17 南平原の都市
どこまでも続く緑の平原が見え始めた頃、イトラは徐々に高度を下げ始めた。やがて平原に城壁に囲まれた大きな都市が現れ、その中央に白亜の城があった。
「ここは?」
「ここが、アシュラの支配する南平原の唯一の都市。南凱です」
「ふぁー、大きいね」
「ええ、昔から栄えており、人も、集まってくる物も多いと聞きます。アシュラは強さしか関心がないため、商人への税がほとんどないと。そのため、交易が昔から盛んなのです」
イトラは都市の城壁から少し離れた場所に着地した。レフがカラクを抱き上げて、地面へと下ろしてくれる。
「!? 何かがくる!?」
レフが声を上げ、一陣の風が吹いたかと思うと、そこには黒ずくめの少女が立っていた。まだ龍姿のイトラと、身構えたレフが、カラクを庇うように前へ進み出る。
「ようこそいらっしゃいました。魔王様ご一同。師匠のアシュラの使いで皆さまをお迎えに来ました」
とても綺麗な顔をした黒髪黒目の少女であった。たが、能面を顔に貼り付けたように、にこりともせず、彼女は淡々と言う。
「なんだ……お前は? この魔力……」
「わたしは暁と申します。アシュラの弟子です」
「弟子だって!? あの戦闘狂が!?」
レフが驚いたように声を上げる。カラクはイトラとレフの間からにゅっと顔を出す。
「俺はカラク。迎えに来てくれてありがとう」
「いえ……どうぞ、こちらへ」
暁に案内されたことにより、城壁の門では、門番が敬礼し何の問題もなく中に入れた。門の前では、多くの冒険者の者たちや、魔術師の者たちが並んでいた。
「これは、武闘大会に参加する人々なんか?」
山王の問い掛けに、暁はこくりとうなずく。
「武闘大会の賞金は多額で遠方からも多くの武闘家たちが集まってきます。今年はわたしも参加する予定です」
「ええ! 君も?」
カラクは驚いて、暁を見つめて問い掛ける。
「はい。アシュラに勝ち、優勝することを目指しています。はじめて、アシュラからも出場することの許可をいただきました」
「すごいねー」
カラクの純粋な心からの賞賛とキラキラした眼差しに、戸惑ったように暁は見つめ返す。
「あなたが、魔王カラなのですか?」
「うん? 俺はカラクなの」
「アシュラが魔王カラは最強の存在だと常々口にしており、勇者に倒されたというのもくだらない冗談だと言っていました。先ほども、魔王カラの魔力を感じて、『ほら、やっぱりね〜』と話していました」
「うーん、俺は最強?」
「はい!」
「ああ!」
「可愛いぞ!」
イトラ、レフ、饕餮がこくこくとうなずいて答えてくれる。
「じゃあ、俺も武闘大会に出場しようかな?」
「主の手を煩わすほどでは! このイトラに代わりをお言い付けください!」
「ああ! あのバカとは七日七晩決着がつかず戦ったことがある。カラクが出るまでもねぇ! 俺があいつとの決着をつけてやる!」
「カラク。その小さな身体ではまだ無理だろう? それとも大きくなって出る気か?」
イトラが人型にシュパッと戻ると慌てて言い、レフも続けて同様のことを言う。一方で、饕餮は淡々とカラクを見つめて問うた。
「俺のままじゃ弱い?」
「うむ。魔力が少なく、手足も小さい。あれから少し成長している気はするが」
暁は戸惑ったように、カラクたちの掛け合いを眺めている。
「あなたは、魔王カラではないのですか?」
「俺は、俺なの。カラクだよ。カラの記憶も少しは残っているけれど、俺はカラクだ」
「どういうことなのかな〜?」
柔らかな何かがふわりとカラクの髪に触れたかと思うと、身体が浮き上がった。カラクは誰かに後ろから抱き上げられ、頭の上に顎を乗せられている。
「ふぁっ!?」
「なかなか来ないから、こっちから来ちゃった。皆、久しぶりだね〜。はじめましての人もいるね。君はどっちかな? 魔王カラとは、大分、大きさも色も違うみたいだけど、魔力と匂いは似ているね。それから、とても魅力的で可愛らしいね。これは、魔族に効く魅了の力かな?」
カラクが身をよじって振り返ると、銀糸のような髪に、紅玉のような瞳をもった男が、にこにこと笑ってカラクを抱き上げている。ぞっとするほどの人間離れした端正な容貌だが、浮かべている表情は人懐っこく、それが余計に居心地の悪さを与える。
「アシュラ!」
「やー、レフ。以前のケンカの決着をつけに来たのかい? 前はカラに止められて、中途半端になってしまっていたからね」
「カラクを下ろせ!!」
レフが飛びかかろうとした時に、カラクはポンっと小さな黒猫に変身し、アシュラの腕から抜け出すと、また、ポンっと元の姿に戻った。すぐさま駆け寄ってきたイトラに抱き上げられる。
「ダメだよ。ケンカしないで。あのね。黒魔石に魔力を込めて欲しいの」
うるうるした上目遣いの瞳で、お願いをするカラクにアシュラはぱちぱちと瞬きをする。
「これは凄いなぁ。ボクが今まで感じたことのない気持ちを抱いたよぉ。君に何でもしてあげたくなる。……でも、ボクは意地悪だから、一方で、君をとてもいじめてみたくもなるなぁ」
「アシュラ!!」
「ふふふ……、黒魔石に魔力を込めるのはいいよー、けど、条件がある。カラク、君も武闘大会に出場してよ。一勝するごとに一つ、黒魔石に魔力をたっぷりと込めてあげるよぉ」
そう言って、アシュラはにっこりと愉しそうに笑ったのだった。




