25 魔王と勇者
「志伯」
「なんでしょうか?」
「君が望むなら故郷へ帰ることもできるんだよ?」
「いいえ。楽太様。俺は売られて勇者候補となった。戻る場所はありません。お傍で助けられたご恩を返させてください」
「うーん、それなら、その堅っ苦しい言葉遣いはやめよう! 楽太って呼んでよ! その方が仲良くなれると思うんだ」
「しかし……」
「それが、傍にいても良い条件だよ」
「……わかった。楽太」
「うん!!」
「……志伯」
「どうした?」
「勇者になんてならなくても良くなったのに、なぜ、過酷な訓練を続けているんだい?」
「俺には権力も金も力もなにもない。このままでは大して恩を返せそうにもない。せめて、力を手に入れ、お前の役に立ちたい」
「恩なんて感じる必要はないよ。志伯は小さい頃から勇者候補としてひどい目にあってきたんだから、今の自分の幸せを考えていいんだ!」
「俺の幸せ?」
「そうだよ」
「俺の幸せ……それは……」
「志伯……君はほんとうに強くなったね。もう、俺でも勝てそうにない」
「ああ。俺は戦闘ではどの者にも決して負けない。力を手に入れ、勇者になって金も権力も手に入れる」
「そう……それが君の望みなら、応援するよ」
「だから、楽太」
「うん?」
「俺の姿をしっかり見ていろ。今の俺があるのは、お前が俺を助けてくれたためだ。必ず恩を返す。だから、傍から離れるな」
「……もう、そんなことには縛られなくていいんだよ。君は、自由になれたんだから」
「自由? お前が俺を自由にしたんだ。だから、これは俺の選択だ」
「それはほんとうに君の望みなんだろうか……」
「志伯」
「なんだ?」
「俺が勇者のパーティーに付いていくのはおかしいんじゃないかな? たしかに俺は魔術師としては才能があるけれど……それでも君には敵わない」
「だが、魔術師でお前ほどのやつはいない。決まりだな」
「俺は行きたくないんだけど……」
「なぜだ?」
「えっ……いや、いつも会う約束をしている人がいるんだ……」
「会う約束? それは魔王を倒し、この世を良くすることよりも重要なことなのか?」
「……それは」
「決まりだな」
「……ねえ、志伯。魔王は本当に悪い存在なんだろうか? 歴史書やさまざまな伝記を読んでいると、ふとそんな事を考えるんだ」
「砂礫国ではその考えは悪だ。分かるだろう?」
「……うん。でも、何が本当なのかいつも考え続けないといけないと思うんだ……」
「それが、お前自身を危険にさらしてもか?」
「……たとえ、そうだとしても……俺は……」
カラクは頬に冷たい何かが伝わり目が覚めた。暗い洞窟にいるようだ。ぽとりと頭上の岩から水滴が溢れ、カラクの頬に落ちたようだった。側には誰もいない。
カラクはそろりそろりと、洞窟の入り口へと這うようにして近付いていく。
「どこへ行くんだ?」
「ひっ!」
カラクは誰もいないと思っていたが、洞窟の隅の闇の中に志伯が立っていたのだった。
「皆のところに帰るの」
「駄目だ」
志伯はカラクの側まで歩いて来ると、目線を合わせるように、片膝をついた。
「なぜ、楽太の幼い頃の姿をしている?」
「らくた?」
「ああ。俺の幼馴染だ」
こてんとカラクは首を傾げた。生まれた時からこの姿だった。とくに違和感はない。そして、不思議に楽太という名前にも聞き覚えがある気がする。
「俺はカラク。色々な材料を混ぜて俺が生まれたの。だから、もしかしたら、楽太は材料?」
「お前を創ったのは誰だ?」
「イトラ」
「あの女……」
「ヒッ!」
志伯の髪が逆立ち、帯電するようにパチパチと火花が身体を覆う。これほど怒り狂った者をカラクは見たことがなかった。
「許さない。人を冒涜するような真似をして。必ず、滅してやる」
「駄目!!」
カラクは大きな声を出すと、志伯はびっくりしたようにカラクを見つめた。火花も収まる。
「イトラは悪くない。とても優しくて綺麗な存在」
「あれは、魔族だ。魔族は滅しなければならない」
「なぜ? 何も悪いことはしてない」
「何も悪いことはしていないだと?」
志伯の声が低くなった。カラクはそれでも譲れずに、きっと睨みつける。
「魔族はいるだけで悪だ。砂礫国ではそのように教わった」
「誰も何も酷いことはしていないよ。生まれ変わる前の全部を覚えていないけれど、最近は良いことをしているの」
「良いこととは何だ? 誰にとって良いことだ? 砂礫国は魔族を敵とし、強国となって栄えてきた。その場合、魔族が悪だということは砂礫国にとって、もはや変えられない良いことだ」
カラクは驚いて、志伯をじっと見つめた。
「それじゃあ、あなたは魔族が悪いことをしてないって知っているの?」
「ああ。かつて、あらゆる歴史を調べた。楽太が死んでしまってから」




