9話
学園に通うのはもう七年前のことだ。だから、普通の生活というものがよく思い出せない。
まずは、俺と真央さんはバイト先へと向かった。親が学費や生活費を払ってくれるなら、俺に必要なお金は少しで十分だ。
真央さんが俺にピッタリの、短期バイトを紹介してくれるらしい。
バイト先のファミレスに行くと――
「いらっしゃいませ……。何名様ですか?」
ちょうどよく店長がいた。というか、俺の顔を覚えていないらしい。普通に客だと思われている。
「違いますよ、店長! 蓮夜です、牧島蓮夜です! 事故から回復したんですよ」
と、厨房の奥からピョコンと飛び出してきたのは薫子だった。
「わー、可愛いじゃん。あーしも着てみたいかも」
「うん、俺も見てみたいかも」
「ちょっと蓮夜! 店長と話を進めなさいよ!」
店長が怪訝な顔で俺を見ていた。
「お前が……あの蓮夜? まあどことなく面影が……、ちっ、ていうか、俺様はてめえのせいですげえ迷惑被ったんだぞ!」
「俺のせい?」
「ああ、シフト入れた癖に事故りやがってよ。マジで使えねえ。ほら、さっさとエプロンつけて仕事しろ。俺はタバコ吸ってくるわ」
店長は自分のエプロンを外して俺に投げつけた。
エプロンがポトリと落ちる。
……怒りはない。ただ、少し悲しい。このバイト先にとって、俺に人権はなかったんだな。これならドワーフの収容所の方がマシだった。アイツラは捕虜の俺にも優しくしてくれた。
俺がエプロンを拾おうとしたら――真央さんがそれを拾った。
「おっ、君かわいいね〜。うちでバイトしない? いまなら時給高くしてあげ――げげげげっ!?!?」
真央さんがエプロンを丸めて、それを店長にぶん投げた。異世界帰りの俺じゃなければ見えなかっただろう。店長の腹にめり込んでなお、ぎゅるぎゅると回転音が聞こえるほどの威力のエプロン。
ポトリとエプロンが落ちて、店長は吐いた。
真央さんが俺に手と取って、踵を返す。
「行こ、あっ、薫子、またね」「店長、今日でバイトやめます。失礼します」
そういって、真央さんは俺の手を引きながらファミレスを出た。
「真央さん、どうしたんですか?」
なにやら、真央さんが口を尖らせていた。
「わかんない。なんか、ここがきゅーっとして嫌な気分になったじゃん」
真央さんが胸に手を当てる。
そっか、なんか俺も少し気持ちがわかるかも。店長と会った時、悲しい気持ちがこみ上げてきたんだ。そこに怒りはない。ただただ、悲しい。
「ありがとうございます、真央さん」
「ううん、別にお礼言われるようなことしてないよ。じゃあ、さっそく短期バイト紹介するじゃん」
こうして、真央さんに連れて行かれた場所は……、真央さんの自宅の庭だった。
「庭ですか?」
「うん、庭じゃん。えっとね、そこに物置あるじゃん。でね、そこに入って」
物置から妙な魔力を感じる。……まて? これは異世界のダンジョンと同じ波長だ。
とにかく、俺は物置に入った。そして、物置の隅っこには小さな『ダンジョン』が発生していた。
俺の背中から汗が流れた。どんな気持ちか自分では判断できないが、このゲートの色は虹色だ。
ということは異世界基準で――SSS級ダンジョンだ。背筋が凍りつく。なぜならSSS級ダンジョンは俺でさえ、真奥まで到達したことがない。正真正銘の悪魔の入口と言われている。
「あーしね、暗いの苦手なんだ。でも、ここには『金』があるから、蓮夜のバイト代の足しのなるじゃん!」
「えっと、真央さん、これがダンジョンって知ってますか?」
「ダンジョン? これって魔法の物置みたいなものじゃん。たまに変な動物が襲いかかってくるから気をつけなきゃね」
