4話
なんの騒ぎだと、冷たい声を発したにはアステリオ・ルミナス・ローゼンクロイツ。
彼は娘を見ることなく、第二皇子を見ていた。その瞳は、戦場で幾度も敵を沈黙させてきた大公の目。見ていた誰もがその目に顔色を悪くしていた。
「説明していただけますかな。」
穏やかに聞こえる。だがそれは、聞こえるだけ。
「さきほど我が娘が、」
一歩、一歩と大公の足は第二皇子へと近づいていく。
「侮辱されたように聞こえたのだが、」
とうとう、第二皇子の顔から余裕が消える。セレフィナはただそれを呆然と見ていることしかできなかった。前は私がどんなに第二皇子に責められても守ってくれることはなかったのに、今は隣に、前に、守るようにして父や兄がいることが、信じられなかった。
第二皇子は大公の圧におされるように一歩下がった。それでも皇族としてのプライドなのか唇をゆがめる。
「私はただ、可愛らしい娘と言っただけだ。」
それはあまりに苦しい言い訳だろう。ここにいる誰もが先ほどの会話を聞いていた。大公はそれに対して何も言わず見つめる。第二皇子はその沈黙が恐ろしかったのか視線をそらした。
「失礼する。」
そう言いながら、逃げるようにその場を去っていく。セレフィナはそれに息をこぼし、周囲の貴族たちは息を潜めていた。
好奇の視線、探るような視線、憐れむような視線。
それに対して大公がしたことは、ただ顔をあげるだけ。それだけだった。しかし、その視線に耐えられるものはいない。貴族たちは慌てて目を反らし、会話を再開していくか、何事もなかったかのように散っていく。数分もしないうちに視線は消えた。
そこでようやく、大公は娘へと向き直る。
「セレフィナ」
ビクリと名前を呼ばれただけで震えてしまった。大公家の娘として情けないと思っただろうか。こんなこともうまくできないでと…また、失望させてしまった。
だが、父からでたのは予想外のものだった。
「大丈夫か?」
そんな言葉をかけられたのはいつ以来だろう。そう思いながらセレフィナはただ、はいとしか言えなかった。だが、それはただの強がりだ。足はいまだに動かない。大丈夫ではない。
何を信じればいいのかわからない。今の優しさは本物なのだろうか。今日だけではないのだろうか。明日になれば、いや、屋敷に戻ればまた前のように視線をそらされるのではないだろうか。
無意識にセレフィナは一歩後ろへ下がってしまった。それをみて大公の瞳がほんのわずかに揺れる。だが何も言わなかった。いう資格がないと知っているから。
「今日は帰りなさい。」
「ですが、」
「顔色が悪い。」
それに反論できなかった。たしかにひどい顔をしているだろうと自覚があったから。
「ルーネリア嬢」
「はい」
「娘を頼む」
「もちろんです。」
ルーネリアはすぐに大公に応じ、是と答える。迷うことなくセレフィナの手をとる。
「帰りましょう」
「…はい」
去り際、セレフィナが振り返ればまだそこに父が立っていた。何かを言いたそうに、でも言えずにいるように見えるのは、私がそう願っているからなのだろうか。痛む胸に気づかないふりをして、セレフィナは馬車へと向かっていった。
やがて2人の姿は見えなくなり、静かに息をはいた大公は会場へ戻ろうと踵をかえそうとした。
「大公閣下殿」
聞き覚えのない声に振り替えると皇后付きの侍女が恭しく頭を下げていた。
「皇后陛下がお呼びです。」
「…今か?」
「はい、至急とのことです。」
侍女の迷いない言葉、平静な態度に大公の眉がわずかに動く。
だが、長年宮廷にいる立場としてこれがただの呼び出しではないことはわかる。
「皇后陛下は、ローゼンクロイツ嬢についてお話があると。」
大公の瞳が鋭く細く細められた。そして彼は無言のまま侍女の後ろを追う。
―――皇后の私室―――
皇后は一人、お茶会から抜け出し、先ほどの第二皇子とセレフィナの姿を思い出しながら両手を祈るように胸の前で握りしめる。
「今度こそ」
その握りしめられている手の中にあるのは写真の入った1つのネックレス。
「必ず守るわ…エルレシア」




