28 儀式と生贄
涼風は、突然、切羽詰まったように志伯を縋るように見つめた。
「もう、何度も何度も地震が起きているんだ……きっと、儀式が行われてしまう……」
「儀式?」
カラクはその言葉が気になった。志伯はちらりとカラクを見つめると、歩きだす。
「詳しい話はお前の家で聞こう。行くぞ」
涼風の家は、山に近い村のはずれに位置した、白い煉瓦造りのものだった。こじんまりとしており、中に入ると暖かく落ち着く雰囲気があった。
「烏野。目が覚めたのか?」
「うん。お兄ちゃん」
涼風が烏野と呼んだ幼い少女はちょこんと暖炉の前に座っていた。
「ゆうしゃさん。また会えた」
舌っ足らずに、烏野は志伯に微笑みかける。志伯はにこりともせずに軽く頷いただけだった。烏野は髪の色も白く瞳の色も薄い赤色をしていた。
「志伯とは知り合いなの?」
「ああ。前に来た時に、楽太と共にここへ来た。覚えていないのか?」
「そんな記憶はないよ……」
『彼女たちをそのままにするのか!?』
『俺たちの目的は魔王討伐だ。無駄なことをしている時間はない』
『無駄だって!? 目の前のたった1人を救えなくて、救世主だなんてちゃんちゃらおかしいよ』
『俺は、魔王を倒すこと以外どうだっていい。あんな子供たちも、この村も……』
『君は……君だって、虐げられた子どもだったじゃないか……どうして、他の人のそれを見ないふりができるんだ』
カラクは、当然、頭の中に流れる会話にくらくらした。
「見ないふり」
「楽太。そうだ。思い出したか? お前は俺に怒った。この者達を見捨てるなと。なあ?」
思わずぽつりと溢れた言葉に、志伯は嬉しそうに破顔した。カラクは頭を振って、涼風に向き直り問い掛けた。
「助けてほしいってどういうことなの? 儀式ってなあに?」
「この村には伝説があるんだ。コガネという魔物が眠ると……」
「うん。聞いたよ」
「目覚める前の兆候がある。数十年前も何度も地震が起きたって……」
カラクはそんなに長い間眠っているのかと驚いた。涼風は蒼白になりながら、固く指を握りしめている。
「昔からコガネが目覚めるとこの村では儀式をするんだ。鉱山の奥にある祀られた社に生贄を捧げる」
カラクは不穏なその単語に思いっきり顔を顰めた。
「そして、その生贄は烏野だと決められてしまったんだ。両親が流行病で死んで、俺たちは村の援助で生きている。俺も鉱山で働いているがまだ一人前じゃない。それに、烏野は身体が弱く、村から逃げ出すにも、無理はさせられない……」
「……ひどい」
「ああ。前もお前はそう言った。だが、俺は魔王討伐を優先し、お前を無理やり連れて行った」
非難の声を上げるカラクに志伯は淡々と言葉を返す。
「これまで、地震は起きていなかった。俺たちは、上手くいけば、このままずっとコガネは目覚めないじゃないかって思っていたんだ……」
涼風はその勝ち気な顔を今は不安気に曇らせている。
「お兄ちゃん。わたしはいいよ。お兄ちゃんのためになるなら。お兄ちゃんはきついお仕事でずっとしんどそう。わたしはきっと長く生きられない」
「馬鹿を言うな!!」
涼風は悲鳴のような声を上げて、烏野の座る前にうずくまった。震える手で、膝に置かれた彼女の指を握る。
「お前を生贄になんかさせない! もし、止められないのなら、俺が代わりになる!!」
「いや!! やっ!! だめっ!!」
志伯は不思議なほどに感情を浮かべず、じっと二人を眺めていた。カラクはその様子に一抹の不安を覚えるが、二人に声を掛けた。
「俺がそんなことはさせない」
二人は驚いたようにカラクを見つめる。ふと、カラクは今までであれば、イトラやレフが尽力してくれていたことに気づく。志伯は何を考えているのかは分からず、力になりはしないだろう。けれど、今の自分なら頼らなくてもできることがあるはずだと思う。
「俺が君たちの助けになりたいの」
「なぜだ、カラク」
カラクはビクリとした。初めて、志伯がカラクの名前を呼んだのだ。
「なぜ、お前は会ったばかりの者を助けようとする? お前は楽太ではないのだろう? ならば、過去に会った記憶も約束もないはずだ」
「楽太? 楽太兄ちゃんのこと? どういうこと!?」
涼風はカラクと志伯を見比べて、驚いたように声を上げる。
「たしかに、この子は楽太兄ちゃんによく似ているけど……」
「あのね。楽太じゃないけど……具材というか……とにかく無関係じゃないの。俺は、なんとかできる力を持っていると思う。だから、この子たちが虐められるなら、俺がとめるの」
「……他者の尊厳を踏み躙って生きていく命は醜い」
ぽつりと志伯は言葉を発した。カラクは首を傾げる。
「うん?」
「楽太が以前に言った言葉だ。……どうしたい?」
「その魔物もこの村の儀式もぶっ潰すの」
「お前には関係なくてもか? この村の大多数の者が困ることになるかもしれない」
「誰かを傷つけて、それで安穏と生きていこうとしている人たちのことなんて知らない」
「この子たちはどうする? その後、この村では生きていけないだろう」
「近くに知り合いの国があるの。王様が助けてくれる」
そこまで聞くと、ハッと志伯は短く息を吐いて笑ったようだった。ぐりぐりと強い力でカラクの頭を撫でる。
「ならば見届けてやる。お前がどこまでできるのかを。俺の助けは期待するなよ」




