第十九話 聖者になれないんです。
王狼の牙とのあの一件から数日が過ぎた。
ティアさんの傷もすっかり癒え銀の羽根はまたダンジョンへと潜り始めていた。
金級になって進む深層。
十七階、十八階と俺たちは順調に攻略を続けていた。
そして、その日。
ギルドで、カードを更新したティアさんが。
「……レベル、51」
自分の、カードを見て。
ぽつりと、呟いた。
「ティアさん、レベル50を超えたんですね! おめでとうございます!」
俺が、そう言うとミレイさんもバルトさんも口々に祝いの言葉をかけた。
上位職の条件はレベル50以上。
ティアさんは、ずっと聖者を目指してきた。
あと二つ、あと一つと、焦れながら。
それが、ついに超えたのだ。
「これで、聖者ですね! ティアさん、念願の――」
「ごめんなさい。聖者になれていないみたいです」
ただただ申し訳なさそうに俺に向き直りそう...一言つぶやいた
その日からティアさんの、顔は晴れなかった。
それどころかその表情は、日を追うごとにどこか暗く...沈んでいった。
◇
数日後の夜。
パーティホームの居間で俺は、ふと目を覚ました。
喉が渇いて水を飲みに階下へ降りたのだ。
そこに.......ティアさんがいた。
一人でソファーに座って自分のステータスカードをじっと見つめている。
その横顔があまりに思い詰めていて。
俺は、思わず声をかけた。
「……ティアさん? どうかしましたか。こんな、夜遅くに?」
ティアさんが、はっと顔を上げる。
目が、少し...赤かった。
「…あっ…レイ、さん……ごめんなさい、起こして...しまいましたか?」
「いえ。……何か、悩んでるんですか?」
俺が、隣に座ると。ティアさんは、しばらく黙って。
それから、絞り出すように言った。
「……わたし。聖者になれないんです」
「え?」
「レベルは、51。条件は満たしているはず...なんです。上位職は、レベル50以上でなれる。それは間違いない。……なのに...何日経っても...わたしは、聖者になれない」
その声が、震えていた。
「なんで……なんで、なんでしょう。条件は揃っているのに。あの...街の……昔、いたパーティの...僧侶は。ちゃんと聖者になれていたのに……なんで、わたしは....なれないんですしょうか...」
その悲痛な声に。
俺は言葉を失った。
物音を聞きつけたのかミレイさんもバルトさんもフィーネさんも起きてきてティアさんを囲むように座った。
「……ティア。どうしたの?悩みがあるなら言いなさいよあたしたちは家族でしょ?」
ミレイさんが、静かに、言った。
ティアさんが、ぐっと唇を噛んだ。
それから―
ぽつり、ぽつりと。語り始めた。
「……わたし、昔。リンドールとは別のダンジョンタウンにいたんです」
「自分で言うのもなんですけど、腕のいい僧侶だった。だから、Cランクの時に金級が見えるパーティに誘われた。夢のような話でした。」
「でも……そのパーティには、元々僧侶がいたんです。わたしがそのパーティーに入った時は、その僧侶の方が不在で……わたしは、それを...知らされて...いませんでした」
その僧侶が長期の離脱でちょうどパーティーに回復役がいなかった。その、穴を埋めるための...
「……代わりの...回復役。それが、わたしの役割でした。元の僧侶が戻ってくるまでの……つなぎ...ただの無料ポーション....」
そして、元の...僧侶が戻ってきた...とき
「わたしは……用済みに...なりました。ポイ、です。……それだけなら、まだよかったんですがあの人たちは.....わたしを、追い出す口実にありもしない悪い噂を流したんです」
―あの僧侶は腕が悪い。金にがめつい。仲間を誑かした。あいつは金をだしたら誰にでも身体を開く...
「ほら...わたし自身でいうのもなんですが...見た目は悪いほうじゃないと思うんです。いろいろな噂が...街中に...広まって……身の危険を感じたのは一度や二度ではありませんでした。だから....逃げるように流れて。このリンドールへ来たんです」
◇
しん、と...静まり返った。
俺は、その話を聞きながら胸が締めつけられていた。
代わりの、回復材。用が済んだら、ポイ。ありもしない噂を流されて。
……それは二年間荷物持ちとしてこき使われた俺とあまりにも...よく似た...話だった。
「……だから、わたし。人を、信じるのが、怖く、なったんです」
ティアさんが、うつむいたまま、続けた。
「どうせ、みんな打算で動く。だったら、わたしも利用される前に利用する側になろう。そう...決めたんです。……心を、開かなければ。もう...傷つかなくて...済むから」
その視線がちらりと俺に向いた。
「……レイさん。ごめんなさい。わたしがあなたに……最初に近づいたのは打算だったんです」
「……」
「ダンジョンであなたの異常な力を見てこの子を利用すれば自分が上位職になるための踏み台にできる。……そう思って銀の羽根に入ったんです。あなたを道具として見ていた。……あの、王狼の連中と同じように」
ティアさんの、目から涙がこぼれた。
「そんな、汚い心のわたしが聖者....になんて……なれる...わけが...ないんです。人を救う者になんて!……わたしは、ずっと人を利用することしか考えてこなかったんだから!!!」
俺は。
ティアさんの、その告白を聞いて。
なぜだか少しも、腹が立たなかった。
むしろ、胸が痛かった。
この人はずっと、一人でこんな重いものを抱えて生きてきたのか...
