4-5 契約、強襲
◇◆◇◆
時刻は昼前。砂漠に山のようにそびえる狸座アジト。その外壁の下、真っ黒な戦車もとい店が停まっている。
「で、なんでお前らこんな所に?」
戦車の後方、店の扉の前で店長は体に付いた砂埃を払い終わるとトラとリュウに問う。
「そりゃあお前……兎ちゃんの危機とあらば、駆け着けるに決まってんだろ。キリッ」
「そうね……店長がアタシを呼ぶ声が聞こえたのよ」
トラは先ほど使ったロケットランチャーの手入れを行い、リュウは一振りの銀色に輝く刀を白い綿で叩きながら答えた。
「ふざけてないで本当のことを言え」
すると二人はやれやれといった顔で肩を竦める。悪かったな冗談の通じない堅物で。しかしこちらも時間がないのだ。
トラはロケットランチャーをバイクに括り付けて答える。
「このロケットランチャーの納品に店に寄ってみたんだ。……けど、いざ来たら店が無くなっててよ。お前が店を動かすなんてただごとじゃねーな、って思って車輪の跡を追ってきたら、ここまで辿り着いたんだよ」
刀の手入れが終わったリュウは鞘に白刃を収め、続けて答える。
「右に同じく。(そういえばバイクに積み込んだままだったわね。後で回収しなきゃ)で、途中でお姉ちゃんと合流して来たの。ビックリしたわぁ、狸座のアジトから岩がた〜くさん降ってるんですもの。しかも、その下にこのお店があるんだから」
たしかに店を動かすのはかなり久しぶりだ。緊急事態であることに変わりはないのだが、それにわざわざ首を突っ込みに来るコイツ等は相当な物好きだ。否、物好きというか、単に騒ぐのが好きなだけな気もするが。
何はともあれ、二人のお陰で助かったことに変わりはない。しかし、やはりコイツ等に素直に礼は言い難い……。
すると、店から兎がまるで生まれたての子羊のように足を震わせながら出てきた。
「本当に、御二人とも良いタイミングで来てくれましたよ! 御二人がいなかったら今頃どうなってたか……ありがとうございました!」
と、兎が代わって礼を伝えてくれた。兎は数分前の絶体絶命の状況を思い出したのか、身を震わす。トラがガハハと笑って手を振る。
「ま、いいって事よ! それより、なんで二人ともここに来たんだ?」
トラがそう言うと兎の顔はやや強張る。二人のふざけたムードで忘れてしまいそうだったが、今は一分一秒を争う状況なのだ。
「俺が説明してやる。実は、かくがくしかじかで」
「あ、あの店長、そんなので伝わるわけが……私が説明しま――」
「「なるほど、まるまるうまうまってわけね」」
「伝わった……!?」と驚く兎は置いといて、店長は二人に言う。
「まぁ、そういう訳で、いまから狸座にカチコミに行く。……関係の無いお前らは帰るこったな」
矢部医師の奪還は、この姉弟になんのメリットもない。烏合の衆とはいえ盗賊団のアジトへの殴り込みに、理由無しで付いてくる馬鹿はいない。
「えー、暇だし兎ちゃんが行くなら行こうかなー」
「アタシもー。店長が行くなら……イク時は一緒よ♡」
思ってた以上に二人は馬鹿だった。しかし……これは良くない。
「アホかお前ら。さっさと帰れ」
そう突っぱねるが兎が止めに入った。
「ま、待って下さい店長! もしもお二人が一緒に来てくれるなら、凄く心強いじゃないですか!」
「馬鹿野郎、これこそ「責任」と「リスク」の問題だ」
店長は兎の額にデコピンする。
「こいつ等には狸座に殴り込む責任もないし、なんのメリットもなくリスクしかない。万が一、こいつ等になにかあったらどうする(まぁこいつ等ならあり得ないが)。お前は何も負い目を感じないのなら好きにしな」
言われて兎は塞ぎ込んでしまった。
