第二十二話 ナナシ
鼻からパスタを食べようとする冒険者達を止めるのはかなりの労力をそうした。一人一人が屈強な筋肉を持っているため、力がとにかく強い。鍛えていない賢也では、片手で吹き飛ばされそうになるぐらいである。ニコラスやアリスでさえも大量の冒険者達を止めるのは一筋縄ではいかないのだ。それぐらい大変な作業であった。それなのに、ことの原因のレイチェルは、それを見て大笑いであった。勿論、止めるのを一切手伝う様子は無い。
そんな屑がいる中、数十分して賢也達はようやく冒険者達を落ち着かせることができた。賢也は物凄く息があがっていた。それはまるで持久走を終えた後のようである。それとは対照的にアリスは息が上がっている様子は無い。そんなアリスに賢也は脱帽していた。
すると、アリスが
「そう言えばケンヤの魔法ってあのホログラムのような物を見せるやつなの? 」
と少し興味がある様子で聞いてきた。無表情だが目は輝いている。彼女もまた魔法に興味ある人種なのだろうと賢也は考えた。そして、賢也は乱れた息を整え、大きく息を吸い、そして言う。
「あぁ、多分そんな感じの魔法だと思う。俺は幻影魔法って呼んでる」
賢也は幻影魔法を初めて使った時から、なぜだか分からないが、自分の魔法の名が幻影魔法と確信していた。自分が使うのは幻影魔法だし、そうでなきゃおかしいとさえ思っていた。そして、そこをなにか疑問に思うことは一度も無かったのだ。
「幻影魔法…… 」
アリスは何か気になることでもあるように呟く。純粋に何かを思い出しているようだった。そんなアリスの横からレイチェルが目を輝かせて
「今、幻影魔法って言った? 」
と言った。その目はまるで輝く星のようである。そんなレイチェルに少し圧倒されながらも、賢也はそれを肯定する。
「うん、そうだけど」
それを聞いたレイチェルは食いつくように
「幻影魔法って言ったら、ナナシの上位互換の魔法じゃない!? 」
と大声で叫んだ。
「ナナシ? 」
賢也が首を傾げながら言う。賢也はナナシと言う全く分からない単語が出てきて、若干戸惑っていた。
そんな戸惑っている賢也に関係なく、レイチェルは早口で何かを言っている。賢也にはレイチェルが何を言っているのかさっぱりであった。
そうすると、冒険者達がぞろぞろと賢也の方に近付いてきた。どうやら、レイチェルがまた大声で訳の分からないことを言っていたため、また頭がイカれたと思い、野次馬精神でレイチェルのことを見に来たようである。
そんな冒険者達でも伝わるようにレイチェルは叫んだ。
「賢也くんの魔法は幻影魔法だったの!! 」
その声は興奮と表すのが正しいものであった。そのレイチェルの反応に賢也は少し引いていたが、冒険者達は賢也と違い全く引いていなかった。寧ろ、
「幻影魔法って錯覚魔法の上位互換だよね!? 」
「王国史上最も優れた剣士ナナシですら錯覚魔法しか使えなかったのに… 」
「やっぱり凄いやつじゃないか。俺は最初から分かってたけどな」
とレイチェルと同じかそれ以上に興奮をしていた。その興奮度合いは賢也の水晶玉が美しく輝いた時は比べ物にはならない程だ。
賢也はナナシと言う言葉はイマイチ分からないが、この人々が賢也に向ける目線に既視感を覚える。この目線は日本で沢山味わった感覚に近かった。そう、それはまさに賞賛、羨望である。
賢也は思わぬ所で自分の望んでいた異世界転移が始まったのであった。
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王国の歴史の中で最も強い剣士は誰か?
現王国騎士団長アルトリウス? 、盗賊騎士鉄腕のゲッツ? 東の国の侍古今亭 菊千代?
