第十五話 吹っ飛ばされた老人
賢也は呆気に取られていたが、数秒後、自分の嫌いな老人が吹っ飛んだことにスカッとしていた。当たり前である。アリスにあんな顔をさせたのだから・・・・
賢也にとって、あの老人は賢也の中で最も嫌いな人種であった。人を理由無く馬鹿にし、否定するあの老人が嫌いでならなかったのだ。その嫌い具合はあんなジジイに頭下げるぐらいなら死んだ方がマシと思えるぐらいである。だから、今回ばかりはレイチェルに賢也はグッジョブをしたくなった。それぐらい嫌いだったのだ。
その嫌われようはあの純粋で人を嫌うことを知らなそうなアリスでさえ、老人を苦手と思うほどであった。そんな苦手な老人が殴られて、アリスも少しスカッとしているようである。
ただ、そこに集まっていた冒険者たちは、老人が吹っ飛んだ異常事態に対して、気づけばレイチェルに向かって攻撃態勢を取っている。
武器を構える者、武術の構えをする者、魔法を唱えようとする者と様々であった。だが、往々にして皆熟練度が高いのはだれがどう見ても理解出来るものである。
賢也も少し武術をかじったことがあるため、その強さを肌で感じることが出来た。生きるか死ぬかの選択を何度もしてきた者でないと出来ない動きである。そんな彼らに対して
「あんたらもあのクソジジイの仲間? それだったらぶっ倒してあげるわよ」
とレイチェルも戦う気満々である。レイチェルは右手を冒険者の方に向け、魔法を出そうとしていた。右手の先には魔法陣が浮かんでいる。
一触即発の空気が漂う。生きるか死ぬかの戦いがすぐさま始まりそうであった。もう後戻りはできない。そう感じさせる程の重圧がそこにはあった。
しかし、ニコラスが
「安心してくれ、敵では無い」
と一声言ったら、彼らは戦闘態勢を辞める。あんなにもピリついた空気が少なくとも、レイチェル以外は無くなっていた。彼らのニコラスへの信頼の強さを肌で感じとれる。ただ、レイチェルだけはただ1人文句を言いながら魔法陣を出していた。そんなレイチェルに対して
「すまない、彼らもゴブリンの事でぴりついているんだ」
とレイチェルに申し訳なさそうに言う。かなり下手にでて話していた。
そんな下手に出たらレイチェルが調子に乗るぞ。賢也はレイチェルが喚き散らす姿を容易に想像できた。しかし、レイチェルは
「ニコラスさんがそこまで言うなら良いけど… 」
と内心納得がいかない感じで、レイチェルは魔法を解いていた。あのレイチェルが素直に言うことを聞くことに賢也は若干驚く。それでも、若干レイチェルが不満気なのは見て取れた。
そんなレイチェルでも、ニコラスは優しくお礼を言う。
「分かってくれてありがとう。ここで仲間が傷付き合うのは、私は見たくない」
とニコラスは心底安心した様子である。それを見て、冒険者達は申し訳なさそうにしていた。余りの申し訳なさに少し泣きそうな者も居る。
賢也は彼らがニコラスへの信頼が強いことが手に取るように分かった。
ただ、レイチェルたった一人だけは自分では隠しているつもりだろうが、誰が見てもわかるくらいちょっとイライラしている。
そんなレイチェルを賢也は性格がわるいなぁと思い軽蔑の目で見ていた。
そんなことを考えていると、レイチェルは急に大声を出す。甲高く耳がギィギィする声であった。兎に角不快になるような声だ。
「あっ!! アリスちゃんだ。寂しかったよぉー、アーリース」
さっきまでの不機嫌が嘘のようにアリスに向かって抱きつこうとする。
アリスはレイチェルが抱きついてくるのを避けたが、それでもレイチェルはしつこく抱きつこうとしてきた。それを目で見て回避し、アリスはとにかく後ろに下がって行く。そんなことをされるとレイチェルは
「なんで!? なんで!? 避けるのアリス? 」
と叫んでいた。その声は悲しみと怒りが混じっていた。まるで親でも殺されたような迫真さである。
その姿を見たアリスは、流石にレイチェルのことが可哀想に思い、レイチェルに抱きつかれていた。
アリスはいつも通り無表情であったが、レイチェルは生き別れの兄弟に会ったかの如く喜び、アリスの頬をむにむにと揉んでいる。
「私を置いて今までどこに行ってたの? 探してたんだよ!! どうして私も連れてってくれなかったのぉーー? 」
とめんどくさい女のようなことを言っている。冒険者達は引き気味で見る。ニコラスでさえ態度の変わりように驚いていた。
そんなレイチェルに対してアリスは
「だってケンヤの面倒を見ないといけなかったから… 」
とめんどくさい女に対して、絶対にしてはいけない他の異性を優先した為に、君のことを構えなかったと言ったのである。これは相当の悪手であった。
こんなことを言われためんどくさい女性さんが抱く感情は
「やっぱり…… 賢也くんが誑かしてたんだ。許せないっ!! 」
と言うような怒りである。それも誑かした男に対してであった。
「えっ!? 俺?」
と賢也は間の抜けた声で言う。そんな賢也とは裏腹にレイチェルは
「賢也くんは最初から怪しかったんだ!! 初めからアリスを見ている目がいやらしかったし、こんな美女の私が居るのにっ、一切靡かないなんて、アリスちゃんが好きだからに決まってるっ!!
