第二十話 アリスの行動
その部屋には絶望的な雰囲気が漂っていた。例えるなら、余命宣告を受けた人が部屋にいるような感じである。冒険者達は一斉に賢也に同情の目を向けていた。そんなに魔力が低いの可哀想、これからの人生大変そうなどなど、とにかく哀れみの目で見ている。先程までの期待とは正反対であった。
その事が賢也にとって腹立たしいことだったが、何よりも自分の能力が低いことが悔しかったのだ。あれほどまでに恋焦がれ、憧れた異世界に遂に来ることができ、心を踊らせていたのに待っていたのは辛い現実である。認めたくないほどに辛い現実に賢也は吐きそうであった。
そんな賢也に対して、憐れむようにお調子者の冒険者が
「まぁ、でも魔力が低くてもあんだけ頭が良いならこの先やっていけるよ。俺なんか頭が悪すぎて、この前、依頼内容を忘れちまったこともあったぜ。わっははは」
と自虐しながら慰める。他の冒険者もそれに合わせて「大丈夫、大丈夫」と賢也を慰めた。これが賢也のプライドを余計ズタズタに破壊したのだ。確かに慰めるという行為は良いことなのだろうが、賢也にとっては慰めるという行為は、慰める奴が上で慰められる奴が下と言う事実を決定づける勝者の行為と考えていた。そのため、賢也はこの瞬間、自分が誰よりも下の人間であることに嫌でも気付かされたのである。
そんな絶望の賢也と同様に、絶望にはまっている女が居た。その女、レイチェルは賢也の魔力が弱いなんて全く予想していなかった様である。低い事は絶対無く、高くて当然とまで思っていた。そのため、彼女は気づけば放心状態であったのだ。勿論、その理由は賢也が可哀想とかではなく、賭けに負けたからである。そんな放心状態の彼女に全く気を使うことなく、ガンテツは
「蕎麦の用意は出来ているか? もちろんパスタでもいいぞ」
と大人気なく煽っている。歳の割に煽ることはするようだった。そんなことを言われたレイチェルはアリスに拒絶された時のように
「こんなプリティな私が鼻からパスタ…… パスタを食べるの…… ホントなの? 現実なの? えっ!? お嫁に行く前の女の子なんだよ… 」
とお経に似た何かをぶつぶつと唱え始めた。
そんな絶望の縁に居る者、それを慰める者、大人気なく煽る者、お経を唱える者がいる中、ニコラスは必死にまとめようとしている。頑張って賢也に声かけをしたり、レイチェルを落ち着かせたり、様々なことをした。しかし、その努力も虚しく、いくらニコラスでも全くまとまる様子は無かった。そんな中、ガンテツは
「だから、言っただろ。こんな小僧がゴブリン討伐に役立つ訳がないだろ。絶対小僧は足でまといになるから置いていけ」
と心無いことを言っている。それに賢也は更にダメージを受けた。重い重い一撃を喰らう。だが、そんな悲しみより何よりも悔しかった。こんなに弱い自分が。
ただ、そんな心無いことを言われた賢也を可哀想と思いつつ、他の冒険者もこればかりは否定は出来ない。口は悪いとは言え、ガンテツの意見は正しかったからである。冒険者として、どうやっても足でまといになるような人物を連れていくことを認める訳にはいかなかった。それは冒険者たちの為でもあり、何より賢也のためであるからだ。冒険者全員は口ではその事を言わないものの、それを理解していた。ニコラスでさえもそれを理解し、どう伝えようか悩んでいた。
賢也もそれは理解していた。合理的判断から言えば、賢也を連れていくなんて馬鹿馬鹿しいとしか言えなかった。弱い者がパーティに居たら、どうなるかなんて目に見えている。それは数多くのラノベが教えていた。その上、賢也だけが死ぬならまだしも、パーティを全滅させてしまう可能性もあることを分かっていたのだ。
それでも、悔しかった。感情的な部分は合理的判断を否定する。賢也はそれほどまでに、憧れていたのだ。魔法を使うあの姿に。自由に過ごす冒険者に。それなのに、賢也は自分の能力のせいで、それが叶うことは無いように感じる。深い深い絶望が彼を襲う。これが才能がない故の絶望なのかと理解する。
ただ、賢也もこれ以上迷惑をかける訳にはいかないと思い、ゴブリン討伐の辞退の旨を伝えようとした。全体の利益を優先したのだ。
その時、思わぬ人物が行動を起こしたのだ。
