2.5話
【リオ…どうか、あの子を…私の分まで…】
この世で誰より愛していた妻が、娘を残しこの世を去った。魔力を他より膨大に保有する肉体でありながら、体が弱かったこともあり2人目を授かったときには危険だといわれていた。
だが彼女は、子供を産まないという選択だけはしなかった。
なにか方法はないかと探す中、臨月に入った時期に彼女は言った。
【リオ、私はこの子に自分の魔力を授けるわ】
【ラリア!】
自分の魔力を授けるということは、残り少ない命の灯すらも与えることになる。そんなこと…そんなことをさせてまで私は…
【この子の名前は、セレフィナ…この子は、この先の未来で必ずこの国を救ってくれる。誰よりも優しく、包み込んでくれる優しい炎…私は、この子の歩む姿を見ることはできないけれど…断言できるわ。】
その表情には死への恐怖を受け入れたものではなく、始まりを待ち望む者のものだった。
そして、娘が産声をあげたその日に彼女はこの世を去った。
娘は彼女によく似ていた。
容姿は私に似ているのに、コロコロと変わる表情だけは違ったのだ。
見守ることができなかった彼女の分まで、そう思っていた。
セレフィナが、魔力暴走により血を吐いて倒れたあの日までは…
見舞いに行くたび、苦しむ姿を、涙を流す姿を、顔色を悪くする姿を見るたびにラリアのことを思い出してしまう。それを見ていたくなくて、娘に会うことをやめた。半れた場所から娘を見ていることしかできないことに不甲斐ないと思いながら、一歩を踏み出すことができなかった。
娘が第二皇子の婚約者に選ばれた時も、あの家にいるよりもいいだろうと送り出した。なのに、結婚を控えた時期にセレフィナがある子爵令嬢を毒殺しかけたのだという知らせにめまいを覚えた。あの子がそんなことをするはずがない。わかっているのに、出てくるのはセレフィナが令嬢に対して行ってきたいじめの数々で噂は広まる一方だった。
何としてでも、時間の猶予をと城へ向かい陛下に謁見したが、そこで伝えられたのは娘の処刑だった。弟だからと一度決められたことに口を出すことは許されず、私は娘を助けることを諦めた。
処刑台に連れていかれる娘をただみていることしかできず、階段の前にいた私の前でセレフィナは足を止めた。
【大公閣下…最後に私の独り言を聞いてはいただけませんか】
その言葉に不甲斐ない父への最後の言葉だと思った。
【貴方が愛した人の命と引き換えに生まれた娘が不甲斐なく申し訳ありません】
何を、言っている…
【私の名は、家系から消えます。屋敷からも私のものは全て処分するよう頼んでおります。】
待ってくれ…
【私は、生まれてくるべきではなかった】
その時、あの日以来に見た娘の顔に表情なんてもはなく、すべてを諦め絶望した表情だけが浮かんでいた。痩せこけ血を流しながらも、視線だけはまっすぐに前を向いていた。
いつからあの子は笑わなくなったのだろう。
いつからあの子は、私を父ではなく”大公閣下”などと呼ぶようになったのだろう。
なぜ私は、気づいてやれなかったのだ…
処刑台に広がる真っ赤な血の海にただただ絶望だけが広がった。そして、偶然見えたあの令嬢の顔を私は忘れることはないだろう。
そして、セレフィナが亡くなってからこの国は滅亡の一途をたどっていた。国を守っていた結界が綻び、要でもあった精霊石が次々と黒晶となり消えていった。それが外部へとバレることになり、【蝕霊獣】が何者かによって召喚された。
ラリアの言っていたことはこのことかと、今更になって理解してしまった。これはきっと罰なのだとセレフィナが眠る墓の前に来ると他にも見知った姿がそこにはあった。
そして…
【お前たちがあの子を見捨てたことに変わりはない。それが事実であり現実だ。しかし、チャンスを与えてやることはできる】
【チャンス?】
【私は”宵の精霊王”…今ここにいるお前たちの命を代償に時を巻き戻す】
それに、否と答えるものはいなかった。
またあの子に会えるのならば、今この命を支払うことにためらいなどない。
【再び間違えることは、許さぬぞ】
深い闇へと落ち、意識を取り戻した時には自分の寝室にいた。
急いで机の書類を確認すれば、それらの書類はあのお茶会の日付になっていた。
「もう二度と、間違えなどしない。」
着替えをすませ、準備のため城へといき
