第二十一話 変わりよう
その部屋は先程とは打って変わって氷のように冷たい空気感が充満していた。その空気には悲しみや殺意や憎しみなど負の感情だけを感じられる。冒険者達にとって魔王とはそれほどまで、忌むべき相手なのはその空気感から理解出来た。 この世界の魔王がとてもラノベでよく読む、なんちゃって魔王とは違うものであるのが、その部屋の雰囲気から理解出来た。そして、許せないのがそんな冷たい感情が全てアリスに向かっていることだ。だが、その部屋に蔓延する空気感は賢也の怒りを冷やすのに十分すぎる物であった。それほどまでに彼らの負の感情は強く、激しかったのだ。
そんな空気感の中、賢也はどうしても気になったことがある。どうしてここまで魔王軍を恨んでいるのか? それが気になったのであった。何が冒険者達の態度がここまで変化させたのか、これがアリスへの負の感情を解く鍵になると考える。そのため、賢也は被害者がもしこの場に居た場合、悪いことしてしまうなぁと思いながらも聞いてみた。
「魔王軍って、どんなことをしたんですか?」
その質問により一層冷たい空気が流れる。誰も答えようとしなかった。ただ、何も言わなくとも、その沈黙が魔王がしてきた極悪非道の数々を物語っていた。その後も重い沈黙が続く。賢也は聞いた事を少し後悔していた。そのぐらい、その部屋の負の感情は度をこえていたのだ。このまま沈黙が続くのかと賢也が思っていると、その沈黙は突如として打ち破られた。
その沈黙を打ち破ったのは意外にもガンテツであった。彼自身も語ることがはばかれる様子であったが、重い口を開いて説明する。
「魔王は数千年前、今よりもずっと栄えていたワシ達の国を破壊しつくした。元々は争いなんてなかった世界だったが、魔王の到来により、人々の自由を奪われ、資源は無くなり、豊かだったこの星を荒廃へ近づけた。そのせいで、今の人口は最盛期の半分になった。王国も何度も何度も戦いを挑んだが、その度に人は死に、木々は破壊され、国はボロボロになった。そして、あろうことか魔王は今も尚健在で国という国で破壊の限りを尽くしている」
その声には憎しみが込められており、その声がより一層皆の負の感情を強める。魔王軍の直接の被害を受けていない賢也ですら、その憎しみは何より強いことが分かった。皆の悲しみが賢也を襲い、彼は何も喋ることが出来なかった。そして、ガンテツは呪いをかけるように口を開く。
「そんな魔王の手下と契約なんて、魔王軍のようなものだろ」
その口ぶりには怒りが混じっていた。何か過去にあったと思わせる口ぶりである。そんな口ぶりを聞き、冒険者達の怒りは一気に爆発した。今まで溜め込んでいた怒りが溢れたようである。
「そうだ。そうだ。魔王軍は俺の父さんを殺したんだッ」
と涙を噛み締めながら怒っている者、
「この前魔女と契約した奴が一国を滅ぼしたんだぞ」
と恐怖を隠すためなのか、攻撃的になる者、
「こんな奴とパーティを組めるか」
と拒絶をする者がいた。
各々言っている言葉は違ったが、全員が魔王を恨んでいるのが分かる。そして、そのやるせない気持ちを全てアリスにぶつけていたのだ。先程まで一緒にゴブリンを倒そうとしていた人に向ける目や言葉では無い。ニコラスはそんな怒りに呑まれている彼らを止めようと必死に説得していたが、全くニコラスの言葉は届いていなかった。
「アリスはそんな人では無い」
ニコラスが声を大にして言った所で、そんな言葉はアリスへの暴言でかき消されていた。誰もニコラスの言葉など聞いていない。いつもの冒険者達ではありえない状況である。
そんなアリスへの暴言が飛び交う状況ににレイチェルが
「アリスちゃんの事情も知らないで…… 」
と拳を強く握りしめながら呟いた。今にも殴りかかりそうな様子である。ただ、当の本人アリスは、そのレイチェルの怒りを抑えて、ただ黙って耐えている。しかし、そんなアリスも一瞬だけ悲しい顔をしていた。
そんなアリスに構うことなく、遂には武器を取り出す者も現れてきた。それほどまでに、魔王を憎んでいるようである。そんな武器を取り出す輩をニコラスは必死に抑える。彼らが一線を越えるのを必死に抑えている。しかし、ニコラスが必死に抑えても、全くその殺意を抑える気はないようであった。その部屋はもうアリスへの憎しみで溢れていた。
賢也はこの状況に言葉を失っていた。この皆の変わりように言葉を失っていたのだ。ただ、賢也はアリスが皆の言うような魔王軍とは思えなかった。なぜなら、差別されると分かっていても、賢也の為に自分を犠牲にするし、初めて会った時も見ず知らずの賢也を助けてくれた。そんな彼女が悪人には全く見えなかったのだ。その考えが浮かんだ瞬間、賢也は無意識に部屋中に響き渡る声で叫んでいた。
「ちょっと待てよ!! 確かにアリスは魔女と契約したかもしれない。それがまずいことなのはこの空気感から何となくわかる。でも、アリスは一生懸命人を助けてただろう。ゴブリンから傷を負った人を助けてただろ!! アリスが居なきゃ、今怪我人はどうなってたと思うんだ!! そんな人が魔王軍の一員な訳ないだろ!!」
賢也の怒りの籠った声が響き渡る。その言葉を聞き、アリスは驚いた顔をしていた。賢也がこんなにも自分の事のために声を震わせ、自分を助けようとしてくれるとは思ってなかったのだ。ただ、賢也の思いとは裏腹にその言葉はあまり冒険者には届いていないようである。