裏切られて。
捨てられて。
それでも、生きるために心を閉ざして。
俺は、そっと手を伸ばした。
そして、ティアさんの頭に『ぽん』と乗せた。
「……レッ...レイさん?」
いつも、ティアさんが俺にしてくれるみたいに...俺は、その頭をくしゃくしゃと優しく撫でた。
「ティアさん。……聞いてください」
「……はい」
「俺、思うんです。……聖者とか。上位職とか。そういうの...関係なく」
俺は、まっすぐにティアさんの目を見た。
「ティアさんは、ティアさんですよ」
ティアさんの、目が。大きく見開かれた。
「あなたが、どんな肩書きでも。僧侶でも、聖者でも。……関係...ありません。ティアさんは、ティアさんだ!!俺たちの...大事な仲間です!!!!!……最初が打算だったとか!そんなのもうどうでもいいんです!!!!!」
俺は大きな声で言いながらティアさんを見て笑顔をみせた。
「だって、あなたはあの時ミレイさんを庇って自分の身を犠牲にした。打算とかそんなのあるわけない。あれは、本気でミレイさんを守ろうとした。……そうでしょう?」
「そうよティア!!!少なくともあの時あたしをかばってくれた時のあんたは損とか得とか関係なくただあたしを救ってくれた!!!!それでなれないならならなくていいわ!!!やさしいティアがなれない聖者なんだったら【銀の羽】に聖者なんかいらない。」
「そうですよティアさん。あなたが元気にならないと私がレイ君独り占めしちゃいますからね?」
そう俺達がティアさんに気持ちを伝えるとティアさんの、唇が...震える。
「肩書きなんていらないんです。ティアさんはもうとっくに俺たちを救ってくれてるんです何度も何度も!!!だから、聖者になれてなくてもあなたはあなたのままでいいんですよ」
その、瞬間だった。
ティアさんの、目から堰を切ったように、涙があふれ出した。
「……ぁ」
そして。
その体がふわりと淡いあたたかな光に包まれた。
金色の光が。ティアさんを中心に居間いっぱいに広がっていく。
優しくて、あたたかくて。
まるで、彼女の、閉ざしていた心が今ようやく溶けてほどけていくみたいに。
「これは……!?」
ミレイさんが目を見張る。
光が...収まったとき。
ティアさんの手にしたカードの職業欄が書き換わっていた。
僧侶から......聖者へと
「…聖者に...なれた」
ティアさんが、震える手でカードを握りしめて....それから、俺達の顔を見て。
俺を抱きしめながらぼろぼろと泣いた。
「……レイ、さん。わたし……ずっと聖者にならなきゃって.......ならなきゃ自分に価値がないって...そう...思って焦って……でも...」
「……はい」
「聖者にならなくていいって。わたしはわたしでいいって……そう、言ってもらえた瞬間……なれたんです。おかしいですよね。なりたくて、なりたくて、どうしても、なれなかったのに。……わたしでいいって思ったら……なれ...ました」
俺は、ティアさんの頭を撫でながらなんとなくわかった気がした。
たぶん、ティアさんに足りなかったのはレベルでも実力でもなかった。
『聖者にならなきゃいけない』という執着。人を、救う者になることでようやく自分が認められると...捨てられずに...済むと……そう、思い込んでいたその必死さ。
でも、本当は聖者っていうのはたぶん。
そんな、見返りのためになるものじゃない。
ただ目の前の誰かを心から救いたい、守りたいそう思える心。
それが、聖者の条件だったのだ。
ティアさんはもうとっくにそれを持っていた。
ミレイさんを庇ったあの時に。
だけど、自分ではそれに気づけなかった
「聖者になりたい」
という、執着が邪魔をして。
その執着を「なれなくても、いい」の一言が溶かしてくれた。
「……ありがとう、ございます。レイさん」
涙を拭いながらティアさんが微笑んだ。憑き物が落ちたような...心から晴れやかな笑顔だった。
「わたし……このパーティに来て本当によかった。……あなたたちに、人の心を教えてもらいました」
「ふふ……水くさいこと、言わないの」
ミレイさんが、ティアさんの、背中を、ばしんと、叩いた。
「あんたは、あたしたちの仲間よ!最初がなんだったかなんて関係ない。……ね?」
「おう!!……聖者様の回復がありゃ怖いもんなしだ!!」
バルトさんが豪快に笑う。フィーネさんもそっとティアさんの手を握った。
「そろそろレイ君を返してもらっても?」
…フィーネさんの目...が怖かった...
ようやく、本当の居場所を見つけた。……それは、俺がたどった道とよく似ていた。
だから、俺はティアさんの聖者への覚醒がまるで自分のことみたいに。
そう単純に嬉しかったのだ。




