八話
私、クラス委員長の星空綺羅羅は教室の空気の変わり様に驚いていた。
数日間、休んでいた牧島蓮夜君が戻ってきてからだ。蓮夜君は私の友達でもある薫子の幼馴染で、クラスであまりよくない立ち位置だった。
学園では切っても切れないトラブル、いじめが行われていたからだ。私や薫子がそばにいる時はいじめは起こらなかった。でも……、いじめは巧妙に行われていた。
実は、私は本当は牧島君のことが気になっていた。あれは、中3の暑い日、不良に絡まれた私を助けてくれたんだ。ボロボロになりながらも私を逃がそうとして……私は走って逃げて警察を呼んだ。その後、牧島君と笑い合って、二人でコンビニの前で話したんだ。
学校での印象と違って、牧島君はすごく大人びていて、会話が楽しかった。胸がずっとキュンキュンしていた。
あれが初恋だって、最近わかったんだ……。
頭を振って、過去の回想を振り払う。
私には罪がある。告白をして振られたから、罰ゲームの嘘告白だなんて嘘をついて……。あれじゃあ、私もいじめに加担したのと変わらない。でも、恥ずかしすぎてどうしていいかわからなかったんだ。
私はゲスな女だった。だって、牧島君なら絶対に断らないと思ったんだもん。薫子とは付き合っていないって知ってたし。
「そっか、真央さんはカレーが好きなんだ。じゃあ、今度俺が作りに行く」
「あーしも料理得意だよ。お弁当持ってこようか?」
「ぜひ! いや、でも、手間がかかります。むしろ俺が作ります」
「ううん、1つも2つも3つも変わらないじゃん」
「う、うう、わ、私もお弁当持ってくるもん!」
なんだかすごい光景だった。牧島君は一つの椅子に黒瀬先輩と二人で座っている。机の前には薫子が立っていて会話に加わっていた。
正直、薫子がすごいと思う。私はあの甘くて重くて不思議な空気の中には入っていけない。
というか、黒瀬先輩が少し怖い……。なんだろう、私が悪夢で見た悪魔みたいな人と同じ顔しているんだ……。
あの夢は怖かった。本当の現実みたいで、中々夢が覚めてくれなくて……、真央さんそっくりな人が誰かと戦っていて、私は巻き添えを食って死んでしまった。
うん、夢の話だけど今思い出しても怖い。
それ以前に、黒瀬先輩は学園で超有名人だった。あの美貌に、あの身体。毎日のように言い寄られていたけど、男子が吹き飛ぶ姿をよく見かけていた。
黒瀬先輩はすごく強い。ううん、強いを通り越して、誰も勝てる気がしない。誰とも友達を作らず、誰とも話さず、壁を作っていた。ある意味、彼女は学園で伝説の人物と言えるだろう。
黒瀬先輩に近づくだけで、正直、私は身体が震えてしまう。
だから、黒瀬先輩と普通に話している牧島君はすごいと思う。
「ていうか、蓮夜、昨日バイト忘れてたでしょ?」
薫子が唇を尖らせて蓮夜に言った。確か二人は同じバイト先だったような……。牧島君は家庭環境があまり良くなくて、お金がないらしい。
「バイト……、ああ、そうか。バイトしないと金がないんだ! 俺はなんて大事なことを忘れていたんだ」
「あーしがお金貸してあげようか?」
「いや、それだけは絶対に駄目です。と、と、友達同士のお金の貸し借りは殺し合いになります」
「店長怒ってたよ? 今日一緒に謝りに行く? あっ、でも、今日の放課後は私部活だ」
「ふふっ、あーしが一緒に行ってあげるね?」
「それも悪くないですが……。根本を変えましょう。俺は何も大金を望んでいないです。普通の学生生活ができればいいです。まずは親に学費を払ってもらいましょう。まあ、とりあえずバイト先に行って退職の意向を伝えましょう」
黒瀬さんが突然立ち上がって牧島君の頭をその豊満な胸にのめり込ませて抱きしめた。そして背中をぽんぽんと叩く。黒瀬さんはその美貌も有名だけど、身体もかなり大きくてナイスバディだ。
こっちにまで漂ってくる色香、というか、母性?
「……眠たくなってくるな。ありがとう、真央さん。少し落ち着けたよ。俺、頑張って話し合ってくる」
「うん、応援してるじゃん」
「あ、あははっ、あはははっ」
薫子……頑張ってる。私も……牧島君に謝らなきゃ。
***
昼休み、私はお弁当も手に持って牧島君のところに行こうとした。私の前に立ちはだかる女子生徒がいた。転校生の御剣さんだ。
「君は彼とは関わらない方がいいです」
「御剣さん、牧島さんと知り合いなんですか? あのですね、人の交友関係に口を出さないでください。そんなだから、クラスに馴染めなくなるんですよ」
御剣さんは少し変わっていた。転校生だから、初めはみんな珍しがって話しかけていたけど、御剣さんは全く興味を示さず、友達を作ろうともしなかった。
「……別に私には友達はいらないです。……そんなの悲しくなるだけですから」
「あの……、どいてくれませんか?」
私は御剣さんを軽く押して先に進む。後ろから「後悔するぞ」という言葉が聞こえてきたけど……、そんなの人から言われなくても、もう後悔してるから……。
牧島君は一人だった。きっと真央さんを待っているのか、真央さんんおところへと行こうとするだろう。
「あ、あの牧島君!」
牧島君が白髪をたなびかせて振り向いた。
すごく大人っぽい表情だった。印象的だったのは――目が……私を見ていなかった。空虚な目をしていた。
「委員長……? どうしたんだ? 俺になにか用か?」
返事ができなかった。謝ろうと思っていた。嘘告白をしてごめんなさいって。
でも、身体が震えて動かない。
頭の中がこんがらがって、言葉が紡げない。小学生並の知能に落ちていると思う。
勝手に膝をついていた。牧島君が怪訝な顔をしていたけど、身体が勝手に動くんだ。
と、その時、牧島君の空気が変わった。私の全身から汗が吹き出した。安堵の汗だった。
「よっす〜、蓮夜来たよ〜。今日も空き教室で食べる?」
「ああ、そうしよう。委員長、調子が悪いのか? 立てるか?」
牧島君は私に手を差し伸べた。優しさが垣間見えるのに――なぜか、牧島君からは悲しみの感情しかわからなかった。
私を立たせた牧島君は教室を出ようとした。なぜかわからないけど、私はいましかチャンスがないと思った。いまを逃せば、もう謝れない。でも、謝るって自分を楽にするだけの行為にも思えて――
頭を振った。
「ま、牧島君! あ、あの――、こ、告白、本当だったんだ。……私、振られて悲しかったから……、強がっちゃったんだ……。ごめんなさい、あなたを傷つけて……、だから――」
私は後ろ手に持っているお弁当を強く握りしめる。
「そうか。そんなこともあったな。……わるい、どんな気持ちだったかよく覚えていないんだ」
といって、牧島君は教室を出た。
私はこれ以上できることがなかった。ただ、牧島君の言葉から……悲しみだけが伝わってきたからだ。
手に持ったお弁当を胸に抱いて……泣きたい気分になった。




