4-3 発進、迎撃
◇◆◇◆
起伏の激しい砂丘を上下左右に大きく揺れながら、店、もとい戦車は走り続ける。砂丘を平らにするほどの超重量の車体に付く車輪は、錆ついた悲鳴を上げている。
「店長! この戦車って動くんですね! てっきり動かないものかと思ってました!」
操縦室で外に立つ店長の様子が映るモニターを確認しながら、兎は店長に呼びかける。
店長は戦車の上、砂風吹き荒れる中、真っ黒の外出用の装備で腕を組みながら仁王立ちしている。しかし、急に耳を押さえて頭を振る。
「痛ってぇな……。だから、声はちゃんと届いてるから、そんな大声で喋るなっつーの! 無線を使った事もないのか!」
店長はぶつくさ怒りながら耳につけたイヤーカフ型のイヤホンの音量を下げる。すると途端に兎の声が聞こえなくなったため、懐にしまい込んだ無線機に不調が無いか確認する。……特に故障はしていないようだ。耳を澄ますと、今度は兎が極小の声で喋っているらしく、イヤホンの音量を元に戻した。
「あれー? 聞こえなくなっちゃったのかな……。無線なんて使ったことないから分かんないよ……。もう、そもそもなんでこの人、外に出てるんだろ。運転なんてほとんどしたことないのに、いきなり私にあれこれ任せるなんて……」
「聞こえてるぞ。文句言うくらいなら、街にさっさと帰れー」
「どわぁぁ!! ご、ごめんなさい……こんどは聞こえてたのか……」
店長は再び耳の鼓膜を痛めつけられ、「やっぱ連れて来なきゃよかった」と後悔していた。
◇◆◇◆
――時を遡ること数刻前。
矢部医師の隠れ家から店へと戻った店長と兎。店長はすぐさま地下シェルターから店を地表に出し、店内に入り込んだ。当然のように兎が後から着いてきた。
「今から狸座の所へカチコミに行く。……で、お前も来るのか?」
「は、はい! 矢部さんを助け出して、その後すぐ交渉したいので!」
はぁ、と店長は溜め息を溢しながら、操縦室へと向かった。
操縦室は先日兎に掃除してもらい、以前とは見違えるほど整然としていた。操縦桿やモニター、各操作盤が露わになり、部屋自身が操縦室であることを久しぶりに思い出したかのようだ。
部屋の隅には日本刀とチェーンソーが立て掛けられているが、一旦そちらはスルー。後ろから付いてくる兎は不思議そうに首を傾げている。
「あ、あの、今回はこの武器は使わないんですか?」
「いや、もちろん使う。だが、流石にその二本だけでカチコミは効率が悪いからな。乗り込むにはもっと良いもんあるだろ?」
店長は地面を、もといこの戦車を指さす。ポカンとする兎を置いて、店長は操縦盤の前に立ちメインスイッチを入れる。あまりにも久しぶりの起動だったため、ほんの数秒反応が返ってこなかったが無事に起動できたらしく各ランプやモニターに電気が行き渡り光り始めた。
電気系統が動くのは想定内。心配なのは――。
「頼む。動いてくれよ、エンジンちゃん……!」
店長は祈りながらエンジンのスイッチを入れる。
ゴウン、と車体が揺れる。……暫く待つが無音。再度エンジンスイッチを入れる。ゴウンゴウンと車体が揺れ、そして、すぐさま地鳴りのような音が車内に響き渡った。店長は小さくガッツポーズする。
「っしゃ! お利口お利口! ことが済んだら油差してやるからな!」
「あわわわわわ……、て、店長。も、もしかして……」
店長は制御系統の計器やモニターの表情を確認しながら、応える。
「コイツが動かないとでも思っていたのか? 戦う車と書いて『戦車』ってんだ。動かない車は車じゃあないんだよ。さて、どうしてもお前が付いてくるっていうのなら、ひとつ仕事を頼むとするか」
制御系統、駆動系統、オールグリーンを確認した店長は兎の背を叩いた。
そして、現在に至る――。
◇◆◇◆
大雑把にだが戦車の動かし方を兎に説明した店長は戦車の上で立ち臨み、無線で兎へ指示を出していた。
