2話
これからのことを考えるだけで頭を押さえたくなるのを耐えながら馬車の中から外を眺める。行きかう人々には笑顔があふれており、今の皇帝がどれだけの名君かわかる。
このヴァルディア帝国は、かつて初代皇帝とその臣下たちが精霊王とともに建国したといわれている。
精霊王は【朝を司る”暁の精霊王”】【昼を司る”黄昏の精霊王”】【夜を司る”宵の精霊王”】が始まりの精霊として記されている。
そして、彼らの眷属ともなる精霊王は8人存在する。
【火・水・森・風・雪・雷・光・闇】
国民は基本これらの精霊からの加護が与えられるのだ。
皇族は代々”精霊王”達に祝福されており、その臣下もまたそれぞれの精霊王に祝福されている。
建国に貢献した三大公爵家である
【ローゼンクロイツ】は”宵の精霊王”
【シュヴァリエ】は”暁の精霊王”
【ヴェルグランツ】は”黄昏の精霊王”からの祝福を与えられている。
元は公爵家であった我がローゼンクロイツ家は、皇帝の実弟が養子として向かうことが決まったときに大公家へと変わった。
そして、精霊王だけでなくそれぞれの家系は宝石であらわされることもある。
見た目にもそれは多く繁栄されているのではないだろうか。
ローゼンクロイツは、”サファイア”だ。
瞳は色が濃いほど魔力が強く、精霊からも好かれやすいといわれている。
私が第二皇子の婚約者に選ばれたのは、それが理由の1つだ。
さて、この国について説明している間についたようだ。
ここで仮病でも使って帰れば会わなくてもすむが、さすがにこの立場でそれはできないのが現状だ。
ため息を飲み込みながら馬車から降りようと外へ出ようとした瞬間、目の前に手が差し出された。前の記憶や物語の中に、ここで私に手を差し伸べる人物がいるなんてことはなかったはずだ。いったい誰だと前を向いたそこにいたのは、私を嫌悪して言えるはずの父でありこの国の大公【アステリオ・ルミナス・ローゼンクロイツ】だった。
「か、閣下?」
「どうした、セレフィ」
「あの、なぜここに、」
「お前を迎えに来たんだが、伝えていたはずだぞ」
そういってお父様はついてきていたリネットを見るとこちらを困惑した顔で見ていた。伝えてはいたが私が相槌だけをうって聞き流していたのだろう。まともに聞いていても、そんなわけないって返していただろうが…
「そ、そうでしたね。しかし、お忙しいと思っていましたので本当に来てくださるとは思っておらず、」
「…すまない」
「え?」
あのお父様が誤った?
しかも、今私に誤ったの?
屋敷ですれ違っても目すら合わせてくれず、たまたま立ち止まったかと思えばじっと睨むか黙り込んでいるかのどちらかで、兄と話していた場に居合わせた時なんて無言で圧力をかけてくるようなあのお父様が…
「閣下、どこか具合がお悪いのでは、」
そう気を使ったつもりがなぜかさらに目を覆ってしまったことに何かやらかしたかと血の気が引いていく。これが生きている中で何回あるかもわからない父の優しさだというなら、もったいないことをしてしまったかもしれない。
どうしたものかと頭を悩ませていれば、クスクスと笑う声が聞こえてきた。その正体は馬車の横に立っていた私の兄【ルシアン・サフィロス・ローゼンクロイツ】がいた。
なぜあなたもここにいるんだ。私を嫌悪していたのは父だけではない。兄だって私がいるところでは作り笑いしか浮かべず、距離をとっていたではないか。そんな純粋な笑顔なんて見たことないんですが?
「だから言ったではありませんか、父上
父上が行くと可愛いセレフィが怖がってしまいますと」
「お前も似たようなものであろうルシアン」
どっちもどっちなんだが、私を間に挟んで言い争うのはやめていただけないだろうか。胃が痛くて仕方ない。
「恐れながら旦那様、公子様」
私の顔色を見てなのか、どうやらリネットが助け舟を出してくれるらしい。
さすがは持つべきものは私の侍女!と思いながらリネットを見つめる。
「公女様は朝から緊張なされ、あまり体調がすぐれないのです。負担をかけないでくださいませ。」
違う、違うんだよリネット!
確かに助けてほしかったけど、そういうことじゃないんだよ。【大公家の者がそんなことで】とか【そんなくだらないことを】とか言われるにきまってるじゃないの!
2人の反応が怖くて視線を外せば父に肩をつかまれた。
「なぜそれを早く言わない。すぐに屋敷に戻り医師を呼ぶんだ」
「俺も一緒だから安心してねセレフィ」
意味が分からない彼らの態度に頭の中には?が浮かんでは増えていく一方だ。前の彼らからは考えられないのに、なんで私は嬉しいと思ってしまっているのだろうか。こんな優しさ…嘘に決まってる。ここが外で、周りの目が合って、城の前だから彼らは家族仲がいいように見せているだけに決まっている。
「私は大丈夫です、閣下、公子様
早くいかねば時間に間に合いませんよ。」
「…そう、か」
結局、私の根本は変わらないのだ。声に怯え、視線に怯え、人に怯える。それを変える努力もできなくて、仕方ないと決めつける。頭ではわかっていても、心がそれを拒否してしまう。本当に、このままでいいのだろうか。私が記憶をもってここにいるのと同じように彼らもなにか、違うのではないのだろうか。
【あんたはもっと自信をもっていいのよ!】
前世、私を追いかけるようにあの世界にいたあなたに会えたら、少しは自信がつくのだろうか。
ありもしないことを考えながら2人の後ろをついていき、会場へと入っていく。まわりからの視線は前と変わらない。父と兄を見る視線は憧憬と敬服の眼差しだ。それに比べて私に向けられるのは、存在を疎んでいるかのような視線を浴びせてくる。こうも露骨だとおかしくなってくるなと思いながら歩いていると、前の2人が止まった気配を感じ視線を上げる。さっと顔から血の気が引くのを感じた。
「も、申し訳ありません。大公家の者が下を向いて歩くなど、」
「いや…すまなかったセレフィ」
「…え?」
「こんなあからさまなことすら気づけていなかったとは、父親失格だ。」
「大丈夫だよ、セレフィ
これからは、思ったことを言ってくれていいんだ。」
知らない…こんなにも優しい笑みを向けてくれる2人のことなんて…あの物語の中でも、私は嫌われの娘でヒロインであるあの子が2人の心を救うのだと決められていたではないか。この笑みは、あの子に向けるべき笑みのはずなのにどうして…
「随分と都合のいいことをおっしゃるんですね、お二方」
その声と同時に、私と2人の前に割り込んできた人物に自分の目を疑うかと思った。




