26 簀巻きとご飯
「それなのに、悪くない魔族を滅するの?」
「ああ。それが砂礫国にも、俺にとっても都合が良い」
カラクは立ち上がると全速力で駆け出した。説得できる気がせず、逃げ出そうとしたのだった。
「どこへ行く?」
ひゅっと足元を蛇のように縄が這って追いかけてきて、カラクの足首に絡んだ。バタンと前へと倒れると、その縄が身体に巻き付く。
「痛いのー」
「すまない。楽太」
そう言った志伯は、優しげにカラクを見下ろすと頭を撫でた。
「砂礫国に共に行こう。魔術師にお前に混ざってしまった魔王カラの部分を切り離させる。お前は楽太の全てを思い出せるはずだ」
「それは、出汁のない味噌汁なのーーー!!」
カラクの叫びが洞窟にこだました。
カラクは、志伯に全身ぐるぐると縄を巻かれて、マントの肩の徽章に引っ掛けて吊り下げられた。カラクは蓑虫のようにもぞもぞと身体を動かすしかできない。
「離して!」
「ああ。この格好は辛いか? ひとっ飛びに、飛んでいこうかとも思ったが、以前のように一緒に旅をすると、思い出すことも増えるかと思ってな」
縄がしゅるしゅると解かれたかと思うと足元に下ろされた。そして、解かれた縄が首元に巻かれる。カラクはびっくりして、思わず引っ張るが千切れない。
「やっ! 愛玩動物じゃない!!」
「ああ。だが、お前は逃げようとするだろう? 俺はお前が俺の前から姿を消そうとすると、頭に血がのぼって何をするか分からない」
とても穏やかな声音で綺麗な緑の瞳を優しく和ませて、恐ろしいことをいう志伯に、カラクは怖気を覚えた。
「逃げないと約束するなら、これで我慢しよう」
そう言って、首の縄を解くとカラクの腰に巻き付き、もう片方は志伯の腕に巻かれた。
(これも愛玩動物の散歩のようなの……)
「……俺はカラクだよ」
「いや、楽太だ」
「カラクなの!」
志伯はカラクに駄々をこねる困った子供を見つめる視線を与えた。
志伯は南平原から、北上し、大陸の中央部に位置する砂礫国を目指しているようだ。魔力や匂いの痕跡を誤魔化しているのか、イトラやレフたちが現れない。カラクは暁とアシュラがどうなったかも気になった。
森の中を歩いていると、志伯は顔を輝かせた。
「あの木になる果実は、ラスティといって稀少でとても甘い。楽太の好物だった。待っていろ」
近くの木にカラクを括り付けた志伯は、たたっと木をかけ上がり果実をもいだ。
「食え」
喉が渇いていたカラクは口元に押し付けられたラスティに、腹立ちまぎれに噛み付く。柔らかな光の色をした果実は口の中にとろけ、甘くて芳醇な果汁が喉を潤す。
「美味しいの!!!」
カラクはあまりの美味しさに我を忘れ、獣のように齧り付く。志伯はその勢いに驚いたようだった。
「ああ。腹が空いているのか……。食事の用意をしよう」
「ありがとう!!」
キラキラと眼を輝かせたカラクを見て、志伯は微妙な表情をした。
「お前は、何というか、以前の楽太より頭が悪いな」
「なにをー!!」
憤慨したカラクを縄で簀巻きにしたまま、志伯は結界を張ってしばらくどこかへと消えた。縄には魔力封じのような効果があるようで、変身したり、切ろうとしたりしたが、魔力を使うことができない。志伯はしばらくしてから獲物を手に戻ってきた。
火を起こし、鍋に肉や菜物や調味料を入れているようである。いい匂いが漂ってきた。お腹がグーグーと鳴りだしたカラクは蓑虫のようにくねくねと動く。
「ほどいてよー」
「大人しくしろ」
志伯は縄を解くと、木で作られたお椀に、汁物をよそってくれる。お腹がすきすぎていたカラクは、ハフハフと早速食べだした。
「美味しい!! ありがとう!!」
「……お前は……心配になるほど、頭が悪いな……」
「なんだよ! 楽太はどうだったの?」
「以前の楽太はとても賢く魔術師としても優れていた。彼は身分も高かった。俺たち勇者は、魔力の高い子どもを国中から集めてつくられる存在だ」
「つくられる?」
「ああ。実験のようなことや殺し合いのような選抜もあり、死んでいく者も多い。楽太は、それに心を痛めて筆頭魔術師となった時に、その仕組み自体を止めてくれたんだ」
カラクは壮絶な志伯の話を息を呑んで聞いていた。
「昔、王都に連れてこられてしばらく経った頃、初めて楽太に会った。楽太は勇者の実験場に忍び込んでいたんだ」
「忍び込んだ!?」
「ああ。あいつはいつも思い切りが良かった。死ぬ者も出る実験だということを知った楽太は、実験場を魔術で吹き飛ばした」
「吹き飛ばした!?」
「ああ。それだけでなく、そこにいた勇者候補の子供たちを家へと連れ帰って匿った」
志伯は、とても面白いというように、思い出し笑いをする。
「普通であれば、死罪になるような話だが、あいつの身分と並ぶ者のいないほどの魔術の力で全てを押し切ったんだ」
「ふぇっ?」
「それから、楽太の家でずっと一緒に育った。お前は俺の命の恩人だ。ずっと感謝している。ありがとう」
そう言ってカラクの顔を見つめた志伯は、どこか苦しそうな切ない表情を浮かべていた。
「……助けられて良かったね。でも、覚えていない。俺は楽太じゃなく、カラクだから」
「いや、魔術で思い出せば、きっと元の楽太になる。俺はもう二度とお前を喪いはしない」
そう言った志伯の瞳は昏く、カラクは伝わらない思いにため息をついた。