説明や発進直後の試運転のため、少々時間をロスしてしまった。すでに太陽はその姿を完全に表し、東の空を駆け上がっている。
狸座に攫われた矢部医師を取り戻し、兎の母の元へ連れて行かねばならないのだが、兎の母の容態がどの程度深刻なのか分からない。タイムリミットが不明な分、急げるだけ急がねば。
「あのー……店長、いつまで外に出てるんですか?」
気を引き締めた途端、無線から聞こえた兎の情けない声。店長は溜め息をつきながら答える。
「あいつ等がやりそうな事くらい、大体分かる。その為だ」
「あいつ等がやりそうな事」? それって一体――」
兎の問いかけを聞く中、視界の端に茶色い旗が映った。地面に突き刺さったその旗は、狸座の縄張りの証。狸座のアジトまで、およそ四キロメートルといったところか。
そして、その縄張りに入った瞬間、とある気配を察知した。
「……! そら、今から起きることだよ」
店長は前方上空の空を見つめる。
無線から「え?」という声が聞こえた直後。
走行する戦車の前方。波のようにうねった砂丘が広がり、その上空のいつもの蒼い空。しかし、真っ青な空に、大小様々な、数え切れない茶色い物体が空を飛んでいた。
茶色い物体。その正体は大小様々な岩だった。放物線を描き、降り注ぐ岩の雨は、狸座の砦の方角から発射されている。
――文明が一度終わったこの世界。旧時代の重火器も遺産として残ってはいるが、もちろん有限ではなく、むしろレア過ぎて滅多にお目にかかれない代物と化している。
ならば、戦闘時に何が使われるのかというと、原始の時代にも使われていた『投石』である。
投石用の弾はそこら中に転がっており、遠方の標的に当てるための道具もテコの原理を利用したクリーンな兵器「投石機」のみで事足りる。文明が一度終わった世界、最も採用される攻撃手段はこの、『投石』なのかもしれない――。
「さすがソロでの盗賊稼業を諦めて群がった連中だ。自分達と似た路傍の石の扱いは上手だな。……前よりも投石機の数を増やしたか」
辺りに脈々と広がる砂丘には死角が多い。狸座のアジトまでのルートに進入した敵を狙い撃ちできるように配備しているのだろう。まんまと奴らの思う壺に嵌ったようた状況だか、店長的には想定の範囲内だった。
しかし、降り注ぐ岩石の雨を数秒遅れて気付いたらしく、兎の息を飲む音が無線から聞こえた。無線越しでも兎が愕然としているのが分かった。やはり連れてくるべきではなかった、と少し後悔の溜息を吐く。そして、兎に一喝。
「おい! 何ぼーっとしてんだ! ただの投石だ。早く主砲を出せ! そいつで迎撃しろ! 操作は教えただろ!?」
叫ぶように伝えると、兎は小さな悲鳴を上げた。「えーっと、えーっと……」と言いながらバタバタしている。
数十分前、店長が教えたにわか仕込みの戦車の操縦法。教えたのは「前進」と「停止」、そして「主砲の操作」だけだった。どこまで兎の頭に叩きこまれたか分からないが、物覚えは良い方だと思っている。……たぶん。
その心配を余所に店の二階部分、砲身用のハッチが開いた。続いて黒色の砲身が伸びてきた。久しぶりの出番だが、自動装填の機構など諸々、上手く動いてくれることを願うのみ。
気づけばすぐそこまで岩が飛びかかっている。あと数秒で、第一陣の岩の雨がここ一帯に振り注がれる。主砲による迎撃は、間に合わないだろう。
店長は小さく舌打ちし、再度兎に呼びかける。
「遅い! これは俺がなんとかするから、お前は次の群の為に、発射準備をしてろ!」
店長は無線を切ると、外套を脱ぎ捨て、戦車の前方に踏み出す。現れたのはいつもの黒エプロン姿。顔はゴーグルとマスク付けたまま。そして、その背中には大きなチェーンソー、左腰には鞘に収まる黒い日本刀が添えられている。
迷うことなく店長は背に負うチェーンソーを掴み、構える。岩はすぐそこまで迫っている。
「準備運動にゃちょうどいいかも……なっ!」