恐らく多くの冒険者達によって答えが別れるだろう。
しかし、最も人類に貢献した剣士は誰か? と聞かれた場合、その答えに悩む者はいないだろう。恐らく全ての者が口を揃えて、ナナシと言う。そのぐらいナナシは有名であり、人々の英雄であるのだ。
ナナシと言う名前が有名になったのは五十年ほど前である。その年は魔王軍の侵攻が活発な年であった。その活発さと言うのは、今では考えられないほどであり、五十年前と同じ頻度で現在の王国が攻められたら、今の王国は崩壊していたと言われるぐらいの頻度だ。その上、大飢饉と重なり、国は崩壊寸前と表すのが生易しい程荒んでいた。食べ物が無いのが当たり前なため、街には餓死者の死体が転がっていることも珍しくない上に、人々は常にイライラしていて治安も最悪、そして、未知の疫病も流行る始末であった。こんな世の中では国を守る兵士の士気など無いに等しかったのだ。
では、なぜそんな高頻度且つ、国が弱っている状態で魔王軍に攻められても五十年前の王国は滅ぼされなかったのか?
それはナナシのおかげであった。ナナシは王国が負けかけている戦争に毎回颯爽と現れる。そして、襲ってくる魔王軍を手こずることなく次々と倒すのだ。その姿はまるで戦場の炎のようであった。その上、ただ強いだけでなく、ナナシの姿は死んでいた兵士の士気を再び燃え上がらせる物だった。そのため、ナナシが現れると兵士達のやる気は最高潮になり、負けていた戦況が簡単にひっくり返るのだ。
流石の魔王軍もその戦況の変化に驚き、すぐさま撤退を余儀なくしていた。その奇跡の勝利に兵士達が喜んでいると、そこにいたのが嘘だったかのように、いつの間にかナナシの姿はその場から消えていた。それが五十年前の王国では何度も何度も起き、人々に希望を与えていたのだ。ナナシは暗い王国に希望という炎を灯した人物であった。
そんな彼、いや彼女と言うべきなのかは分からないが、ナナシは家柄、出身、名前、年齢、性別すらも一切不明の剣士であった。その情報の不明さに、現在の歴史研究家は英雄を欲した兵士達の集団幻覚と結論づける者もいる。
ただ、そんなナナシのことで唯一分かっていることがあった。それは、錯覚魔法という相手にほんの一瞬、幻覚を見せる魔法を使うということだけだった。
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「これがナナシの全てだね」
とレイチェルがポムを口に入れながら語っている。賢也と冒険者達はレイチェルの話を円になって聞いていた。レイチェルは賢也がナナシについて全く知らないそうな顔をしていると、目の色を変えたようにナナシについて語り始めた。
冒険者達はその姿を面白がり、レイチェルがナナシのことで間違ったことを言ったら、馬鹿にしようと思い聞いていた。しかし、間違う所かナナシについて、まるでその場にでも居たかのように、詳しく、そして正確に語っていたのだ。その姿はまるでオタクが自分の趣味を早口で語るような感じである。
賢也はその説明に息を飲んだ。自分と似たような魔法でこの国の英雄… 。聞くだけでも胸がワクワクしてくる。
「その国の英雄が使っていた魔法が錯覚魔法なのか? 」
賢也は恐る恐る聞いてみた。この異世界に来てからというもの期待するとすぐ裏切られていた。そのため、彼はいつの間にか疑心暗鬼になっていたのだ。ただ、今回ばかりは賢也の期待を裏切っていなかったようであった。
「そうだよ。そうなんだよ!!それで、もっと凄いのがね。その錯覚魔法の上位互換が賢也くんが使う幻影魔法なの!!! 」
とレイチェルは少し自信満々に言う。なぜレイチェルが自信を持つのか賢也には理解できなかったが、それでも嬉しかったのだ。異世界に来てようやく認められた気がする。すると、レイチェルは急に大きな声で叫んだ。地面が揺れたかと思うほど大きな声であった。
「おい!! ジジイ。あんた、賢也がナナシ様の上位互換の魔法を使えるってことは分かってるわよね??? 」
そう言いながらどこから持ってきたか分からない蕎麦を持ちながらガンテツの方に近づく。レイチェルは自分がパスタを鼻から食べることは冒険者達のいざこざで有耶無耶にした癖に、賢也の魔法が強いとわかった瞬間、ガンテツに蕎麦を鼻から食べさせようとしていたのだ。その行動にその場にいた全員は面の皮の厚さに驚いた。
