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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 夜遅く帰宅した眞鳥は、執事の牧野から驚くべき報告を受けた。


「貴奈津が病気だと?」


「はっきりとはわかりませんが」


「なんだ、なんの病気なのだ。

 医者へは行ったのか?」


「お夕食を召し上がらないのです」


 それは病気とは違うだろう。


 眞鳥は思ったが、実直な牧野に沈鬱な表情で言われると、にわかに心配になってくる。


 ダイエットもしたことがない貴奈津が夕食を抜くというのは、ただごとではなかった。


 やはり病気かもしれない。


 エレベーターを使うのももどかしく階段を駆け上がり、三階の貴奈津の部屋まで辿りついたときには息も絶え絶えのありさまになって、エレベーターを使ったほうが早かったと後悔する。


 部屋では貴奈津が壁に背をつけて、ひざを抱え込んでいた。


 隣に月葉が座り込み、反対側にイーライが立っている。


「いったいどうしたというのかね」


 伏せた貴奈津の顔を覗き込んで、眞鳥は尋ねた。


 頭を振るだけで答えない貴奈津にかわり、月葉が言った。


「ローユンがいないんです」


「なにいっ!」


 見上げるとイーライが首を振る。


 誰も居所を知らないのだ。


 ローユンは大人だから、夜中に家にいないからといって心配するにはあたらないが、宇宙空母が東京上空から消え、その後も姿が見えないというのはなにかある。


 そう考えるのが妥当な線だ。


「レイと一緒に星に帰っちゃったのよ」


 態度と同じくらい、貴奈津の声は落ち込んでいた。


 一方的にレイに別れを告げられたショックのうえに、ローユンの姿が見えないことで、貴奈津はかなり悲観的な想像をしたようだ。


「ローユンは人間だよ。

 猫の星へ帰るわけがないだろう」


「じゃあ、どこへ行ったのよ。

 おかしいじゃない。

 今朝からローユン、変だったもの」


 貴奈津の手にキスして、ローユンは出ていった。


 あれはきっとお別れのあいさつだったのだ。


 貴奈津はそう思いこんだ。


 イーライがひざを折り、貴奈津の肩に手を置いた。


 今さら眞鳥も、それをとがめだてはしない。


「貴奈津、彼は行ってくると言った。

 さようならとは言わなかった。

 帰ってくるよ、ローユンは必ず。

 だから、少し待ってあげようね」


 ローユンがなにも言わずに出ていくとは、イーライには思えなかった。


 ローユンの性格からして、そんなはずはないのだ。


 しかし一方では、すぐには帰ってこないような気もする。


 あくまでも、なんとなくだが。


「そうだよ、絶対に帰ってくるよ」


 月葉がイーライの意見を後押しする。


 貴奈津がいるから帰ってくるよ、とは、思っていてもくやしいから言わない。


「イーライはどこへも行かないでね」


「行かないよ。

 わたしはずっと貴奈津のそばにいるよ」


 優しくイーライが慰める。


 これはこの場の方便である。


 わかってはいたが、月葉と眞鳥は複雑な顔をした。


「ローユンくんがどこかへ行く理由なんぞ、なにもなかろう」


 眞鳥にもローユンが帰ってこないとは思えない。


「わからないじゃない、そんなこと。

 人のことなんか、誰にもわからないのよ」


 思いっきり貴奈津は深みにはまってしまっていた。


 月葉もイーライも眞鳥も、三人が三人とも、ローユンは必ず帰ってくると信じた。


 けれど、貴奈津だけが信じなかった。




 緑の乏しい岩だらけの山岳地帯だったが、ローユンはその厳しい景観が気に入った。


 遠く望む山脈の中にひときわ高い山があり、山頂は夏でも雪に覆われている。


 その山のことをローユンは昔、人の話に聞いていた。


 登ってみたいと思わないこともなかったが、見ることができただけでよしとしてあきらめる。


 歩いていくのは無理だったから。


 岩砂漠を背にした小さな港町で、ローユンは半日海を眺めてすごした。


 緑に囲まれた石造りの家と堤防があって、港には漁師の小舟がたくさん繋がれている。


 簡素だが眺めのよいレストランで食事をすると、そこの女主人が、見た目には中国料理の春巻のようなものを、いくつか紙に包んでくれた。


 食事の代金には入っていなかったので、その理由はわからなかったが、ローユンは礼を言って受け取った。


 海の見える広場で食べてみると、味は違うが中身も春巻に似ていた。


 千切りの肉と野菜だ。


 春巻をかじっていると、横合いの草むらで猫が鳴いた。


 茶色にこげ茶のシマもようをした猫は、人間を恐れるようすもないが信用もしていないらしい。


 春巻の匂いに鼻をひくつかせる猫に、ローユンはレイを思い出す。


 そこで女主人には悪いが、春巻を一つ猫に与えることにした。


 地面に置いてその場を離れると、草むらを飛び出して春巻をくわえ、猫はさっと逃げていった。


 その逃げ足の速さにローユンは笑う。


 やはりレイのようである。


 都市へ出てローユンは色んな場所を見て歩いた。


 広い中庭を持つ大寺院は、彩色タイルが美しかった。


 すぐそばの市場では、雑多な人種が色んな国の言葉で売り買いをしている。


 飾りひもを売る店で、象牙色の肌に黒髪の少女に、いっときローユンは引き付けられた。


 輝く黒い瞳がよく似ている。


 日本語で話しかけてみると、英語で中国人だと彼女は答えた。


 その店でローユンは飾りひもを一本買い、サッシュのかわりに腰に結んだ。


 市場を抜けて鉄道駅に向かう表通りは、世界中どの都市もそうであるように、商業ビルが立ち並ぶ。


 肌の色はさまざまだが、道行く人々の半ば以上は西欧風の服装をしている。


 おかしくはないが、自分の衣装が少し目立つことにローユンは気づいた。


 一軒のブティックで薄手の黒いハーフコートを買う。


 店員にモデルさんですかと聞かれたのは、身に着けたアクセサリーのせいかもしれないし、スタイルと顔立ちのせいかもしれない。


 そこでローユンは、初めてクレジットカードを使った。


 しかもゴールドカード。


 カードやパスポートは、だいぶ前に作ってもらってある。


 自分で申請したのではない。


 イーライの指示で、レイがコンピュータネットに侵入し、勝手に発行させたものである。


 従って、紛れもない本物だった。


 その日、ローユンは駅近くのホテルに宿泊した。


 一流ホテルに予約なしで泊まれたのは、ゴールドカードの威力であろう。




 電車で二十分の距離に、国際空港はあった。


 そこで各航空会社の運行表を調べるのに、ローユンはかなり手間どった。


 慣れないことが多すぎる。


 理屈では知っていても、じっさいにやってみるのは難しい。


 とはいえ、それもローユンには面白かった。


 ようやく目的の便を決める。アメリカの航空会社だった。


 数多くの会社が営業して混雑する空港ロビーで、ローユンはその航空会社のカウンターを見つけた。


「七百三便のチケットを」


 ローユンを見て、カウンターの女性職員は密かに思った。


「あら、ハンサム」


 しかし、同時に仕事もする。


「最終目的地はサンフランシスコですが、どちらまで?」


 途中、二つの都市を経由する。


 そのうちの一つを、ローユンは告げた。


「東京」


 ……と。

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