19 暁の願い
「アシュラはとても変わった魔族ですが、それでもあんな反応を普段は取りません。貴方はとても気に入られている。あんなに好意を示すところは見たことがない。アシュラは強い者か強くなりそうな者にしか関心がなく、そしてそれは純粋な興味で好意を持つことではないのです」
そう言って、暁はカラクの手を引いて歩き出す。
「気に入られているっていっても、なんだか恐い感じだよ。暁はアシュラの傍に長いこといるの?」
「はい。わたしは小さい時に、強くなりそうだと拾われて育てられました。とても、感謝しています。アシュラはわたしにとっては親であり、師匠であり、兄のような存在なのです」
暁は真っ直ぐに前を向いて、晴れやかに言葉を紡いだ。カラクは、恐い魔族であるアシュラに、少女が懐いていることが不思議だった。
「恐くはない?」
「はい。むしろ、何の興味も持たれなくなることが恐い。アシュラは、武闘大会で対戦相手を多く殺します。けれど、殺さないこともある」
「どうして?」
暁は、遠くを眺めながら微かに笑った。
「まだ強くなるかもしれないと思えば殺さない。わたしを拾ってくれたのも、とても強くなると思ったから。そして、強い者とは、アシュラは戦わずにはいられない。今回、わたしの武闘大会への出場を認めてくれたのは、わたしが強くなったと認めてくれたからなのでしょう。そして、これ以上、強くならないと思えば、わたしも殺される」
「ふぇっ!?」
「それでも、とても楽しみなのです。ずっと、アシュラが待ち望んできたほどに強くなって、彼を愉しませたいと思っていた」
「殺されても良いの?」
暁はカラクを見下ろすと、柔らかに優しく笑う。
「いえ、殺されるということは、アシュラに関心を持たれなくなるということ。それは、とても辛い。けれど、どうでもいい存在になるくらいなら殺された方が良い」
「それは、暁はアシュラを好きなんじゃ?」
パチパチと瞬きして、きょとんとカラクを眺めた暁の表情は、皮肉なことに、アシュラのそれとよく似ていた。
「わたしの気持ちがアシュラに関係がありますか? カラクは蟻を愛せますか? 蟻と子づくりができますか?」
「暁は蟻じゃないよ」
「ええ。でも、それほどにアシュラとわたしの存在には隔たりがある。唯一、強さだけが、人間でもアシュラに届きうる奇跡なのです」
「俺は、暁を蟻とは、人間を蟻とは思わない」
足を止めた暁は、膝をついて、まじまじとカラクを見つめた。
「貴方は魔王なのでは? 魔王とは人間を惨殺する存在なのではないのですか? 不思議ですね。わたしが殺した野盗たちの方がまだ残酷で非道な生き物のように見えます。同じ人間だったのに……」
「俺は何かを殺したいとは思わないよ。痛いのは誰でも嫌でしょ?」
「けれど、貴方には力がある。そして魔王とは人間とは違う種族で、人を殺し尽くしたいと思っているものではないのですか?」
「思わないよ。……思わない」
そう言ってカラクは暁の手のひらをぎゅっと強く握った。暁はまたカラクの手を引いて歩き出す。やがて、南凱の都市へと戻ってきたカラクと暁は、城へと続く大通りを進む。
「武闘大会は、あの闘技広場のそれぞれの白い闘技台で行われます」
暁が指し示す城の前の広場には、真っ白な石が敷かれて一段高くなった場所が幾つもあった。周囲には、出店が並び、果物や菓子、肉などが並んでいた。また、骨董品や、刀などの武器が並べられている店もある。
「お祭りみたい? 皆、楽しみにしているの?」
「はい。武闘大会の当日はまさに祭りのような騒ぎになります。アシュラは戦うのも、騒ぐのも好きなので」
子供たちが、棒を振り回して決闘の真似事をしている。人々は笑いに溢れ、祭り前独特の高揚感に満ちた雰囲気であった。
「魔族が統治しているのに、人間の皆はとても楽しそう……。怖くないのかなぁ」
「アシュラは強くない生き物に興味がないのです。わざわざ蟻を踏み潰しにいくような子供でもありません」
「暁は強くなってどうするの?」
「……どうとは?」
「なにか、目的があるのかなぁって?」
「わたしは、アシュラに求められ続けるために……」
「たとえ、暁が戦えなくなっても、暁は大切だよ」
「大切?」
「うん」
カラクはたたたっと駆け出して、真ん中にある白い闘技台の上へとあがる。
「みんな、生きているだけで大切。俺はそう思っているんだ」
「わたしの両親は虫けらのように殺された。それは、両親もわたしも弱かったからだ。わたしが弱ければ、今、こうして生きてこの場にはいないだろう……」
暁の光の加減で濃紺にも見える瞳が、カラクを射抜くように見つめた。
「うん。けれど、暁は暁であるというだけで大切だ。もし、強さだけでないものを探したければ、俺と一緒に行こうよ」
そう言って小さな手を差し出したカラクを見て、暁は眩しげに目を細めた。
「貴方はとても優しい。ありがとう。けれど、アシュラだけではないのです。わたしも、今のわたしであることに価値を置いている。誰よりも強くあることに」
暁は首を横に振り、それでもカラクの差し出した手を握った。そして、連れていきたい所があると手を引いて歩き出した。
城壁へと上がる階段を登り、壁の向こう側が見えるように、暁に抱き上げてもらうと、カラクは息を呑んだ。
「ふぁっ!! すごく綺麗」
平原は地平線まで続き、夕日は茜色に大地を染めている。大きな太陽がゆっくりと溶け落ちるように地平線へと消えていく。
「明日、武闘大会でわたしが死んでも、変わらず太陽は沈み、そしてまた昇ります。わたしは、大切でなくていい。大切なものなんて、大きな意味では何もないと思っているから。ただ、アシュラの中に何か残ればそれでいいと思っているのです」
「暁。それでも、俺は、君は君のほんとうの望みを考えてみるべきだと思う」
「……ほんとうの望み?」
カラクはもう何も言わず、落ちていく太陽を手のひらで掬い取るように指を伸ばしたのだった。