人の頭ほどある岩が墜落してきた。砕く勢いで、店長はそれを難なくチェーンソーで払い除ける。
「よっ。ほっ。……回転させなくても割とイケるか」
次に第二、第三の岩が降りかかる。自分の身長ほどある鋸を軽々と振りまわし、これも除去。
しかし、いよいよ岩の雨が本降りになりだした。視界の端々まで岩が広がる。
「流石にちょっと本気を出す……かっ!」
店長はチェーンソーを大きく横に一振り。剣圧で弾き返した岩が他の岩を弾き飛ばす。岩同士の衝突が連鎖し、たった数回腕を振っただけで辺りを一掃。だが、それでも岩はまだまだ襲いかかる。
店長は更にもう一振り回し岩を押しのけると、そのまま回転しながら岩を捌いていく。
「―――っっっだらぁぁっっ!」
岩の豪雨の中、店長は回り、回り、自身が嵐のように狂い回る。地鳴りのような、火薬の爆音のような音を轟かせながら、岩の雨は降り続ける。そんな雨の事なんて露知らず、戦車は速度を変えずに進み続ける。
――狸座アジトまで、残り三キロメートル。
◇◆◇◆
岩の雨が一旦止み、戦車が通った道には大きな岩や、粉々に砕かれたその破片が散らばっている。
しかし、地形が変わった大地を走る戦車は傷一つ付いていない。勿論、その上の店長自身も。
数分間、岩の豪雨をこの男は、ただ一人で防ぎきったのだった。
店長はフッと小さく息を吐き構えを解く。ゴーグルの位置を直し、無線に話しかける。
「バイトォ……お前がちんたらしてるせいで、ちょっと疲れちまったじゃねーか」
無線越しの兎は震え縮こまった声をした。
「す、す、すみましぇんっ……でしたぁ……。い、いきなりあんなのが来るなんて……」
「次のはお前に任せる。俺はちょっと休憩する」
未だ震えが治まらない兎は、「次!?」と驚くと、また息を飲んだ。
ようやく狸座のアジト、「回」の字の外側の外壁が見え始めた。高さ約五十メートルの外壁。その奥から数多の影が飛び出した。
斜め上空に現れたのは、先ほどの岩の十倍ほどある大岩。雨のようだった岩石群よりも数は少ないが、一つ一つがバイク二台分程度の大きさ。その数はざっと百以上。一つでも戦車に当たれば走行不可になるだろう。
脅威が迫る中、店長は悠々と車上に胡坐をかいて座り込んでいる。
「えっと、これは……どうしたら……」
兎は半べそ掻いたような声で、店長に助けを求める。しかし、店長はゆっくりと冷静に答える。
「多く見えるが、大半は直接ここに当たらない。当たりそうな奴だけ、主砲で撃ち抜け」
「そ、そんな、無茶な~」
兎は今にも泣き出しそうな声をしていたが、店長はそれほど心配していなかった。コイツの当て感だけは信用できるからだ。
店の二階から飛び出した主砲が小さく仰角に傾く。
「え~い! もう……なるようになっちゃえ!」
兎のヤケクソの掛け声と共に主砲に弾が装填され、そして、砲撃。轟音と共に車体全体が傾くほどの衝撃。大気を揺らす砲音。
その威力は確かなものだった。数十メートル上空で狙った岩は弾け飛び、後続する岩々へ貫通した。砂塵が宙に幕を張り、小石がパラパラと戦車の装甲に落ちる。
「……あっ、やりました。私天才かも」
「阿呆、まだまだ終わってない」
店長の呆れた声が届く前に、砂の煙幕から無数の大岩が空から舞い降りる。
「うわわっ!!」
兎の叫びと共に第二射。砲弾は先頭の岩に直撃し、貫通したそのまま後ろの岩も粉砕。砂煙の中、再び岩が降り注ぐ。
「当てても当てても終わらないじゃないですか! ……もー! ヤケだ! 全部当ててやるー!」
兎は気合いと共に砲を上下左右微調整し、迷わず連射。命中、岩が爆ぜる。さらに気を抜かず、砂靄から現れる岩の大軍を排除、排除。
「やっぱり、やりゃあできるじゃねぇか」
店長は上空で爆裂する岩の花火を見上げている。猛攻を受けながら、依然店は進み続ける。
――狸座アジトまで、残り二キロメートル。