だが、それを打破する不思議なことが起こった。その冷たい空気が蔓延する部屋に、突然ベッドに横たわる怪我人を治療するアリスの姿が現れたのである。そのアリスは丁寧に怪我人の包帯を巻き、怪我人を励ましていた。
冒険者達は余りに突然のことに何が起きているのか全く理解できなかった。なぜなら、目の前には憎悪を向けているアリスが居るのに、その隣には怪我人の治療をしているアリスが居たからである。声も見た目も完全にアリスであった。
アリスやレイチェルもこれを見て驚いていた。なぜ、アリスが二人もいるのか理解できなかったのだ。
ただ、勘のいい冒険者が何かに気が付き、その治療しているアリスに近づき触れてみた。そうすると、治療しているアリスはホログラムのように触れた場所にノイズが発生しているだけで、治療を行っているアリス本体には触れることが出来なかったのだ。怪我人達やベットにも同じように触れることが出来なかった。それはどう見ても幻影魔法が使われていた。その魔法の使い手は勿論、賢也であった。
「これを見て分かったか!! アリスは人助けをしてたんだ。 アリスはいつだってそうだ。見捨てることが出来るのにアリスは絶対見捨てないんだ!! 人を助ける優しさがある子なんだよ!! そんな子が魔王軍? 笑わせるなッ!! アリスは俺たちの味方だあぁぁぁぁ!! 」
賢也は少し鼻血を出しながらも、そのホログラムを指さしながら叫んだ。必死な様子で冒険者達に訴えかけていた。その必死さが届いたのか分からないが、冒険者達は暴言を辞め、次々にホログラムの方を見る。
そのホログラムには何人もの怪我人の包帯を取り替えている姿やレイチェルに魔力を分けている姿など、様々なアリスが映し出されている。ただ、全てに共通して、人を助けていたのだ。どんなに捻くれ者だろうと、アリスが人を助けていることは否定できなかった。
その姿を見て、冒険者達は心が打たれた。嫌な顔一つせず、人を助けるその姿に感動していたのだ。その部屋の空気はもう憎しみとは違うものであった。そして、ある冒険者が
「ごめん!! アリスが沢山の人を助けてたのは分かっていたよ! 分かってたのに私、魔女と契約してると聞いた瞬間、魔王軍のことが頭によぎって…… 憎くなっちゃって。本当にごめん!! 」
と泣きながら謝っていた。涙と鼻水でぐしょぐしょであった。それに続くように他の冒険者達も謝っている。
「ごめん」
「本当にごめん」
「俺は最初から分かっていたが、すまなかった」
などなど、各々謝り方は違うが、その部屋中に謝罪の声が響き渡る。それまでの憎しみが嘘のように頭を下げていた。ニコラスに抑えられていた者も武器を投げ捨てて、アリスに土下座していた。頭を地面に擦り付けるように土下座している。その場にはもうアリスを差別するような人はいなかった。
それまでとは別人なのでは無いかと疑うぐらい態度が180度違っていた。賢也はその態度の急激な変化に若干の違和感を憶えつつも、みんながアリスへ謝っている所を見て安心する。みんなが分かってくれたことに喜んだ。
そんな心から謝罪する冒険者達を見てアリスは素直にその謝罪を受け取っていた。
「全然、大丈夫。気にしないで」
その言葉には少し喜びが混ざっているようにも感じられた。そして、アリスは賢也の方に近づき
「ありがとう」
と感謝をしていた。アリスにとって魔法で差別されるのは当たり前だった。それは自分が魔女と契約をしたのが100パーセント悪いのであって、仕方ないと思っていた。しかし、賢也はそんなこと関係なく自分を庇ってくれた。それが彼女にとって、本当に嬉しいものであったのだ。だから、彼女は心から感謝したのである。
そんな感謝に賢也の頬は少し赤くなっていた。アリスの嬉しそうな顔が見れて賢也も心から嬉しくなったのだ。
ただ、レイチェルは
「あんた達よくもアリスちゃんを馬鹿にしてくれたわね。どうなるか分かってる? 」
と怒りを露わにして、拳をポキポキと鳴らしていた。誰が見ても怒っている様子である。アリスは何故レイチェルが怒っているのか理解できなかったが、レイチェルはそんなこと関係なく怒っている。そんな姿に冒険者たちは
「ごめんなさい、ごめんなさい」
とアリスに平謝りしていた。そんな謝りをレイチェルが聞くことはなく、どこから用意したかも分からないパスタを持って
「本当に謝る気持ちがあるのなら鼻からパスタ食べなさい」
と笑顔で言っていた。笑顔が逆に怖い。ただ、冒険者たちも本当に自分たちの行いが悪いと思ってるらしく、本気でパスタを鼻から食べようとしていた。その姿をレイチェルは一切止めることなく見ていた。その時の顔は心から楽しそうである。
そんな場面を見たアリス、賢也、ニコラス達は流石に冒険者達を止めようと必死であった。それでも、意地でも食べようとしている冒険者達を止めるのは大変であった。それでも、言うのは少し恥ずかしいが、賢也にとってその時間は楽しいものであった。それは賢也だけでなくアリスも楽しそうであった。賢也はこんな日が続くといいなと心から思った。
しかし、賢也はこのような時間が二度と来ることはないと知らなかった……




