「い、いや、フィーネ...それは、俺がー」
「いいですか?レイ君が自分を卑下するのをわたしは世界で!いちばん!聞きたく!ないんです!!!!……あなたの...後ろ向きな一言のせいで...レイ君まで、あんなこと悲しいことを言い出した。……わかって..............いますか?」
底冷えのするような圧にバルトさんが、一歩後ずさる。
歴戦の戦士が....フィーネさんの笑顔に完全に飲まれていた。
「―と、とにかく!」
その、剣呑な空気をミレイさんが、手を叩いて断ち切った。
「今日は、撤退よ! こんな状態で挑めるわけないでしょ! バルトの、壁が通用しないなら。……別の手を考えないと」
「……ああ。そうだな...すまねえ...みんな」
バルトさんが、しゅんと肩を落とす。
俺たちは、鬼面オーガに背を向けて階層主の部屋を後にした。
白金級の壁は想像以上に高かった。
けれど
問題は、壁の高さだけじゃない。
バルトさんの後ろ向きな顔。
上位職になれない焦り。
壁役としての限界。
……それを、どうにかしないことには。
銀の羽は前に進めない。
(……なんとか、ならないかな)
帰り道。
俺は、隣を歩くバルトさんの大きな背中を見ながら考えていた。
いつも豪快で頼れる兄貴分のバルトさん。
その背中が今日は少しだけ小さく見えた。
この人の力になりたい。
俺が、みんなに助けられたように。
今度は、俺が……何か、できないだろうか?
きっかけが飲みの誘いから、転がり込んでくることを俺は、まだ知らなかった。




