4-2 暗躍、襲来
△▲△▲
ところ変わって盤堅街より北に約十キロ先の砂漠。小さな砂丘の多い一帯。まるで波のように小さな丘が其処此処に浮かんでいる。
その先に、狸座のアジトが建っている。一辺二キロ強の長い防壁が四方を囲み、更にその中に四つの棟が正方形の形で連なっている。上空から見下ろすと、「回」の字のように見えるその砦。その鋼鉄の防壁は高さ五十メートル、厚さも五メートルあり、鉄の要塞は度々起こる猛烈な砂嵐にも負けず、深く大地に根をおろしている。
強固な砦の中。施設のとある一室。壁には幾つもの液晶画面が取り付けられ、そこには壁外の砂漠や壁内の施設へ続く道、施設内の様子が映し出されている。部屋の中央には大きな円卓。窓はカーテンで完全に塞がれ、部屋は暗く、画面の光だけで照らされている。
数人の男達がモニターの前に座ってそれぞれ画面を凝視している。そして部屋の中央、円卓の前に二人の男が対面に座っている。
一人は狸座の座長、狸座黄。ずんぐりむっくりな体型、ボサボサの短い黒髪に、小汚い無精髭。狸座のシンボルマークである狸にそっくりな人物だ。どこか間抜けそうな雰囲気を出しながらも、部下数二百人を従えている。
対面に座る男は後ろの画面からの逆光で、その姿はハッキリと見えない。
二人は会話をしている。といっても、一方的に狸が話し、対面する男がそれを身動き一つせず聞き入っているだけ。
「――という訳で、もう少し……あと一日待ってくれ。そうすれば儂らの準備も十分に整う。儂ら狸座は二百人以上もおるんだ、それくらい多いと装備を整えるにも時間が掛るんだ。仮に、お前が店長に負けた時も、儂らでトドメを刺せるよう――」
と、狸が言うと、今まで全く喋らず動かなかった男が口を開く。
「俺が? 負ける?」
狸の言葉に男は反応し、腰に据えた剣に手を添える。抜き身の刃が冷たく輝く。慌てて狸は訂正する。
「いやいや、「仮に」だ。そんな事はないかもしれんが、一応、万が一、念には念を――」
狸の言い訳を不服そうなため息で一蹴し、男はまた静かに口を開く。
「……まぁ、いい。俺は奴と剣を交えることができればそれで良い。くくく、新たな力を手に入れたこの俺と奴で奏でる交響曲。……高まるぞ!」
不敵な笑みを浮かべ、男は剣から手を離す。狸は額の冷や汗を拭い、ホッと胸を撫で下ろし、声には出さず呟く。
「なーんか、やっぱり儂、こいつ苦手だ……」
「……何か言ったか?」
「いえ、何も……。あ、そうだ。儂は奴に宛てる脅迫文を書かなかきゃいけないんだった。あー忙しい、忙しい……」
狸は円卓上の石板と石筆と取る。
「文か! 言葉を紡ぐなら、この俺が代わってやってもいいぞ。奴への私怨を積み重ねること幾星霜、雲霞の如し。早速、筆を貸せ」
「いや、簡潔に済ませたいから遠慮します……」
ピリッとした空気が部屋を包む中、モニター前に座っている狸座の一員の動きが固まる。口を少し開け見つめる先は、とある一つの画面。ノイズで途切れ途切れの画面には、壁外の小さな砂の丘が連なる大地が映っている。風が通る度、細かい砂を巻き上げている。
なんの変哲もない風景の中、画面の奥に小さく動く影が見えた。遠く空と地の境目、砂塵を撒き散らしながら、猛スピードでそれは砦に近づいている。黒い粒に見えたそれが、近づくにつれその姿をはっきりと表わす。
黒い、大きな戦車。走った後には砂煙が舞い、大地にはタイヤの後を刻む。
画面を見つめる狸座の一員は小さく震えだした。
「なっ、なななな……」
狸座の一員の目に、とある人影が視認できた。それは乱れる画面内でも、はっきりと分かった。
猛進する戦車の上、腕を組んで立ち臨む男がいる。
黒い外套、黒いゴーグルに黒いマスク。黒ずくめの男は車上で外套をはためかせ、威風堂々とその身全身で風を切っている。
狸座の一員は、そいつを知っていた。忘れるはずもない。数年前、たった一人でこの狸座を半壊させた男だ。
モニター前の一員が明らかに怯えている態度に部屋の者は全員気がついた。円卓に座る狸座座長が問いかける。
「おい、どうした?」
一員は、ビクッと肩を竦めると、ゆっくり振り返り、震える声で伝える。
「て、ててて、てんちょ、です。み、南の砂漠の……」
「は?」
聞き返され、一員は大きく唾を一飲みし、再度涙目で伝える。
「店長……南の砂漠の店長が! こちらに向かって来ています!」
「なっ!? 医者を攫ったのがもうバレたのか!? 早すぎる! まだ脅迫文も書けてないんだぞ!」
狸は書きかけていた石板を円卓に放り、モニターを確かめるが、やはりそこに映るのはあの店長その人だった。
円卓に座っていた男は席から立ち、モニターを見ると高らかに笑った。
「ふはははは! 流石だ、店長! 常に一歩上を征く貴様こそ、俺が目指すべき到達点! 高まってきたぞ!」
直後、キンッという高い金属音が部屋中に鳴り響き、円卓が真っ二つに切り裂かれた。円卓上に置いていた石板の脅迫文も粉々に飛び散る。
円卓の崩れる音に驚き身を竦める狸。てっきり男が剣を抜いたとかと思ったが、男は腰に据えた剣に触れてすらいない。
(一体、どうやって……? も、もしかすると、本当にコイツなら店長を葬り去ってくれるかもしれん……!)
男の高笑いに合わせて、狸も顔を引き攣らせながら笑う。二人の男が笑い続ける中、モニター上の黒い戦車は前進を続けていた。