「まあ、いいか。じゃあ真央さん、二人でバイトしましょう」
「うん。一人だとちょっと寂しいから……あれ? 寂しい? ……へへ、なんか変な感じ。蓮夜、一緒に行くじゃん!」
こうして、俺はダンジョンに潜った。結果、このダンジョンは正真正銘のSSSダンジョン、しかも、あの異世界とつながっているというのが判明した。
そして、俺は久しぶりに人前で本気を出してしまった――
***
「はい、あ〜んして」
「は、はいっ」
あんみつをスプーンに乗せて、俺の口元へと運ぶ真央さん。真央さんいわく、友達なら、この距離感は当たり前らしい。
俺と真央さんは毎日一緒に過ごしていた。朝は一緒に登校して、昼休みは一緒にお弁当を食べて、放課後はカフェでお茶をすることが多い。
今日は学園の屋上で日向ぼっこをしながらおやつを食べていた。
俺と真央さんが屋上に行くと、なぜか人がいなくなる。解せぬ……。
まあ静かだからいいか。
「……真っ昼間から、いいご身分ね」
甘い物を食べて眠くなった。真央さんは俺の肩を枕にして一眠りしている。そんな俺達の前に現れたのは――聖女だった。
「なんのようだ? いま、この幸せな時間を乱したら……また殺すぞ」
俺には魔力がない。だけど殺意なら刃のように飛ばせる。それだけで意識を失う転移者もいた。
「……言ったでしょ。いまは観察中だって。何もしないわよ。……あんたが私を恨んでいるのもわかってる。あんたを殺した張本人だもんね。ていうか、あんた、私たちもろともぶっ殺したじゃない」
「そうか? そんな昔のことは忘れた」
「よく言うわよ。……魔力ゼロの最強の『白の執行者』。本当に厄介だったわ」
「血まみれ聖女がなにを言ってる」
「その二つ名はやめなさいよ……。恥ずかしいのよ! ていうか、私の要件は――あんた本当に組織に入らないの?」
「断る。なぜなら、お前らは魔王を狩る側だからだ」
「あんたもそうだったじゃない」
「いまは違う。ところで、一つ質問いいか? この目玉みたいな虫はなんだ?」
俺の質問で聖女に空気が変わった。
「……神域の……まさか、視えるの?」
「そこいら中にいるだろ。これも組織が関わっているのか?」
「……組織じゃないわ。もっと上の領域の話よ。まあいいわ、わたし、用ができたから帰るわ」
「ああ、二度と面を見せるな」
聖女は屋上から出ていった。見た目は白ギャルで可愛いのだろう。だが、心のゲスさが見染み出ている。
異世界で何度も嫌な目にあった。……心の奥がきゅっとする。あっ、やっぱり悲しみはよく分かる。
と、その時、真央さんが起きて俺の頬に手を添えた。
「ごめん、私、ちょっとあの子苦手じゃん。寝たフリしちゃった」
「構わないですよ。俺もあいつは苦手です」
あいつは場をかき乱す。最後の最後で……裏切る女だった。……まあいい、ここは現実世界だ。
「ダンジョンで憂さ晴らししますか?」
「うんいいね! やっと5層までいけたもんね! あの牛さん強かったじゃん!」
真央さんは魔力があるわけじゃない。あの世界の魔王と瓜二つ、時折漏れ出す魔力は魔王のそれだった。
こっちの世界で育っている真央さんは、普通の人の力しかないはずだが――
『あーしね、古武術やってて結構イケるんだ。魔法の物置で子どもの頃から訓練してたんだ! なんかね、レベルとか能力が上がるのがわかるじゃん!』
古武術とかそんなレベルではなかった。B級魔物なら瞬殺する程度の力だった。というか、子供のころからダンジョンか……。
「たまには学園サボって、行きますか?」
「そだね、天気もいいし……、ダンジョン行ってお風呂入ろ!」
「お風呂は別々ですよ」
「え〜〜」




