おやすみなさい
「いってきます。」
今日の仕事場はこの15年で初めて見る場所だった。
先が見えないほど広すぎる、屋内の駐車場。
歩いても歩いても同じ景色が繰り返される。
蛍光灯の光が弱いおかげか、今にも誰か襲ってきそうなホラーゲームの雰囲気があって良い。
車はちらほら駐車してあった。
全部同じ赤色の車。
ナンバーも00-00って適当かよ。
さて、このフィールドでどう動くか。
"エネミー"が出てきた時何を盾にするか、何を矛にするか。
この場合はどちらも『車』が正解だろう。
鉢合わせる前から車を運転していれば、そのまま突っ込めばいい。
エネミーが『コア』を持ってた場合は…その時考えよう。
コツコツと足音が反響する。
ふと視線を落としてみた。
私が仕事場に来る時の身だしなみはどうやら決まっているようで。
純白のワンピース、茶色の革靴、長い銀髪の髪。
この空間の中だったら、すぐエネミーに見つかりそうな格好だ。
私は近くにあった赤い車のドアを開け、運転席に座った。
なんとなく、その"気配"がしたから。
エネミーは足音がない。
代わりに自分から鳴いてくれる奴もいるけど、今回は静かすぎる。
私は息を潜めながら外の様子を窺った。
どこだ?
「あははっ!」
声につられ視線を動かした。
助手席にいた。
急いで車を降り、走り出す。
気持ち悪い私の声しやがって。
相手は人間じゃない。
都合よく時間は稼げない。
追われている今、別の車に乗り込むのは危険。
かといって手持ちの武器も無い。
それなら。
「あは。」
今だ。
攻撃してくるタイミングを狙って車の後ろに回り込む。
車に衝撃が走り、フロントガラスが割れた。
狙い通り。
落ちた破片を拾って距離を取りながら頭をめがけて投げる。
「あはっ。」
命中。
私の姿をした"それ"は消えていった。
久々に追い込まれたけど、12年の知見は伊達じゃないな。
「後ろ!!」
「え。」
知らない男の声がしたと振り返れば、私より何倍も身体がデカいエネミーが大きな斧を振りかざしていた。
避けきれない。
そう思った瞬間、全てを弾くような銃声の音が鳴り響く。
デカエネミーはその体格に似合わない弱さでその場から消えていった。
私は安堵すると同時に、大きな疑問に見舞われる。
私の夢の中で、他の人間と出会うことなんて、今までなかったんだ。
「だ、大丈夫かい?」
腰を抜かした私に手を差し伸べる長髪の彼。
人間に擬態したエネミー?
違う。
ひとつの夢に、一匹しかいないはずだ。
じゃあなんで?
「だいぶ混乱してるみたいだね。僕は正真正銘の人間だよ。えっと…どう証明したらいいのかな…。」
襲ってこない。
でもまだ油断できない。
こいつは銃を持っている。
背中にはリュックを背負っている。
「それ捨てて。」
「あ、あぁ…。」
銃とリュックを捨てた。
この夢の中で意思疎通できる生き物がいるなんて異常だ。
「ノア。」
あ…私の名前?
「ノアちゃん…だよね?」
「…。」
「僕はクロ。"実体夢"研究家のクロだ。」
実体夢、それは私だけが見ることのできる夢の名前。
…のはずだったけど。
今この人間も同じ夢を見ている。
「場所を変えよう。詳しい話はそれからでいいかい?」
私はまだ疑っている。
でも、久しぶりに自分の名前を呼んでもらったんだ。
この温かさは本物かもしれない。
どうやらさっきまでいた場所はショッピングモールの駐車場だったみたい。
暗い無機質な空間とは打って変わって、取り繕ったような明るさとどこか違和感のある音楽が流れ込んでくる。
「曲名は…そうだね、『ママがあのお菓子を買ってくれない』。」
「それ楽しいの?」
人っ子ひとりいないが、商品はずらりと揃っている。
食品は食べても味しないし、腹も膨れない。
けどなんだか得してる気分だね。
「ゲームセンターはあるかな。夢に出てきた時はいつもプレイしてるんだ。」
「意外と余裕があるんだね君。コアは探さなくていいのかい?」
「見つけたら帰らなきゃいけなくなるでしょ。私が自由に遊べるのは夢の中だけなの。」
「…。」
私たちは上へ無限に続くショッピングモールの1階で、丸いベンチに座った。
先に話を切り出したのは私のほうだった。
「コア目当てで私の夢の研究をしてるの?」
「…知るきっかけはそれだった。でも君の夢は、1000万の石なんかよりもっと価値があると思っているんだ。」
クロはリュックを開いて大量の紙を取り出した。
一枚、一枚にびっしりと文字が書かれている。
「一般的な夢はその人が経験したこと、記憶していることから繋ぎ合わせて作られているものだと思われる。でも君の場合、生まれた時からこのような異空間…行ったことも見たこともないような場所を夢で見ているんだ。そもそもとして君の脳の構造が普通の人間とは異なるものである可能性が高い。」
「なるほどね。じゃあ、なんで貴方はここへ来られたの?」
「それが…実は僕もよく分かっていないんだよ。他人の夢へ入る方法なんて誰がどう調べられるんだい?」
「それはそう…。」
しばらく沈黙が流れた後、私は一番気になることを聞いてみた。
「この世界って、なんなの。」
「急に深いことを聞くね?僕が思うに、此処は『誰かが作った世界』だと思うよ。」
「その心は?」
「火のないところに煙は立たないだろう。きっと誰かが、この世界を望んだんだ。その想いが夢となって現れる、変な話じゃないさ。」
私は話半分に聞いていたけど、そうだったらいいなと思った。
「じゃあ私の望む世界も、夢になって出てきてほしいね。」
「どんな夢だい?」
「友達と、夜ふかしする夢。」
「あ…。」
クロは私の目を見て固まった。
そりゃそうだよね。
きっと普通の子供だったら、もっと欲張ったこと言うもんね。
でも、私はそれでいいんだ。
それが良いんだ。
なんて、ずっと夢見てた。




