3話
揺れる深紅にも似た薄紅色の髪を揺らし、私を守るようにして立った彼女の目に浮かぶのは明らかな怒りと敵意。大公家の者にすら媚びるような目を向けることなく、鋭く冷たい視線だ。
「随分と都合のいいことをおっしゃるんですね、お二方」
「ルーネリア嬢…」
「遅いと思ってきてみれば案の定ですわね。
私の親友を弄ぶのはやめていただけないかしら」
「なんだと?」
「あら、何か間違ったことでも言いましたか?
ずっと冷たく突き放してきたくせに今更都合がよすぎるのではありませんこと?」
2人はそれに黙り込んでしまい、わかっていたかのようにルーネリアはセレフィナの腕をつかみその場から離れていく。ただ引っ張られるがままついていくと人の少ない木陰に連れてこられた。
「…リア?」
ルーネリアは、目の前に立つセレフィナを見た瞬間、息を呑んだ。情けなくも小さく震える指先をそのままに、その存在を確かめるべくゆっくりと頬へと伸ばす。唇がかすかにひらくが声にならない。
―――これは夢ではないのだろうか―――
二度、目の前で彼女を失い、その恐怖が喉を締め付ける。
セレフィナは微かに震えるルーネリアの手にそっと自分の手を重ねた。
「…ただいま、リア」
「っ…馬鹿ね…何度世界を渡ろうと、貴方を迎えに行くのは私の役目だもの。当たり前だわ。」
「世界を渡る?」
「貴方がいた別の世界での親友…あの子の魂も私の中にあるの」
もう会えないと思っていた。何かを隠しているとわかっていても口に出すことはなく、ただありのままの私を受け入れてくれた。あの日、私が誰かに押され、隣にいた親友が手を伸ばしてきたが、その手を取ることできなかった。でも、今はやっとその手を取れる。
「私の執着を舐めないでよね。」
ただ一人の親友…私を、見捨てないでくれた。ルーネリアと出会えたことは、あの世界で彼女と出会えたことは、きっと幸運だったのだろう。
「そうだわセレフィ、貴方には伝えないといけないことがあるの」
「伝えたいこと?」
「あの本に書かれていない、貴方が殺されてからの世界のこと」
「私が、」
「今は時間がないから、とりあえずあの馬鹿への対策だけど…簡潔にいうわ…皇太子を攻略するの」
「…は?」
「正直、貴方を皇族に関わらせたくないけど、一番の後ろ盾は彼しかいない。」
だが、それが難しいことをルーネリアも知っている。本の中でも隠し事のあるキャラとして書かれ、唯一あの令嬢に心を開かなかったと記されており、継承権を手放してからは国からも出ていったとあった。
そして、私が処刑された世界でも彼とかかわることはなかった。社交界で何度か見かけたことはあったが、人と深く関わろうとはしてなかった。そんな彼を攻略することが対策になるのだろうか。
「まぁ、今のあなたの家族がそれを許すとは思えないけど」
「あの二人が?」
「…私も確かかはわからないけど、多分あの二人には記憶がある。」
「っ」
「貴方が処刑されたあとのこの国は地獄だった。貴方が死んだことで精霊の一部が加護を放棄し、結界も弱まった。それにより世界は崩れたの。もし、あの二人や皇族が貴方を利用しようとしたら、」
不安と怒りが混ざったような顔をするルーネリアに何も言えなかった。この世界で精霊王の加護ではなく祝福を受けられるものは少ない。そんな中で、私は”宵の精霊王”からの祝福をもらうことができた。それだけじゃない。精霊王の中でも人とは距離を取っているはずの”雪の精霊王”からの祝福をもらったのだ。国にとっては、それだけで私は注意するべき人物になっている。
「その時は、二人でどこかに逃げましょうか。」
「リア、」
「田舎で静かに過ごすのだって楽しいと思わない?」
「…そうね。」
私には心強い味方がいる。運命を変えられるかはわからないけど、できることをしよう。私だって、この国のことは好きなのだから。
「さぁ、行きましょうか。」