その人物は真っ赤な髪に宝石のような瞳を持った少女、アリスであった。アリスは水晶玉をお経中のレイチェルから奪うと、水晶玉に向かって魔力を込める。レイチェルも急に水晶玉を取られたことで驚いたが、水晶玉を奪った主がアリスだと知った瞬間、レイチェルはお経をすぐさま止め
「えっ!? アリスちゃん、何をする気? こんな所で魔力鑑定はだめだよ!! 」
と必死にアリスを止めている。心から止めていたようであった。ただ、アリスは聞く耳を持たず、そのまま魔力を流し続ける。
そうすると、水晶玉が少しの光を放った後、空中に文字が浮かび出す。それはラノベでよく見るステータスオープンと言うやつに似ていた。
そして、声を高々にして言う。その声はカオスが極まる部屋に響く。
「私の魔力は5万5000でケンヤの50と比べたら圧倒的に多い」
その言葉に冒険者は驚く。これまで静かだったアリスが大声を出したことに驚いたということもあったが、それ以上に驚いたのはその数値の高さであった。ニコラスでさえもあまりの高さに目をこすっていたのだ。
「5万5000? その魔力高すぎだよ!! 伝説の魔道士と比べても遜色ないよ!? 」
と驚きを口に出している者もいた。
「それだけじゃないよ。マナ量も私たちの5倍ぐらいあるよ」
と冒険者が宙に浮かんだステータス画面に指を指している。そのステータスの高さに冒険者達は阿鼻叫喚であった。ここまで、高いステータスを見たことがないような様子である。
まさに、その空間は驚きの渦にあった。
そんな状況を見て、賢也はまたメンタルにダメージを受ける。自分が夢にまで見た展開を目の前で、しかも、"︎︎他人︎︎ ︎︎"︎︎がしていることに胸が締め付けられた。なんで、アリスは追い打ちをかけるようなことをするのか賢也には理解ができなかったのだ。
そんな驚きと絶望を気にすることなく、アリスは続ける。その言葉を言うのを少し躊躇いながらも言ったのであった。
「だけど、私はこの魔力を活かせない」
部屋中の全員が息を飲んだ。理解が出来なかったのである。ここまで高い能力を活かせないとはどういうことか、全く理解できなかった。
そんな困惑を汲み取ったようにアリスは空中に浮かび上がったステータスをスクロールする。そして、
「私は…… 魔力回路閉塞症なの」
と少し言うのを躊躇いながらも言った。そのステータスバーには大きく魔力回路閉塞症と書いてあった。それを見て冒険者達は理解をした。どうしてあれほどの魔力を活かせないのかを。それと、同時に同情し始める。それはまるで余命幾ばくの女の子を前にしているようだった。そして、その冒険者達の目は賢也に向けていた同情の目と同じ。冒険者は哀れみを抱いていたのだ。
そんな中、賢也は異様な雰囲気に戸惑いながらも、魔力回路閉塞症のことを知らないため、話が見えてこなかった。
その戸惑いに気づいたアリスは
「魔力回路閉塞症…… これはみんな知っている通り、魔法を出す回路が完全に閉じているせいで、全く魔法を出すことが出来ない病気。私はそれのせいでこの魔力と魔力量を…… 全く扱えない」
と自分の置かれた状況を説明する。その姿は少し悲しそうであった。賢也はそれ聞いて驚く。アリスがそんな病気だったなんて。そんな素振り全く見せてなかった。賢也はアリスのことを心配して
「その病気は体とかに影響はあるのか? 」
と聞いた。本心から心配であった。そんな賢也の気持ちを汲み取ったのか
「普通に生活する分には何も影響ないよ。ただ…… 魔法が一切使えないだけ」
と少し俯いていた。その言葉を聞き賢也は少し安心したのだが、この異世界で魔法が使えないのは非常に不便だと思った。不便どころの話ではないと思った。今みたいに哀れみの目を向けられたれ、最悪、差別をされてきたのでは? と賢也は彼女の生い立ちを推測する。そんなことを考えていると、アリスは口を開いた。
「こんな私でも参加できるなら、ケンヤもゴブリン討伐に連れてってあげて」
アリスは冒険者達に頭を下げてお願いをする。心から頼んでいるようだった。賢也はなぜ自分のためにアリスがそこまでしてくれるのか、分からなかった。それでも、自分のことをここまで考えてくれることに喜んだ。ここまで自分のことを考えてくれた人は日本でもいなかった。そのため、彼女の行動が賢也にとって嬉しい物だったのだ。
そして、先程、アリスの行動を理解してあげられなかったことを恥じた
