4-4 岩の雨、岩の壁
◇◆◇◆
大岩の弾幕を鉄の弾幕で押し返し、一段落ついた頃。店長は砲撃により耳鳴りがしだした耳を押さえながら呟く。
「ったく、どんだけぶっ放したんだ? 砲弾が勿体ねぇなぁ……」
宙を舞う砂煙を風が攫い、かき消す。
いよいよ近づいた狸座の砦。近づく砦に店長は少し嫌な予感がした。投石の手が休まり、少し不気味な静けさが漂う。これで終わりとは思えなかった。
残りおよそ一キロメートル強、恐らく奴らは死に物狂いで残りの岩を投げてくるだろう。
店長はそれを確信すると、兎に伝える。
「バイト。こっから先は俺が先行する。少し速度を落とせ」
「……えっ、あ、はいっ!」
猛攻に疲れたのか若干遅れて返答する兎。言われた通りすぐに戦車の速度を落とす。速度を落としてから問う。
「「先行する」って……どういうことですか?」
店長は返事を返さず、戦車の横っ腹へ向かう。
戦車にはバイクを鎖で括り付けられている。先ほどまでの岩の雨でも特にダメージはなかったようだ。チェーンソーで鎖を引き千切って解き放つ。落下するバイクにすかさず飛び乗り、砂の大地に不時着。アクセルを捻るとバイクは唸り声を上げて大地を蹴って走り始める。
「「ここから先は俺がバイクに乗って行く」って事だ! 岩が振って来ても、お前は店に当たりそうな岩だけ狙って撃て! 俺は気にするな! いいな!?」
言うと更にアクセルを回し、戦車の右斜め前に躍り出る。
戦車の数メートル手前を先行する店長のバイク。小さな砂の丘をまるでサーフィンするかのように軽く飛びながら進んでいる。
兎から無線が入った。
「店長、なんか遊んでません?」
「んなことねぇよ。……ヒャッホー」
「遊び以外で「ヒャッホー」なんて聞いたことないんですが!?」
冗談だよ、と怒る兎をなだめ、店長は真剣な口調に戻る。
「さぁ、そろそろ来る頃合いだ。……気合い入れろよ」
その言葉を聞いた兎の唾を飲む音が聞こえた。しかし現時点で、特に何も無し。兎が安堵のため息を吐いた、その直後だった。
もう狸座のアジトの外壁が目の前に差し掛かってきた所。外壁の奥からのまたまた岩石の影が現れる。しかし、先ほどの投石とは比べ物にならないほどの量。大中小、この距離からは見えづらいが拳程度の小さい岩から店の半分ほどの巨大な岩の大群が降ってきた。あまりの数に青い空が岩の大群で黒く塗りつぶされているかのようだ。
今度の投石は「投げる」というより「落とす」に近い。外壁から零れ落ちるように岩が迫っている。まるで表面張力で保っていたコップの水が、限界を超え一気に零れ始めたかのようだ。
「なっ、ななな……」
兎の泣き声に近い慌てた声。まぁ無理もない。店長は再び喝を入れる。
「慌てるなっ! お前は進行方向上に落ちてくる大岩だけ狙って撃て! 他の細けぇ岩は俺が捌く!」
そう言って店長は右手でバイクのアクセルを回し、左手でチェーンソーを構えた。器用に口でチェーンソーのエンジンを起動。鎖の刃は回転し、エンジン部から煙を噴き出す。
そして、いよいよ岩の大群が眼前へと差し迫った瞬間。
「遊びじゃねぇけど言わせてもらおうか。……ヒャッホー!」
