36 光が届く
脳裏に浮かんでいた光景が消えた。その場にいた人々は夢から覚めたような心地になる。
「……これが真実か」
ガシャンと、剣が地面に落ちた音が鳴り響く。剣を落とした志伯は、呆然と目を見開き、ただ呟いた。
シュルシュルシュルっと空気の抜けるような音がして、ポンっとカラクは小さな姿に戻る。とてとてと志伯の元へと歩み寄った。
「お願い。志伯。この地を、もう誰も傷つけることがないようにするのを手伝ってほしいの」
志伯は茫漠とした乾いた瞳をカラクに向けた。
「お前は楽太ではないんだな……楽太は俺が……殺した」
「あのね。少し思い出したの。楽太の想いを。ずっと志伯を心配していたの。幸せになってほしいと、最期まで」
「……俺は……あいつがいなければ……」
「志伯。この場所のことを楽太は君に相談できなかったの。ここは、志伯が苦しんだ場所だから……ねえ、志伯はこの国のみんなを嫌い? 恨んでいるの?」
その問いに、焦点を失っていた志伯の瞳が、カラクを捉える。
「いや……俺は楽太に助けられた時から、なにも恨んでなどいない。むしろ、あいつとこの国を良くしていきたいと……」
「なら、お願いなの。一緒に、この国を助けて欲しいの」
「……その言葉をあいつは俺に言えなかったのか……」
志伯は周りを見渡した。倒れ伏した魔術師たちに、固唾をのんで見守る王や兵士。そして、闇よりも暗い、深淵が覗く地の底を。
「わかった。俺の全ての力で持ってこの地を浄化することに協力する」
「うん! ありがとう!! 志伯!!」
にっこりと笑うカラクの笑顔を見て、志伯は胸の奥が痛み、手を震わせた。楽太の笑顔にとても似ていたのだった。
「イトラ、レフ、とっちゃん、山王」
カラクは、ずっといざという時は守ろうと備えてくれていた仲間たちを見つめた。
「お願い。一緒に助けて欲しいの」
真剣に想いを込めてお願いをする。すると、仲間たちはそれぞれ、衝撃を受けたように息を呑み、キリリと引き締まった顔をする。
「はい、我が主カラクの願いであれば。このイトラは火の中、水の中、どのような願いでも叶えましょう」
イトラはすっと胸に手を当て、その美しい銀色の瞳を輝かせながら、優しくカラクを見つめる。
「ああ、カラク。友だちの頼みならなんでも聞いてやる。どっちが力を出せるか勝負しようぜ!」
レフは拳を握りしめ、力強く言い放つと、金色のたてがみのような髪を風になびかせ、にかっと笑った。
「妾はいつでもそなたの味方だと言っておろう。カラクのためならば、この神獣の凄まじき力を貸してやろう」
饕餮は幼女の姿のまま、後ろにひっくり返りそうになりながらも精一杯胸を張って言葉を返した。
「カラク。俺が助けを求めたことやろ。なんとかしようとしてくれて、ほんまに、おおきにやで」
山王は、屈んでカラクと目を合わせると、いつもの飄々とした様子ではなく、真剣に真摯に言葉を紡いだ。
カラクは、みんなからの言葉を聞いて温かいなにかが己の内に満ちて、更にそれが力にもなっていることに気づく。心を込めて言う。
「みんな、ありがとう!」
カラクは皆の前に進み出て、その禍々しい土地と向き合った。そして、木霊たちからもらった白魔石、アシュラからもらった黒魔石の残りの全てを手のひらにのせる。
「俺はカラクなの。ただのカラク。だけど、カラや楽太の残した願いを叶えてあげたいの」
そう言って、全ての魔石を手のひらの中で割った。閃光が溢れ、収まるとそこには黒髪に金色の輝く瞳をした、よりカラクの面影がある青年が現れていた。とても美しく神々しい。けれど、人間味もあって優しい雰囲気も感じる姿をしている。
「天が見過ごすならばこの俺が拾おう。残酷な世界にも救いはあるのだと。理不尽に踏みにじられた者たちよ。その悲しみを俺が引き受けよう。いつまでもこの地に留まってはいけない。全ては不可逆で、先へ進むことだけが救いへとつながるのだから」
深淵から粘つくような大量の闇が噴き出してきた。志伯は剣を抜いて、地に刺すと、魔力で全ての闇を囲い込むように押さえ込む。
イトラやレフ、饕餮や山王も、周囲に結界を張って、凄まじい瘴気を漏らさないように魔力を加えた。
カラクは歩き続けると、みんなの結界や志伯の魔力の覆いを抜けて、闇の中へと入っていく。闇は黒黒と光を通さず、その姿は見えなくなった。人々は固唾をのんで祈るように見つめている。
泣き声のような悲痛な数多な声が、渦となった闇の中から漏れ聞こえてくる。そこにカラクの声が響き渡った。
「この世は残酷で悲しみに溢れている。打ち捨てられた者たちよ。俺は決してお前たちを見捨てはしない。その恨みや憎しみを俺が引き受けよう。どうか、心安らかに次へと進むのだ。お前たちは美しい。そしてこの世界も醜くも美しい。お前たちはこの世界の一部で、また、この世界もお前たちの一部なのだから」
静寂の夜に響く、鈴の音のように、凛と言葉だけが響いていく。それは清浄に空気を貫き、黒黒とした闇は渦を巻き、やがて一筋の光が天上へと上がっていった。
すると、当然、暗闇の塊が、まばゆい黄金色の蝶に変わり、あたりへと光を放ちながらゆっくりと空へと上っていく。
暗い闇の底まで続く亀裂はいつの間にか、なくなり、夜空は雲が晴れ、星々や月が煌々とあたりを照らし出していた。
闇が凝っていた大地には、小さな真っ白な花が咲き、月の光に照らせられて、楚々と夜風に揺れていた。
カラクはあたりを見渡し、目を細めて天を仰ぎ見た。微笑みを浮かべると、シュルシュルシュルと、空気の抜ける音がして、ポンっとまた、小さな子どもの姿へと戻った。
「カラク!!」
駆け寄ってきた、イトラやレフ、饕餮に山王が抱きしめてくるので、カラクも小さい腕を精一杯伸ばして、皆を抱きしめ返した。
「みんな、ありがとう。ここは、もう大丈夫な場所になったの」
「ああ、カラク。あなたならきっと、残された願いを叶えてくれると思っていました」
「さすがだぜ! とても綺麗な魔法だった。カラクらしいな」
「うむ。妾の見込んだ者だ。きっとこの地に恩恵をもたらし、未来永劫、この地のゆかりの者たちは、そなたを褒め称えるだろう」
「カラク。おおきにやで。あの子との約束をこんなにちゃんと果たせて……めっちゃ嬉しいんや」
「こっちこそ、ありがとうなの!」
みんなが口々にカラクに話しかけてくるので、カラクもそれぞれに抱きついて感謝の言葉を返したのだった。ふと、その場から志伯がいなくなっていることに気づいた。