人一倍自己犠牲精神の強いコイツが、他人が自分のせいで傷つくなんて許せないはずだ。強めにそう言うと後ろでトラとリュウが「ケチ!」とか「融通効かず!」とか喚いていた。……一応、お前達のためでもあるんだぞ。
伏し目がちな兎がポツリ言う。
「じ、じゃあ店長はどうして来てくれるんですか……」
う゛。今更それを聞くか。
「俺は……まぁ色々あるんだよ。あ、ほら、矢部は俺の取引先でもあるし。それを攫ったんだ、狸座の連中には昔からの貸しと合わせて返してもらおうかな、と」
「はぁ……」と納得していない様子で兎は店長をジトっと見つめる。が、何か思いついたのか、少し何か考える仕草をした。そして呟く。
「「貸し」……。さっきもトラさんやリュウさんに言ってましたよね。だったら……」
ブツブツ言いながらトラとリュウの前まで歩いていく。キッと二人を見据えると、深々と頭を下げた。
「お二人に交渉したいことがあります! お二人とも、店長の店に通ってるってことは、今後お金を使う可能性もあるってことですよね!? ……であれば、私の「お店の給料の十年分」を差し上げるので、矢部さんの救助を手伝っていただけませんか!?」
トラとリュウは同時に吹き出した。店長はやはり無表情ながらも口をあんぐり開けている。トラが我慢できず大声で笑いだした。
「なっはっはっはっは! そいつは良い話だ! オレ達からすれば好条件の取引だな! 狸座に殴り込むには充分過ぎるぜ!」
リュウも隣で頷き異議は無い様子。しかし店長だけが否定的に首を振り、兎の前につかつか歩み寄る。
「何考えてんだお前! じゅ、十年分の給料ってことは、十年間うちでタダ働きするってことだぞ!?」
兎は首を傾げ、首を振る。
「いえ、それぞれ十年分なので、合計で二十年分ですね。というわけで、店長。すみませんが二十年分の給料の「前借り」をお願いします。狸座やトラさん達にも「貸し」を作ってるなら、私にも「貸し」を作ってくれますよね?」
店長は一瞬目眩を感じ、フラつくがすぐさま兎に再度突っかかる。
「前借りなんて妙な知識をどこで身につけやがった……! 第一、お前は矢部にも実験体になるために身体も差し出すんだろ? 今後暫くしたら死ぬかもしれない奴から、二十年分も給料を前貸しできるか!」
「もし私が死んじゃったら、弟達に代わりに働かせます。それで問題ありませんよね?」
思いのほか食い下がる店長は少し気圧されてしまった。が、やはり納得できずに首を大きく横に振る。
「と、とにかく駄目だ! そんな交渉、俺が認め――」
店長の言葉を遮るように、リュウがいつの間にか店長の後ろ手に周り、店長を押さえつけた。あまりの不意打ちに流石の店長も対応できず、押さえつけられている。
トラがグッと立てた親指を弟に向ける。
「店長! これは兎ちゃんとオレ達の交渉だぜ? お前はちょっと黙ってな。……仮に前借りできなかったとしても、兎ちゃんの給料が発生した都度の支払いでも問題ないぜ。なぁ? 弟よ!」
万力の力で店長を締め上げるリュウは無言で頷く。トラは満足そうに手を叩き、改めて兎の前に立つ。
「よぉーし。それなら交渉成立だ! 浦茂美虎および浦茂龍司、オレ達姉弟それぞれ、十六尾兎の「店での給料十年分」を報酬に「矢部医師救助の支援」を承ったぜ! ……ま、サービスとして「今日一日、兎ちゃんの言うこと何でも聞いてあげる券」も付けてあげようかな」
トラは兎に握手の手を差し伸べる。後ろでリュウもうんうんと頷いている。
「……! はい! よろしくお願いします!」
兎はトラの手を取った。これにて、兎と浦茂姉弟の交渉が成立した。
リュウに締め上げられながらも愕然とする店長だけが納得いっていないようだった。
「お前ら……クソっ、どうしてこうなった……!」
◇◆◇◆