もうじき来るだろう愛しい娘を出迎えに門の前までやってくれば、そこには息子の姿まである。
「なぜここにいる。」
「そういう父上こそなぜここに?」
「娘を迎えにきて何が悪い。」
「貴方がいると怖がってしまうかもしれませんよ。」
「お前にだけは言われたくないな。」
息子とにらみ合っていれば家紋のついた馬車が到着し、侍女によって開けられた馬車の中にいる人物へと手を差し伸べた。
「か、閣下?」
その呼び方に心が軋むようにいたんだが、これもまた自分への罰だ。
「どうした、セレフィ」
「あの、なぜここに、」
「お前を迎えに来たんだが、伝えていたはずだぞ」
侍女のほうへと視線をやるが、彼女も困惑しているようで伝えてはいたがセレフィナがそれに期待していなかったことだけは伝わってくる。
「そ、そうでしたね。しかし、お忙しいと思っていましたので本当に来てくださるとは思っておらず、」
「…すまない」
「え?」
謝罪の言葉を口に出したが、心底不思議ですというような顔をされさすがの私も限界だ。
確かに、あの頃の自分はこの子に合わせる顔がないと避け続け、たまに会うことがあっても何を話せばいいのかわからず考え込んでしまい、気が付けばセレフィナは部屋へと戻ったあとであったり、ルシアンと第二皇子がセレフィナに興味を持っているなどという話をして顔がこわばっているときに出会ってしまったときはあったが、本当なら普通の家族のようにしたかったのだ。
「閣下、どこか具合がお悪いのでは、」
まさかの気づかいに今度は我慢できずに目を覆ってしまった。
心を打たれていれば背後から聞こえてくる笑い声に鋭い視線をルシアンに向ける。
「だから言ったではありませんか、父上
父上が行くと可愛いセレフィが怖がってしまいますと」
「お前も似たようなものであろうルシアン」
ルシアンとにらみ合いを続けていると、セレフィナの侍女が少し前へと出てくる。
「恐れながら大公閣下様、公子様
公女様は朝から緊張なされ、あまり体調がすぐれないのです。負担をかけないでくださいませ。」
まさかの事実によく顔色を見てみれば確かにあまりよくない。セレフィナのことだ。家名のことを考え無理をしてここに来たに違いない。
かすかにふるえているセレフィナの肩へと手をそっとおいた。
「なぜそれを早く言わない。すぐに屋敷に戻り医師を呼ぶんだ」
「俺も一緒だから安心してねセレフィ」
皇族主催だろうと関係ない。今はセレフィナの体調が優先だ。陛下にはあとから伝えるとして早く休ませねばと考えていると、肩に置いてあった手をセレフィナにつかまれた。
「私は大丈夫です、閣下、公子様
早くいかねば時間に間に合いませんよ。」
「…そう、か」
セレフィナから触れてきてくれたことにうれしいと思いながらも、でてきた言葉に明らかな拒絶を感じた。当たり前だ。セレフィナにとっては今更だと思うだろう。
馬車からおりるのに差し出した手はすぐに離されてしまい、私とルシアンは前を歩いていく。いつものように向けられる視線を無視しながら歩いているとき、後ろを歩くセレフィナの様子を見れば下を見ながら手には力が入っているのか色が変わるほどに握りこまれていた。
そして気づく。
私たちに向けられる憧憬と敬服の眼差しとは別に、セレフィナだけに向けられている存在を疎んでいるかのような視線…よく考えればわかることだ。噂などどこからでも広まる。私の普段の態度がどういうものか聞けばセレフィナに向ける視線がこうなることぐらい、わかっていたことだろうに…
ルシアンも気づいたのか顔色を変えながらセレフィナのほうへと体の向きを変えると気づいたセレフィナはビクリと肩を震わせた。
「も、申し訳ありません。大公家の者が下を向いて歩くなど、」
「いや…すまなかったセレフィ」
「…え?」
「こんなあからさまなことすら気づけていなかったとは、父親失格だ。」
「大丈夫だよ、セレフィ
これからは、思ったことを言ってくれていいんだ。」
もう何にも、お前を傷つけさせはしない。
たとえそれが皇帝であろうとも、守って見せる。
「随分と都合のいいことをおっしゃるんですね、お二方」
手を伸ばそうとしたその間に割り込んできた人物に私とルシアンは顔をしかめた。セレフィナを守るためには必要な人物でもあるが、同時にある意味では一番の天敵だ。