店長は小さな砂の丘を利用し、ジャンプ。鎖鋸を振りまわしながら、自ら岩の滝に突っ込んでいった。
――狸座アジトまで、残り一キロメートル。
◇◆◇◆
店長は岩石の雨の中、がむしゃらにチェーンソーを振り回す。すぐ後ろを走る店の邪魔になりそうな岩を弾き、店に当たれば走行に支障がでそうな岩は叩き斬って散らす。兎は指示通り、チェーンソーで斬るには骨が折れそうな大岩を砲弾で蹴散らしてくれていた。
砂砂漠を岩石砂漠に変えてしまうかのような大量の岩石を浴びながらも店は進み続けた。
(順調順調。兎も思ったよりやるな。……しかし、そろそろキツイな。早く終わらねぇかな)
気がつくとバイクの至る所が傷つき凹み、満身創痍となっていた。乗り手である店長も、いつの間にかゴーグルとマスクは何処かにいってしまい、全身砂まみれとなっている。それでも、体はほぼ無傷だ。戦車の前に並び、フラフラしながらも走り続ける。祈りの甲斐もあってか、振る岩石の量が減ってきた。
「……店長! 良かった! よく無事でしたね!」
思わず大声で無線に話しかける兎。前に並走する店長はチェーンソーを背負い直し、答える。
「だから、声デカイっつーの……。それより、店は大丈夫か?」
店長は振り返り、店の外観を確認する。どうやら、ほとんど店も無傷らしい。ホッと一息つく。
アジトの外壁、門らしきものがようやく目視で確認できる距離までやってきた。狸座アジトまで、五百メートル。
「そろそろ止まる準備しとけ。壁にぶち当たるなんて間抜けな事すんなよ」
「あ、はい、了解です!」と、兎が緩やかにブレーキを駆け始めた。その時。
ボンっという小さな爆発音が二つが鳴り響いた。
「えっ?」
兎の声が聞こえるより先に、前を走る店長は目を見開き、近づく外壁の上を見た。爆発音の発生源はそこにあった。灰色の外壁の中腹、地表から三十メートル付近。小さく煙が立ち上っている。
岩ではなく爆弾でも投下しようとしたが、ミスって自爆した? と一瞬考えた。しかし、そうでないことがすぐにわかった。あくまでも予定通りの爆破らしい。爆発により外壁には横一文字に亀裂が入り、そしてその亀裂から上の部分が落ちてきた。
――狸座アジトまで、残り二百メートル。
◇◆◇◆
ブレーキをかけ始めた戦車とバイクの上空、落下してきたのは狸座最後の投石。高い外壁そのものだった。店の倍ほどある巨大な岩板が二つ。真ん中の門を挟んで、二つのが巨大な岩が今、頭上から落ちてきている。
左の岩の方がやや早めに落下し、右の岩がすぐ後ろに続いて落ちてきている。両方とも戦車の進行方向に完全に被って落ちてきていることがすぐに分かった。右に舵を切ろうが、左に舵を切ろうが、おそらく店に直撃してしまう。店長は振り返り、兎に向かって叫ぶ。
「バイトッ! 砲撃――」
言った瞬間、左右のどちらを破壊させるか判断がつかなかった。
砲撃一発ではこの岩を粉々にするのは難しい。どちらか一方を俺が斬り刻んだ上で、砲撃により爆散させる必要がある。しかし、もう片方の処理はどうする? とてもじゃないが落下に間に合わない。
――どうする? このまま直進して門を突っ切るか? いや、あの門はそんな薄くはない。ぶつかれば店がやはり潰れる……!
