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小さな魔王は皆の推しになりました  作者: 光流
最終章 なんのために生きる

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35 真実の痛み


 魔王城に足を踏み入れた時から、楽太は胸騒ぎがしていた。ここまでとても遠く、魔力が多くなければ通れないような結界も多かったため、兵士たちは途中で置いてくることになり、辿り着いたのは、志伯と楽太の二人となっていた。


 この場所は、噂されるような瘴気に満ちた場所ではない。圧倒的な魔力を持つ者の存在は感じられるが、どこか清浄で清々しい気配である。むしろ、楽太の国の呪われた地の方が、おどろおどろしい気配をまとっている。


「楽太。戻ったら、俺はやりたいことを王に願い出る」

「なにがしたいの?」


 楽太は意外に思って、突然言い出した志伯に声を掛けた。志伯の実力であれば、望めば既にほとんどのものを手に入れられるだろう……。


「捨てられた俺のような子供が、幸せに生きていけるように、孤児院を作りたい」

「……いいんじゃないかな。うん。とても、良いと思うよ」

「それなら、楽太も共に運営を手伝ってくれないか?」

「ええ!? 俺も?」


 楽太は思いもよらぬことを言われ、驚きに声を上げてしまった。


「ああ。……子供たちにとって温かい家にしたい」

「うん……わかったよ。俺にできることならなんでも手伝うよ」


 そう言うと、志伯はとても嬉しそうに笑ったのだった。楽太は、安堵する思いを抱いた。そして、抱えていた国の呪われた地についての悩みを、戻れば志伯にも相談をしてみようと思う。楽太は、志伯が苦しんだ場所について、どうしても話をすることができなかったのだった。


 やがて、目の前に、重厚な作りの大きな扉が現れた。志伯が無造作に押し開ける。


 開いた扉の先には、神々しい二人の男女がいた。男は金髪金目の彫像のように美しい肢体と、容貌をしている。この男から圧倒的な魔力を感じるので、魔王に違いない。


 楽太はもう一人の美しい女性を見て息を呑んだ。


「……イトラ」


 湖で出会った月の精霊のような銀龍。夢のように美しく、一目で心を掴まれるような神獣・・


「イトラ……どうして、魔王と……」


 呆然と呟く楽太に、志伯は驚きの目を、イトラは淡々とした冷めた目を向けた。


「お前など知らん。人間ごときがこの城に土足で踏み込むなど、身の程を知れ」

「イトラ……」

「君たち凄いねぇ。人間でここまで来られる力の持った者はなかなかいないよ」


 魔王カラらしき青年が爽やかな笑顔を浮かべ、世間話をするように語り掛けてきた。楽太は、以前より思っていた疑惑が確信に変わっていくことに気づく。


「魔王カラ……あ、あなたは、ほんとうは魔王ではないのでは? あなたは、伝承にある力を与えたという神のような存在なのではないのですか?」


 キョトンと目を見開いたカラが、ふふふ……っと笑ってから言う。


「俺のことはみんなが好きなように思ってくれて良い。俺は、もうなにもしないし、ただ、君たちを見守っていたいだけなんだよ」

「やっぱり。あなたは人間を害するような存在ではない」


 その時、志伯は剣を鞘からゆっくりと抜き出すと、濃い魔力を纏わせた。


「俺にはそんなことはどうでもいい。俺に必要なのは、魔王討伐を成し遂げた勇者という称号だけだ」

「志伯!?」


 そして、その圧倒的な魔力を纏った剣を握りしめ、カラへと突進していく。だが、カラの前に立ち塞がったのはイトラだった。魔術を繰り出そうとしているが、尋常でない速さで迫る志伯の剣が、それよりも先に彼女を貫こうとしている。


 ──グサッ


「がはっ」


 肉が裂ける音が響き、口から血を吐いた楽太はがくりと前へと崩れ落ち、膝をついた。とっさに転移魔法でイトラのすぐ前へと割り込んだのだった。


「楽太!?」


 動揺した志伯が剣を抜いた手を震わせながら、楽太へと手を伸ばす。


「ああーー楽太! 楽太!」


 イトラも叫びながら回復魔法を掛けるが、どうみても致命傷で著しい変化は起きなかった。


「……しはく」

「ああ! 楽太! 大丈夫だ。これくらいの傷……」

「しはく……俺の国の者たちを許して……彼らを助けてあげてほしい……」

「ああ! らくた! お前が俺を助けた時から憎しみなどは消え失せた。俺は、ずっと……お前に恩返しを……」

「良いんだ。もう。志伯のほんとうの望みを……みつけて」


 楽太は目が見えないのか、手を伸ばしてなにかを探す仕草をする。


「イトラ」


 イトラはびくりと身体を大きく震わせ、それでも楽太の手を握った。


「きみと……また……楽しい話を……いつか……旅にも……いきたかった……」

「楽太。ああ。また、話をするのだ……あの湖で」


 ゆっくりと楽太は微笑みを浮かべる。


「あぁ……あの地が……心配だ……みんなを助けたい……彼は……約束を……守ってくれるだろうか……」


 そして、その瞳の光が小さくなっていった時、志伯は大きな叫び声を上げ、魔力が暴発したように迸った。正気を失ったかのように、呆然と魔力を垂れ流している。その時、楽太の胸の上に手を置いた者がいた。


 ──魔王カラ。


「死は不可逆で避けようがない。蘇らせることはできない。けれど、俺の全ての力を使えば、想いや記憶をわずかながら継ぐことはできるかもしれない。彼とも俺とも違う存在になるだろうけれど」

「なぜ? 魔王様はそんなことを……」

「俺は、ずっと恐かった。力を与えたみんなが、変わっていき、争い合うことが……。見守っていたなんて、言い訳だ。俺のせいだと思うことが耐えられず逃げていたんだよ。だから、彼のなにかを助けたいという想いだけでもつなぎたいんだ」


 そう言って、カラの身体が黄金色に眩く輝くと、楽太の胸の上に置かれた手のひらから身体へと光が流れ込んでいく。


「新しく生まれる存在はいつ目を覚ますかわからない。イトラ……見守ってあげてくれるかい?」

「はい……はい! 魔王様」

「それから、……勇者……君の記憶を封じよう。このままだと魔力が全て流れ落ちて死んでしまう。それは、彼も俺も望むところではない。全てを忘れて、君のほんとうの望みを探すんだ。それが、彼の望みでもあった」


 そう言って、カラはそっと志伯の額に指を置いた。黄金色の光が額に温かく触れると、志伯は目の光を取り戻し、すっと立ち上がると、なににも目をくれず部屋を出ていく。


「……あの者は?」

「彼は仲間を失いながらもなんとか魔王を倒したと思っている。これからは……彼次第だ」

「……ああ……魔王様……」


 イトラの声が震える。ゆっくりとカラの輪郭が透けていき、黄金色の光は楽太に吸い込まれて、その楽太だった身体は変化し縮んでいく。


「俺はみんなといれてとても幸せだったよ……共に生きていくこと……それが俺の望みでもあった……願わくば、新しく生まれる彼もほんとうの望みを見つけて叶えてほしい……」


 その言葉を残し、カラは消えてしまった。そして、残ったのは、あどけない寝顔をして眠り続けるカラクだった。


 

 



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