第十話 怪我の理由
「本当は手も直してあげたいんだけど今の私の力では無理なの。ごめんなさい」
レイチェルは申し訳なさそうに言う。先程までの自信満々な態度とは一変して、合わせる顔がなさそうであった。そんなレイチェルに怪我人は
「いえいえ、本当だったら足すらなかったのにレイチェル様のお陰でまた歩くことができます。ありがとうございます」
と泣きながら感謝している。その顔は希望が溢れているようであった。それを見て賢也は感動して涙を流しそうになる。
そんな泣き出しそうな賢也をレイチェルは今になって気がついた。
そして、
「賢也くん、来ちゃったの? 部屋で待てって言ったのに... そんなに私のことが好きなの? 」
と投げキッスしながら言う。先程までの申し訳なさそうな顔は嘘のような態度の変わりようであった。賢也はこんな奴を一瞬でもかっこいいと思ったのを恥じる。そんな冗談を受け流し
「君の魔法は治癒の魔法だったんだね」
と賢也は話題を変える。
「そうなの。私の魔法は治癒魔法なの。しかも私の治癒魔法は国王様のお墨付きよ」
とさっきの怪我人のベットから移り、別の怪我人を治癒しながら言う。流れ作業でどんどん治癒していた。そして、その切り傷だらけの怪我人は一瞬で良くなる。それに怪我人は目を見開いて驚く。治癒魔法を見るのは初めてようだった。
流石の賢也もレイチェルの話をとても聞きたいと思ったが、ここでレイチェルに話しかけるのは邪魔になると思ったため話を1度切りあげる。
そして、賢也はアリスに向かって
「何か手伝えることはある? 」
と聞いた。
これはとても珍しい事だった。
異世界に来る前の賢也ならなんだかんだ理由をつけてさっきの部屋にさっさと帰っていただろう。しかし、今の賢也は彼らの痛みを以前より理解できるようになっていたため、自然と助けるという選択肢を選んでいた。
「わかった。じゃあ、緑の光が弱くなったら私の手を握って」
とアリスは思いもよらぬことを言った。賢也は固まる。心臓の高まりを感じる。目の前に沢山怪我人がいるのに、そんなのお構い無しに鳴り響く。
「て、手を繋げばいいんだろ。そ、そ、そのぐらい簡単だぜ」
と初めて女の子に触れる中学生のようにどもる。
(女と手を繋ぐなんて簡単なはずなのに、なんでこんなに胸が痛いんだ)
賢也はひとり胸の痛みを感じていた。
「ちょっと!? ちょっと!? アリス、結婚前の女の子が男の人と手を繋ぐ!? そんなことしていいわけないでしょ!? 」
とレイチェルが怪我人を治しながら焦って言った。怒るのと治すのマルチタスクである。
賢也はその言葉にムカついた。なぜムカついたかはわからないが...
そんな彼らに、アリスは
「マナを貰うだけだよ。
なんでそんなに焦るの? 」
と純粋に聞いてきた。その純粋さは危うさも感じる程である。そんなアリスにレイチェルは
「そういう所が、アリスちゃんは・・・ 危ういんだよなぁ。でも、そういう所も大好きだけどね」
と愛を囁く。それに賢也は焦りを感じる。今まで感じたことがないような焦りだった。そんな彼の焦りを感じ取ったのか、レイチェルは少し嫌味っぽい顔をしている。勿論、怪我人を治しながらだ。それに賢也はイラつきを覚え、レイチェルを少し睨む。それにレイチェルは勝ち誇りながら睨みつける。2人の中で見えない火花が走っていた瞬間であった。
ただ、当の本人のアリスはどうして2人が見つめあっているのか余り分かっていないようだった。
そもそも、アリスの魔法はマナの奪取と贈与であったのだ。そのため、賢也の手を握ったり、体に触れるのは当たり前のことであった。なぜなら、他人の身体に触れてなければマナは吸い取れないからである。その証拠に先程からレイチェルの肩に手を置いて、マナを吸い取っている。
しかし、与えるマナにも限界があるため、賢也の魔力を分けて貰うために手繋ぎを要求したのである。
だから、アリスはどうして2人が見つめあっているのか本当に理解できなかったのである。考えに考えた結果、アリスはレイチェルと賢也は大がつくほどの仲良しなのかなと勝手に納得した。そんなアリスの考えに気がつくことなく2人はまだ火花を散らしている。
そして、レイチェルは攻撃を仕掛ける。
「うんうん。そうだよね。これは人助けのためだから、まさか異性と手を繋げるから喜ぶことなんてないよね~」
と賢也の方をじっと見ていた。勿論、これは揺さぶりだ。賢也が本当にアリスのことを好きなのか確認するための言葉だった。
しかし、そんなことも知らずに、その言葉に賢也は動揺しつつもこう答える。
「あっ当たり前だろ!? これは人助けだからな」
レイチェルには嘘ついているのはバレバレだった。恐らく、小学生でも賢也が恋をしているのは手に取るようにわかっただろう。しかし、アリスは嬉しそうにしていた。何故なら、賢也が人助けをしたいと言い出したからだ。賢也も賢也で自分が恋をしていると気づかないチェリーボーイだが、アリスもアリスで超鈍感であった。