コンマ数秒の間、何パターンかの対処方法を考えるが、どれも店が潰れる未来に変わりない。
店長は背中のチェーンソーに手を掛けたまま、柄を握るだけで止まっている。目の前の状況を把握すると、絶望的である事が分かってしまったからだ。
「くっっっ……っそっ……!」
頭上を覆う覆う影はより一層深みを増し、迫りくる岩の天井はすぐそこまで来ている。今日一番の脅威に圧倒されたのか、兎の声なき悲鳴が無線から溢れ落ちる。対する店長は短く息を吐き、岩を睨みつける。
(迷ってる時間が勿体ねぇ。両方ともまとめて俺が叩き斬って、両方の重なる箇所にどうにか兎に砲撃させて、岩を爆散させる――少々現実味に欠けるが、やるしかねぇ)
そう思いきり店長はバイクのアクセルを全開にしようとした、その時。
兎と店長の無線に一瞬ノイズが入り、誰かの叫び声が入り込む。
「店長! アナタと兎ちゃんは左の岩を何とかしなさい! アタシ達は右のをやるわ!」
店長はその言葉を聞くと、アクセルの手を止める。聞き慣れたウザイあの声だ。だが、今聞く分にはこれ以上頼りになるものはいない、悪くない声だ。
「……失敗したら、ただじゃ済ませねぇからな!」
店長はバイクを加速させる。狙いは、前方上空、左の岩。
――狸座アジトまで、のこり百メートル。
◇◆◇◆
店長が乗るバイクは少し左に膨らんで走り、小さな砂丘を駆け上る。対称的にやや後方、右側に膨らみ砂丘を駆けるバイクの影が視界の端に映った。
二つのバイクは砂の丘を全速力で駆け上り、頂点まで上り切るとそのまま空中へと飛んだ。飛んだバイクを、更に踏み台にして二人の操者は上へと跳ね上がる。
左の岩へ直進する店長、右の岩へ直進するのは青みがかった短髪の男。外套をはためかせ、二人は飛んだ。
「っっっっっだぁっ!!」
「っっっっっしゃぁ!!」
左の岩はドリルで掘るようなけたたましい重低音と共に亀裂が入っていく。横に一閃、縦に一閃、更に横に一閃。格子状に荒い亀裂が走る。
右の岩は対称的に全くの無音。微かに聞こえたのは水を弾くような、冷たく研ぎ澄まされた音。直後、岩の中心から放線状に細い筋が走る。
二つの岩はほぼ同時に、形は違えどそれぞれバラバラに切り刻まれた。斬りつけられたそれぞれの岩から二人の男がその場を離れる。
「バイト! 撃て!」
「お姉ちゃん! お願い!」
地上では黒い戦車、もとい店がその砲身を大きく上に傾け、左の岩へ照準を合わせている。その少し後ろには、器用にも走るバイクの上に立ちながらロケットランチャーを構えた金髪と黒髪の混ざった長髪の女が右の岩へ照準を合わせている。
「は、はい!」
「いっくぜ〜〜!」
両者、狙いをつけ、放つ。放たれた弾は軌跡を残しながら巨大岩に向かって飛ぶ。そして命中。ほぼ同時に着弾し、辺りを揺らすほどの爆発と大気を焦がす爆音が広がる。
それぞれ細かく刻まれた巨岩は、爆発で塵と化したものもあれば、爆風に押し出され店を避けるように散っていくものもある。
走る店には、傷一つ付かなかった。
岩を斬り伏せた店長が地面に無事着地し、店の無事を確認すると安堵の溜め息をこぼした。代わりに空中で乗り捨てたバイクは――砂に埋もれているのを見つけた。大破とまではいかないが、見えている部分だけでも折れ曲がっているパーツがある。この件が終われば、狸座からぶん取るか。
「て、店長〜、大丈夫ですか〜?」
無線で入った兎の震えた声。兎も無事のようだ。
「あぁ、俺はな。……おい、聞こえてるんだろ? 今回は正直、助かった。後で何か礼はするぞ。トラ、リュウ」
無線でそう告げると、砂丘から歩いてくる男と、バイクに跨った女がそれぞれ手を降ってこちらに近づいてくる。
「あら〜。店長から感謝されるなんていつぶりかしら♡ お礼なんてそんな――そうね、身体よ! お礼は店長の身体で充分よ♡」
「いえーい、やったぜ。じゃあオレは兎ちゃんが欲っしい〜」
「……前言撤回。よくよく考えりゃお前らには色々貸しがあったから、それでチャラだ」
「「ちぇ〜」」
素直に感謝もできない奴らだな……。
まだ何故ここに居るのか分からないが、急遽現れた助っ人、トラとリュウの姉弟によって救われたのは確かだ。思いのほか、今回のカチコミは出費が多くなってしまった。これは相当狸座から絞り取らねば採算が合わない。
身体についた砂埃を払い除けていると、減速し続けていた店が外壁の門前に止まる。なんだがえらく時間がかかってしまった気がするが、ようやくたどり着いた。
狸座アジト――到着。




