十一話
「あーし、今日はちょっと用事があるから先に帰るね」
「わかりました。……何かあったらすぐに連絡してください」
「りょーかい!」
私、黒瀬真央は蓮夜に手を振って別れた。蓮夜は何度も振り返り、私が家の入るのを見届けようとする。私もそんな蓮夜に手をずっと振っていた。
玄関の扉を開けて、私は家に入った。
「ただいま、おばあちゃん」
向かう先は仏壇。あんまり宗教は詳しくないけど、帰宅したら、まずおばあちゃんに今日あったことを話す。
私はおばあちゃんに育てられた。おばあちゃんは少し変わった人だったと思う。異世界で過ごした話をよくしてくれて、興味深い話ばっかりだった。
「なんかね……、少しだけ温かい気持ちがわかったじゃん……」
おばあちゃんは好きだった。でも、私は生まれた時から「化物」だった。人の感情が一切わからず、何をしても、どこへ言っても、迷惑をかけていた。
物心ついた時には、両親はいなかった。私はおばあちゃんと二人で暮らしていた。
自分の感情も人の感情も分からない私に友達なんて出来なかった。それに、近づいてくる奴らは、嫌な匂いがして追い払った。
「……おばあちゃん、あーしね、友達が出来たんだよ。へへ、蓮夜っていうんだ。後輩だけど、なんかね、すごく、あーしと似ているじゃん」
学校で蓮夜と初めて出会った時、私は確かに心に何かを感じた。それが何かわからない。でも、もしかしたら、心っていうのがわかるかもしれない。
「……おばあちゃん、異世界で散骨して欲しいって願い、蓮夜と一緒でもいいかな?」
裏庭のダンジョン。物心つく時からあったから気にしていなかった。私にとってただの遊び場。
でもおばあちゃんは言っていた。ダンジョンの向こう側を越えると――異世界にたどり着くって。
一人では無理、でも、蓮夜となら。
「ん〜〜、ダンジョン遠征用のお弁当作ろう。あっ、お醤油なかった。買いに行かなきゃ」
ふと、自分の顔が緩んでいることに気がついた。……本当に不思議。蓮夜と出会ってから、私は目が覚めたみたいだった。
「ふふっ、蓮夜はカレーが好きって言ってた。好きなものを作ってあげるじゃん」
買い物帰り、暗い夜道を一人で歩く。
前から女子高生が歩いてきた。……なんか見たことがある。けど、みんな同じ顔に見えるからわからない。
最近、やっと薫子の顔が少しだけ判別出来るようになったんだ。
女子高生は私を見ていた。……なんかゾワっとした。嫌な気持ち? っていうのかな? そんな風に思えた。
「黒瀬真央さん、私は同じ学校の一年C組の――青空彼方と申します。まあ、なんといいますか……、人々からは聖女って言われています」
「……あの、頭大丈夫? あーし、変な人と関わりたくないの。行くね」
そのまま通り過ぎようとしたら、手を掴まれた。その瞬間、全身の血液が沸騰するような【怒り】が生まれた。
初めて経験する怒り。ただ、手を掴まれただけなのに。私はこの子が好きじゃない。嫌いだ。理由はわからない。
青空彼方の額から汗が流れていた。
「この魔力……、やはり覚醒が近い。……いえ、蓮夜君が一緒なら」
「ん? 蓮夜のこと知ってるの?」
青空彼方の顔が優越感に染まった。これは私は知っている。学校で何度も経験したことがある。
マウントだ。
あの動物が自分の力を誇示するように、女子生徒は他人にマウントを取るんだ。
「もちろん知っているわ。だって……私は蓮夜君と仲間だったから。ずっとずっと一緒にいて、それこそ夜も共に過ごしたわ」
私を見下すような瞳。剥き出しの敵対心。もしかして――
「あっ、青空は蓮夜のことが好きなんだね」
「ぶっ!? ち、違うわ! わ、私は別に、あんな男は、そりゃ、ちょっとかっこいいわよ。でも、私はもっと知的な――」
私は気にせず家に向かうことにした。青空は私の背中を見ている。ため息と共に気配が消えてしまった。
結局なんの用事だったんだろう?
***
次の日、学校の屋上で蓮夜に青空のことを説明した。
蓮夜は少し考えていた。私に何か大切なことを言おうとしている。
「……真央さん、少し話が長くなるけど、俺の半生を聞いてくれないか」
蓮夜が語りだしたのは、異世界という場所のことだった。多分、おばあちゃんと重なる部分があるから、本当の話だと思う。
魔力、魔法、異世界、勇者、召喚、聖女、魔王――
話は多岐に渡った。
「――そうなんだ、私がその魔王ちゃんとそっくりなの?」
「というよりも、俺は魔王そのものだと思っている」
「えっと、私、蓮夜に殺されちゃうの?」
別に蓮夜に殺されるなら構わない、と思ってしまった。なんでだろ?
「いやいやいや、俺はもう自分を隠さない。……真央さんが魔王でも、真央さんが魔王じゃなくても……、何を言ってるかわからなくなってきたが、俺は君を絶対に守りたい。独りぼっちになんてさせない」
「……守る。ふふっ、なんか素敵じゃん! 蓮夜、王子様みたい! あっ、そうだ、私もね、異世界に行きたいんだ。おばあちゃんの遺灰を異世界のなんとかって場所に収めたいんだよ」
私がそういうと、蓮夜が目をまんまるにして驚いた。
「あの中庭ダンジョンからつながっているのか?」
「うん、でもね、最奥は超難しいよ。多分、一人じゃ無理かも。急いでないからゆっくり行こうと思ってるんだ」
蓮夜がキョトンとしていた。
「なぜ俺を数にいれていない。いいか、真央さんがしたいことが俺にとって最優先だ。……なぜか、というのは俺にもわからない。残念ながら、俺には悲しむという感情しか持ち合わせていない」
「あっ、あーしもね、生まれた時から壊れていたんだって。おばあちゃんがいなかったら殺人鬼になっていたかもって言われたじゃん。感情なんてわかんないよ」
やっぱり、私たちは似たもの同士だった。
だから、きっとこの先も――
と、その時私は妙な気配を感じた。
蓮夜もそれを感じ取ったのか、空を見つめていた。
学校全体から鼓動を感じた――中庭ダンジョンよりも強大な力を――