店長を先頭にトラとリュウ、最後尾に兎が続いて歩いていく。向かう先は狸座アジト、外壁の門。歩きながらもまだ四人は言い争っているようだ。
「んもぅ、そんな怒ることないじゃない〜。こういう未来への投資のために「お金」を復活させようとしたんじゃないの〜?」
「こんな明らかに身を滅ぼす負債を作るために「金」があるんじゃないんだよ……! バイト! お前がもし旧時代にいたらさぞかし借金まみれの生活になっていただろうな!」
「まぁいいじゃねぇか。店長が損することなんてないだろ? もしも、給料の支払いが駄目ってんなら、オレが兎ちゃんの身体を買い取っても良いけど、な」
「あ、ごめんなさい。それは絶対お断りします。貞操だけは死んでも守れと母から言われているので」
トラは「ちぇっ」と至極残念そうに軽く悪態つく。しかし、兎の身ぐるみ引っ剥がしたことに、何故あの女が怒り狂ったのか理由が分かった気がした。貞操に関してはお堅い考えらしい。
言い合っている間に外壁の門前へと辿り着いた。四人は横並びで立ち臨む。
店長はいつものTシャツと緑のカーゴパンツに黒のエプロン。背中にはチェーンソーを担ぎ、腰には一振りの刀を携えている。
兎もいつものハーフパンツにTシャツ、肩に店長から貰った狙撃銃を重たそうに掛けている。
トラはいつものミリタリーパンツとタンクトップ、その上にジャケットを羽織っている。片手には一丁の拳銃。
リュウは動きやすそうなピッタリとしたシャツとタイトなパンツ。腰には一振りの日本刀。
店長が先陣を切って門に歩み寄る。
厚い鉄の壁が地に伸び、遠くの壁の曲がり角は蜃気楼で歪んで見える。現在地点は厚い外壁の中でも比較的厚みの薄い、正門の前だ。戦車である店が、二台分は通れるほどの大きさ。その厚さは1メートルはあるだろう。鋼鉄の巨大な扉は人の手でこじ開けるのはまず無理だ。
店長は熱の籠った鉄扉に手を添えながら言う。
「ドアベルも無いし、あったとしても開けてくれはしないだろうな。よし、リュウ。やれ」
店長は振り返りそう指示するも、リュウは残念そうに肩を竦める。
「ごめんなさいね、店長。今、仕事中だから店長の命令には従えないの」
そう言ってリュウはチラッと兎の方を見た。店長は面倒くさいなと溜め息つき、兎を睨む。兎は何のことか分からなかったらしいが、ややあってすぐに気付いたらしい。今、リュウの手綱を握っているのは自分なのだと。
「あ、リュウさん、お願いします……?」
「は〜い」
よくわかっていなさそうな兎だが、その一言で巨漢が動く。リュウは門に軽く触れ、何かを確かめる。うん、と頷き一歩後退。腰に携えた刀を抜き――
「それっ」
軽い掛け声と共に一閃。銀色の光の筋が格子状に走る。音はキンッという、気づけばリュウが鞘に刀を納める音だけだった。
「はい、一丁あがりよ〜」
そう言ってリュウは再び兎の横へ戻った。兎は不思議そうな顔でリュウと門を見比べる。パッと見、門には何も変化がない。何をしたのか分からないくらいだ。
「そんじゃ、行くか」と店長は言うと門を軽く蹴りつけた。本来なら人間の力ではびくともしないはずの巨大な鉄の門。それが、軽く足の裏で押すだけで、まるで砂山を崩すかの如くバラバラに散っていった。ちょうど人一人分の大きさの長方形の穴が門に空いた。
「……!?」
何が起きたか理解できていない兎を尻目に店長、トラとリュウは続いて門をくぐっていく。
「おい、リュウ。もうちっと大きめに斬れなかったのか?」
「あらお姉ちゃん、もしかしてデブった? これぐらいでちょうど良いの――あら、たしかにちょっと小さかったかも……ま、通れはするでしょ。ほら、兎ちゃん、行くわよ〜」
先行する三人から少し遅れて兎がその後を続く。