もしかして、私がいない間にアリスちゃんとなにかしたのでは? 確かにアリスの様子も少し変・・・・・ だって、前まで私のハグを避けることなんて今まで無かったもん… おかしい、おかしいよ …
私が寝ていたのは四時間ぐらいだから…… 全然終わらせられる。終わらせられるよ。
どうしよう? どうしよう? 私のアリスちゃんが…汚された。汚されちゃった。まだ私だって何もしてないのに… やだよ。やだよ。夢だと言ってよ!!!! 」
と訳の分からない事を早口で唸っている。声は聞き取りづらかったため、それはお経に近いものであった。冒険者達は何を言っているのか全く分からないようである。
そんな訳の分からない呪文のような物を唱えるレイチェルに対して、冒険者達はレイチェルのことを本気で引く者、レイチェルの頭を心配する者、と多種多様であった。しかし、全員が一貫してこいつは頭おかしいと思っている。ニコラスでさえ、レイチェルは一般人とは違う感性なのか、流石、国に認められた冒険者だ、と謎に納得していた。
しかし、賢也は気が気ではなかったのだ。なぜなら、賢也は完璧人間だからか、はたまた言語石のおかげなのかは分からないが、レイチェルが何を言っているのか理解出来たからだ。
理解出来た賢也は今まで感じたことがないような焦りを感じる。顔も少し赤くなり、汗をかいていた。そして、何よりも胸の高まりが凄まじい。その凄まじさは他の音が何も聞こえないぐらいである。
(なんだ? なんだ? レイチェルの言っていることは全くの根拠のない戯言のはずなのに、何故か当たっているような気がする。どうしてだ? )
とまだ自分が恋をしていることに気がついてなかった。ここまでいくと病気である。
ただ、賢也は恋という概念を知らない訳ではない。その理由に異世界に来る前は何度も告白を受けていた。そのため、知識としては恋というものはある。ただ、自分のような完璧な人間が恋をするなど微塵に思っていないのである。
(アリスは聞いていたのか? どっちなんだ? なんでこんなにドキドキするんだ? 別にアリスに聞かれた所でどうでもいいだろ。なんで気にしてんだ俺?)
とアリスに聞かれたかどうか心臓をバクバクさせていた。どんどん胸の高まりが強まる。
かく言うアリスは何も聞いてなかった。長年レイチェルと一緒にいるアリスは、レイチェルが抱きついてきた後、変な空気を出した時は、基本レイチェルの話を聞かない方がいいと分かっていたからである。そのため、今回も適当に頭を空っぽにしていた。あまつさえ少し寝かけてもいたのだ。流石鈍感系ヒロインである。
そうとも知らず、賢也は聞かれたか、聞かれてないかでドキドキしていたのだ。
(アリスに聞かれているのかどうかは今はいい。今の姿を見られるのはマズいと思う。どうにか話題を変えなければ)
賢也は自分が狼狽している所を他の人に知られるのは不味いと思い、何か話題をそらそうと頭を働かせていた。何故だか理由は分からないが・・・・
そんな賢也を気にすることなくレイチェルは
「賢也くんが私とアリスちゃんの仲をさくんだあぁぁぁ!! 賢也くんがアリスちゃんを好きだからだぁぁぁ!!」
と大声で叫び出す。さっきまで唸っていただけなのに、急に叫んだため一同はレイチェルの方を向く。レイチェルが叫ぶ前までは冒険者達はレイチェルの頭のおかしな行動に少し慣れ、無視し始めていた。しかし、レイチェルが突然大声という名の奇声をあげたため、心底驚きレイチェルの方を一斉に見る。そんな全員からの視線を感じる状況でもレイチェルはまだ唸っていた。
それを見た一同はレイチェルを少し薄気味悪いとさえ思っていた。鳥肌がたっている者もいる。そんな中、賢也は
(やばい!!やばい!!俺がアリスのことが好き? それは間違っているが、何故か出てくる汗達のせいで他の奴らに誤解されてしまう。どうする?)
とかなり焦っていた。完璧人間も焦れば、ただの人間、汗もかくし、呼吸も荒くなる。
今、他者に賢也の姿を見られたらアリスが好きなことがバレるのは明白であった。
それを完璧人間である賢也は無意識に避けるように頭を働かせている。そんなことを考えていると、ニコラスや他の冒険者たちが賢也の方に頭を動かそうとしていた。
いくらレイチェルが意味のわからないことを唸っていようが、ケンヤというワードを所々言っているため、賢也に関することだと察する者も現れるのも必然であった。
そのため、レイチェルの真意を聞くためニコラス達は賢也の方を向こうとしていた。賢也の心臓はドキドキする。とにかく、焦り出す。
そんな焦っていた賢也だが、ニコラス達が振り向く一瞬前に、あるひとつの解答を思い着く。それを言うのは少し賢也にとって癪だったが、これしか方法がなかった。本当に癪である。ただ、これしか方法がなかった。そのため、賢也は深呼吸をして落ち着いて、言葉を発する。
「そう言えば、あの老人は大丈夫なのでしょうか? 」
賢也はレイチェルが唸っている声をかき消せるぐらい大きな声で発す。ここまで大きな声を出すのは人生で初めてであった。
本当に間一髪で、賢也の方を向こうとしていたニコラス達は吹っ飛ばされた老人の方を見る。
そして、他の冒険者達も思い出したかのように老人のことを心配し始めていた。
賢也は何とか危機を乗り越えたのである。好きな人がバレるかもという小学生並みの危機だが・・・・・・
賢也はなぜ自分がここまで安心しているのか?
なぜここまで自分が焦っていたのか? 全然意味が分からなかった。賢也の中では謎が謎を呼んでいる状況である。
ただ、そんな謎(笑)を抱えながらも、自分が言うまでニコラスでさえ老人を心配しなかったのは、あの老人の酷い人間性を表しているのだろうと思い、独り喜んだ。ざまぁみろとさえ思っていた。
ただ、賢也達は吹っ飛ばされた老人が全く動いていないことに気づいてはいなかった。