ルーネリアの言葉にうなずき、私はお茶会が開催される場所へと向かう。先ほどよりも視線は気にならない。
見えてきた会場の中心にはすでに陛下と皇后様、そして2人の息子の姿があった。近くには父と兄の姿もある。どこか不安そうに見ている二人に会釈をしたあと、私とルーネリアは両陛下の前へと礼をする。
「帝国の輝石、輝石を包む月華にセレフィナ・サフィール・ローゼンクロイツがご挨拶申し上げます。本日はお招きいただきありがとうございます。両陛下とこのようなお時間をご一緒できること、大変うれしく存じます。」
「変わりはないか、セレフィナ」
「はい」
「ルーネリアも元気そうで安心したわ。」
「私もこの日を楽しみにしておりました。」
「今日は楽しんでいってくれ。」
後ろへと下がり、決められている席に腰を下ろしてようやく息を吐きだした。
「大丈夫?」
「えぇ」
「あのクソ皇子の目、本当に気に入らないわ。」
「リア、さすがにこの世界でその言葉遣いはどうかと思うわ。」
「誰も聞いてないわよ。」
確かに、ほかの人はここを遠巻きにしている。ルーネリアはシュヴァリエ公爵家の令嬢だ。関りを望む者は多くいるだろうが、私がそばにいる手前、話をかけに来れないのだろう。
「とりあえず今は、あれから逃げることを考えないと」
「視線が気持ち悪いわ。」
「大丈夫だよ、セレフィナ」
いつの間にか同じテーブルの席にいたルシアンに声にならない叫びをあげてしまい、ルーネリアの背後に隠れてしまった。
「こ、公子様、なぜこちらに、」
「可愛い妹に悪い虫が使いないかの監視かな。」
「貴方がいなくとも私がおりますわ。」
「麗しいレディが2人ではもっと危険だろう?」
「…大変だわセレフィ、全身に鳥肌がたったわ。」
「リア…」
「ひどいなぁルーネリア嬢。」
「今更兄気取りなんて笑えるわ。」
「今も昔も、私はセレフィだけの兄だよ。」
バチバチと火花を散らす二人にどうすればいいのかと思案していれば、誰かが近寄ってくる足音に視線を向けると会いたくなかった人物がそこにいた。
「お初にお目にかかります、セレフィナ嬢」
「セ、セドリック殿下」
人好きそうな顔をして笑ってはいるが、この人の目的を知っているからこそその笑みが気持ち悪く感じる。だが、ここは社交の場だ。第二皇子であるこの人に失礼な態度などとれるはずもない。
「殿下、なぜこちらに?」
ルシアンがセレフィナとセドリックの間に入り、視界に入らせないように立ってくれた。
「無礼ではないか、ルシアン。例え従兄弟であろうときさまは大公家の者だろう。」
「相変わらず器の小さいお人だ。貴方の兄君とは大違いです。」
「きさま…」
セドリックは兄であるクラウメルと比べられるのが嫌いなことくらいわかっているはずなのに、ルシアンはまるでわざとかのようにそう告げた。
「この私がわざわざ話しかけてやったというに、この扱いはなんだ?」
「妹は今朝から体調がよろしくありませんので、殿下と長話するのは時間がもったいないですから。」
「私との話が時間の無駄だと?不敬だぞ!」
セドリックの怒鳴り声に肩を震わせるセレフィナにルーネリアが支えるように肩を抱き寄せた。
「大公家の娘ともあろうものが、なんとも情けないものだな。噂では母親の命を吸い取り生まれた忌み子だと聞いたが、容姿だけいいな。」
「セドリック殿下…それは、我が大公家の侮辱ととらえるが、よろしいか。」
「な、なんだ、その目は!私はこの国の第二皇子だぞ!」
ここで騒ぎを起こしてしまえば咎められるのはルシアンのほうだ。すでにルシアンからは冷気が漏れている。水の精霊からの加護を使ってしまえば、皇族を傷つけたと罰せられてしまう。それだけはダメだ。
「あ、」
「なんの騒ぎだ。」
声を発しようとした瞬間、肩に誰かの手が触れ振り返ると父が立っており、殿下を冷たい眼差しで見つめていた。