ただ、ニコラスはそんなアリスと賢也に伝えづらそうに口を開いた。
「連れてってあげたいが、アリスと賢也くんの状況は全く異なるよ」
そして、一拍置いてから告げた。
「だから…… 賢也くんを連れていくことは出来ない」
ニコラスはリーダーとして辛い選択をしているようである。賢也はニコラスが賢也のためにあえて嫌われ役をやったことが見て分かった。そのため、
「アリスの気持ちは嬉しい。でも、俺が行ったら残念だけど足でまといになっちゃうから… 」
と賢也は本当に自分でも認めるのが嫌だったが辞退する旨を伝えようとする。しかし、アリスは一歩もひく様子がなく、
「諦めないで!! 」
といつもの無表情なのだが、物凄い迫力で言う。その変わりように賢也は少しびっくりする。アリスはどこか賢也の状況を自分に重ねている様子であった。そんなことを賢也が考えていると、お調子者の冒険者が
「魔法を一切使えないって言ってたけど、アリスは怪我人の治療の時、魔法を使っていなかったか?」
と疑問に思ったことを聞き出す。最悪のタイミングだが、その質問は誰もが疑問に思っていたことであった。賢也ですら疑問に思っていたのだ。ただ、その質問にレイチェルが突然
「なんで? そんなこと聞くの? 」
と怒りながら言う。その突然のことにお調子者は驚く。その場にいた全員が驚いていた。それはまさに、聞いたら不味いことを聞いたようである。ただ、アリスは何か思いついたような顔をした後
「いいの、レイチェル。みんなも気になるだろうし、大丈夫」
と優しく伝える。そんな優しいアリスにレイチェルは
「そうやってアリスちゃんの秘密を教えた時どうなったか、覚えてないの!? 」
と少し怒りながらも、心から心配しているようだった。そんな心配にアリスは少し喜びながら感謝をする。顔は人形のように無表情だが、とてつもなく感謝しているようだ。
「ありがとう。心配してくれて。でも、これから共に戦う仲間として伝えないといけない…… と思うから」
「私はアリスちゃんの選択を尊重したいから……
アリスちゃんがそう言うなら…… 伝えればいいよ」
と納得していない様子であった。
そうすると、アリスは少しバツの悪そうに
「私、魔女と契約したの」
と言う。その言葉を聞いた瞬間、その部屋にはおかしな空気が流れる。冒険者達の目が一気に変わったのであった。先ほどまでは同情の目を向けていたのだが、今の目はそれとは反対に差別や侮辱の目である。レイチェルはその目に怒りを露わにしていた。
賢也は冒険者達のいきなりの変わりように物凄く驚く。その変わりようは別人と勘違いするほどだった。ただ、そんなことを気にすることなくアリスは
「だから、私はマナの贈与と奪取が使えるの」
と告げる。そのことを言ったアリスに対しての目は凄まじいものであった。侮辱を通り越して、怒りが混じった目で見ているものもいたのだ。それは本当に人では無いものを見るような目である。
この状況を見て、賢也はどうして今アリスがこんなことを言ったのか理解が出来た。どうして、差別されると分かっているのに自分のステータスを開示したのか分かったのである。それは勿論、これから背中を預ける仲間に隠し事をしたくないということもあっただろうが、一番は賢也の為であった。
アリスは自分が侮辱的な目を向けられる代わりに、賢也に向けられる同情的な目を無くそうとしたのであった。同情的な目を向けられることが、賢也にとって、とんでもなく屈辱的であることをアリスは分かっていたからである。だからこそ、その目を取り払ってあげようとしたのだ。その上、自分が差別されることで、賢也のゴブリン討伐への不参加を有耶無耶にするために自分の秘密をさらけ出した。
そんな優しいアリスに向けられる差別的な目がどうしても賢也には理解出来ず、怒りを露にした。その怒りは心の底から来るものである。心から怒りが噴火していた。そのため、賢也が気づいた時には部屋中に響き渡る声で叫んでいた。
「どうして、みんなそんな目を向けるんだよ? アリスはみんなと同じ冒険者だろ」
そんな怒りに対して、冒険者は少し言いずらそうにしていたが、ガンテツはそんなことを気にする様子はなく、冷たく伝える。
「魔女が魔王の手下だからだ」
その部屋が氷のように冷えた瞬間であった。




