16 とても恐い魔族
アシュラという魔族はとても恐い魔族だと、暁は村の大人たちから聞いていた。ある時、村が盗賊に襲われ、両親が殺された。暁は、無我夢中に振るった斧で野盗を壊滅させた。彼女は10に満たないまだ子どもと言える年齢だったが、魔力に目覚めたことで強大な力を手に入れたのだった。
全てを失って呆然としていた暁の目の前にアシュラが立った時、自分はこの魔族には絶対に敵わないとわかった。それほどまでに、尋常ではない覇気を感じたのだった。
銀色のさらりとした短髪に、深紅の紅い瞳。人にはないその色彩に男性ながらも目を見張るほどの美しさ。その特徴で、はるか昔から南平原を支配するアシュラという魔族だとわかった。
アシュラに怯えて、野盗の血に塗れカタカタと震える暁を、彼は無造作に荷物のように拾い上げた。そしてそのまま南平原にあるアシュラの白亜の城へと連れ帰ったのだった。
「なんだ、君は雌……人間の女なんだね」
野盗の血を洗い流すために、犬猫のように風呂場でわしゃわしゃと洗われた時に、アシュラはそう言葉をこぼした。
「けれど、とても強くなりそうだから育ててあげるよ。いつかボクと楽しく戦えるほどに強くなるんだよ」
「強く?」
「うん。君は強くなれるよ。子どもにしては驚くほどの魔力だ。爆発的に生じた魔力に喜んで近寄ったら、君がいたんだ」
「あいつらに、お母さんとお父さんが殺されたの。その時、目の前が真っ暗になって、それから真っ赤になった」
暁は、風呂から上がり、髪を乾かされ清潔な衣服を着せられた。血や泥を落とすと黒髪黒目のはっきりした顔立ちが現れた。暁は与えられた温かなスープを啜りながら、途切れ途切れにゆっくりと話した。
「わたし、いっぱい人を殺しちゃった」
「ふーん……悲しいの? 強いということは良いことだ。君はすぐに復讐ができた。もっと、早くに強くなっていれば、親も生きていたかもしれない」
「強いのは良いこと?」
「ああ。ボクはずっと強くなるために、強い者たちと戦い続けているんだよぉ。強いのはとても良いことだ。ほとんどのことは力で解決できる。それに強いということはかっこいいしね!」
「わたしはかっこいい?」
アシュラはふふっと笑うと、頬杖をついて観察するように暁を眺め、勿体つけて言った。
「かっこいいよぉ。ボクの方が強くてかっこいいけどね。だけど、君は子どもだ。まだまだこれから成長するだろ? 愉しみだなぁ。どれだけ、強くなるのかなぁ。早く大きくおなり」
暁は、この出会いで、突然に落ちた地獄の穴から抜け出したような気がしたのだった。他の人間は、冷酷な魔族に育てられた暁を地獄にいるようなものだと言うだろう。だが、暁は、この魔族のおかげで、大きすぎる喪失に苦しむことも、奪った数多の命に押しつぶされることもなかったのだ。
「かかっておいで」
アシュラは、暁に戦闘に関することは何でも教えた。一方で、日常に関することは、求めれば何でも与えるが、全く無関心だった。
時折、アシュラは実地で稽古をつける。彼は手をぶらぶらさせながらの空手に対して、暁は剣や魔法や何でもありだが、指一本触れられず、ボコボコにされる。
「うーん、思ったより早く強くならないなぁ。そうだ。実戦をしておいで」
アシュラそう言って、魔物のいる北の大森林に暁を放り込んだ。ちょうど、アグレイルという凶暴な魔物の巣のど真ん中に落とされた。アグレイルは小型の竜のような姿をしており、とても敏捷で何でも食べる獰猛な魔物だ。何よりも群れでの狩りを得意としており、圧倒的な数の有利で獲物を捕らえる。
暁は、魔法を駆使して、半死半生になりながらもほとんどのアグレイルを倒した。全て倒し終えたと思った時、かさっと音がして振り返ると、真っ白な小さなアグレイルがいた。大きさから子どもだろうか。
だが、暁は一目見て総毛立った。驚くほどの魔力を持っている。この見かけは弱々しい魔物はおそらく辺り一帯の主となる実力がある。
「……あなたはわたしと一緒」
そう呟いて暁はその魔物をじっと見つめた。瞬きする間に、白いアグレイルは眼前に迫り、そのぎざぎざ尖った爪を、暁の腹に突き刺した。腹の皮一枚を破られたところで、ぎりぎり後方へと飛び回避する。
白いアグレイルは口を開けて、魔力を溜めると、閃光を飛ばす。暁は辺りを駆け回りながら、何とか閃光を躱す。光が通った後は、灼き尽くされて塵一つ残っていなかった。
「光に触れると死ぬ」
また、次の瞬間には目の前に白い魔物が現れて、躱す隙もなく肩に噛みつかれた。激痛が走り、悲鳴が迸る。横目で見ると、魔物は噛みつきながら、魔力を放出しようと光を溜め始めていた。
暁は目の前が暗くなり、──そして赤くなった。
誰かの哄笑が聞こえる。
ぐしゃっ、ぐしゃっ、と粘ついた何かを壊す音も。暁はとても愉しい気持ちになりながらも、気持ちが悪くもなる。
「やあやあやあ、とても良いね! また、一段階、限界が上がったようだ」
とても、機嫌の良い嬉しそうな声の方に、暁は顔を向けると、そこには強い魔族がいた。暁は嗤い声を上げながら、飛び掛っていく。──壊すために。
「うん。ボクに怯えずに、向かって来られるなんて、とっても強くなっているよ。けれど、ボクと戦うには、まだまだだよ」
一瞬で目の前が暗転し、暁はアシュラの腕の中に倒れ込んだ。
「よく頑張ったね。これからも、とてもとても愉しみだなぁ」
優しく頭を撫でられるような感触を感じながら、暁は意識を手放した。