「それと、アリスちゃんのことを傷つけた謝罪もしてないの知ってるから」
と怒りを顕にしながら蕎麦をガンテツの鼻の方に近づかせる。ここまでされると、先程まで黙り込んでいたガンテツも流石に口を開く。
「ふん、幻影魔法がなんだ。そんな魔法が強いなんてワシは認めない」
ガンテツは賢也が強いということは何がなんでも全く認める様子は無かった。少し大人気ないようにも思える姿に賢也は若干驚く。
「はぁ? あんた何言ってるの? 国一番の英雄の上位互換の魔法なのよ? あんた本当に馬鹿ね」
とレイチェルも呆れながら言っていた。その場にいた冒険者達もガンテツのその言葉に驚いていた。そんな彼らを気にすることなく、ガンテツは更に驚くことを口に出した。
「そもそも、その国の英雄と言われてるナナシが強いとは思えん」
そう言うと、ガンテツはのそのそと部屋の出口へと足を進めていた。どうやら帰るようである。しかし、その部屋に居た人はガンテツの思わぬ言葉に唖然とし、ガンテツが部屋から出るのを止める者は誰も居なかった。レイチェルさえもだ。
ただ、出ていく際に、
「ゴブリン退治には参加してやる。だから、もうワシに構うな」
とぶっきらぼうに言った。その言葉を聞いたニコラスは
「よろしくお願いします」
とだけ言っていた。こんな状況でもニコラスはしっかりと挨拶を返していたことに賢也は驚く。ただ、その言葉を聞いたレイチェルはハッと我に返ったように
「くそジジイ、あんた逃げたわねッ!! 」
と言いながらジジイの後を追って出て行った。勿論、蕎麦を持ちながら素早くだ。
一連の出来事に部屋は沈黙の空間になっていた。それは当たり前である。レイチェルの奇行を抜きにしても、この数時間だけで羨望や憎しみ、後悔、怒りなどたくさんの感情が爆発し変化したのだ。普通なら経験できないぐらいの感情の変化の連続を味わったことで、彼らは流石に疲れたようである。賢也もその事を認識すると、どっと疲れが襲う。
ただ、そんな疲れがないのかわからないがアリスが口を開いた。
「ケンヤの魔法が強いってことはゴブリン討伐にも参加してもいいってこと? 」
それは少し喜びが入っているような言い方であった。その質問にその場にいた全員はハッとする。一気に疲れが吹っ飛んだように全員が面食らっていた。賢也も例外なく驚いていた。確かに賢也の魔力、マナ量はとんでもなく低いようだが、彼の持っている魔法はその能力の低さが気にならないほど、珍しい物であったのだ。
ただ、この決定を下すのはニコラスであった。そのため、他の冒険者達はニコラスの方をチラチラと見るだけで、アリスの質問には答えない。
そんな視線が向けられるニコラスは腕を組みながら何かを考えている様子である。リーダーとして連れて行くか本当に悩んでいる様子であった。
数分間ぐらい考えた頃だろうか、ニコラスは遂に重い口を開いた。
「本当だったらケンヤくんの魔力では絶対に討伐には連れていかない。ただ、賢也くんの魔法にはかなり光る物がある」
ニコラスは少し言葉を貯める。
「だから……」
賢也は唾を飲み込みながら聞いていた。かなり緊張している様子である。その緊張は他の冒険者たちにも通じるほどであった。
「討伐に行くことを許可しよう!! 」
とニコラスは拍手をしながら言った。それを聞いた瞬間、冒険者達は賢也の周りに来て、胴上げをし始める。そして、おめでとう、おめでとうと心から言っていた。それはまるでゴブリンを全て退治し終えたと錯覚するほど喜んでいた。賢也もその胴上げに素直に喜んだ。これで強化種にリベンジできることにガッツポーズをする。
ただ、ニコラスは少し大きめの声で付け加えるように言う。
「ただし、賢也はあくまでも後方支援だ。前線に行くのは禁止だよ」
流石にニコラスはいくら魔法が強くても、魔力が弱い賢也が前線に行くのは認めなかった。これはこの討伐隊のリーダーでもあるニコラスの最大限の譲歩であるようだった。
確かに前線に行けないのは残念だが、賢也はそれでも嬉しかった。なぜなら、それが皆に認められたように感じたからだ。
そんな賢也にアリスは
「一緒に頑張ろうね!! 」
と言った。皆は気づいていなかったが、その言葉が嬉しくてたまらなかった賢也の顔は少し赤くなっていた。
こうして、賢也はゴブリン討伐に参加出来るようになったのであった。
第一章幕間ある後輩の恋の大幅推敲をしました。