アリスと賢也の恋はなかなか進展しなさそうである。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
数分後、レイチェル達は怪我人を次々治して行った。達と言っても大抵はレイチェル独りで治しているのだが・・・・
ただ、賢也達も何もしてなかった訳では無い。レイチェルがまだ治していない怪我人や浅い怪我の人の包帯を巻いたり、励ましなどをしていた。
どうやら手を繋ぐ︎︎"︎︎︎︎治療行為"︎︎はそこまで頻度が高い物では無かった。そのことを若干残念と思いながらも、怪我人の包帯を巻き続けている。
賢也は包帯を巻いたことが無かったため、最初こそ戸惑った。しかし、すぐにやりかたをマスターし、今では誰よりも効率良く行っている。
完璧人間要素がここでまた活きたのであった。
その手際の良さは熟年の看護師ですら驚く程だ。
ただ、アリスが近くにいると見てわかるように包帯の巻き方が不器用になったり、励ましの言葉を何度も噛んだりしていた。その様子に看護師のおばあちゃんは青春を感じ、ニヤニヤと笑っていた。
その態度が賢也にとって恥ずかしい物だったのは言うまでもない。
何十人かの怪我人の治療を手伝い、怪我人の治療も一段落ついた所で、おばちゃん達が
「不幸中の幸いだったわね。もしレイチェルちゃん達がいなかったらと思うと...... 」
「そうね。私達の中で治癒魔法を使える人なんていないからねぇ」
と話しているのが聞こえた。おばちゃん達は雑談しながら本当に心から感謝しているようである。
片付けをしながら、それを盗み聞きしていた賢也もそれに心で同意する。何故なら、怪我人の数はざっと見ただけでも50人以上もいたのであったからだ。それをもし仮に、レイチェル達がこの村に存在してなかったとすると、この数人の看護師のおばちゃん達だけで治すのはほとんど不可能に近かった。
その上、怪我人の中には生きているのが不思議なくらいの大怪我をしていた人が何人もいたので、尚更レイチェル達がいなかったらと考えると少し体が震えた。
そして、そんな不可能に近かった現状を打ち破ったレイチェル達を賢也は尊敬する。それと同時に、改めて魔法の凄さを認識させられた。
数分後、治療もだいぶ終わり、部屋から聞こえていた痛みで喘ぐ声も無くなっていた。そこに今あったのは、安眠している人々の寝息だけである。
そんな安らぎが蔓延する部屋でレイチェルは治療の疲れから椅子に座り天井を見ていた。完全に魔力が抜け切っていて、それに合わせるように体の力も抜け切っている。その様子を例えるなら、溶けかけたアイスであった。
それを見たアリスは肩に手を置き魔力を流そうとしたが、レイチェルはその手を弱々しく振り払う。
「私は大丈夫。それより、賢也に手を繋がれる方が嫌」
と死にそうな顔をしながらグッドポーズをしていた。その様子からは全く元気は感じらない。それでも、レイチェルは
「さっきはアリスちゃんが賢也のことを異性として見てないのは分かったけど、もしかしたらこの手繋ぎで芽生える可能性がある。それだけは阻止しなければ・・・ 」
と小声で嘆いていた。それはまるで死者の恨み言のようである。
当の本人、アリスはなんで賢也と手を繋ぐことをレイチェルが嫌がっているのか全く理解出来ていなかった。第一、アリスのマナはまだまだあり、賢也の手繋ぎを必要とするほどでも無い。だから、レイチェルがなぜ小声でそんなことを呟いているのか理解できなかった。それでも、レイチェルのことだから何か考えがあるのだろうと思い、レイチェルの言いつけを守り、包帯の片付けなどをしていた。
そんな時、賢也は手を繋げ無かったことを残念に思いながら片付けをしていた。理由は賢也自身も分からなかったが・・・・
血だらけの包帯を捨てたり、使わなくなったベットを畳んだりと真面目に働いていた。そんな時、ある一つの疑問が生まれる。その疑問は今まで忙しさで気が付かなかったが、今になってようやく気になり出すものだった。
「それにしても、なんでこんなに怪我人が出たんだ? 」
と賢也は独り言を言う。それは何の気なしに呟いた事だった。勿論、それに返答が返って来るとは微塵も思っていないようなただの独り言である。
そんな独り言だったのだが、
「ゴブリンの大量発生だよ」
と何処からか聞こえてくる。それに一瞬ビビりながらも、その声の主を探す。そこに居たのは怪我を治癒された元怪我人だった。短剣をぶら下げ、服は血だらけの男がそこには居た。
賢也はその男を見て固唾を飲んだ。
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