第九話 レイチェルの魔法
賢也は待っていた。レイチェルがこの部屋に帰ってくるのを。
賢也は何もせずに待つことは大っ嫌いである。虫唾が走るほどにきらいである。その嫌いさはカップラーメンを一分待つのも嫌がるぐらいだ。
ただ、今回の賢也は珍しく大人しく待っていたのである。いつもの彼なら彼女が来ないことに腹を立てて露骨にイライラしているだろう。しかし、今回の彼はそんなことはしなかった。
何故なら、賢也は異世界での自分の行動を振り返っていたからだ。
もっとやりようがあったんじゃないのか?
もっと上手い魔法の使い方があったのでは?
もっと戦えたのでは?
もっと・・・・
などなど様々なことを考えていた。
それでも、一番に思ったことはドラゴンモドキすら倒せなかった自分の弱さだった。
彼は生まれてこの方、あそこまでのピンチに陥ったことは無い。あんな死を直に感じるようなやり取りをしたことはなかったし、あそこまで緊張を感じる瞬間は今まで無かった。
そんな中で、ドラゴンと渡り合えている自分は凄いのではないか!とも思っていた。
初めての戦闘。
あんなに大きくて強い魔物。
木々を破壊する迫力。
一歩間違えたら即死の緊張感。
頭脳を駆使したバトル。
そんなラノベにしかないような展開の中で、賢也は渡り合うことが出来ていた。それが彼にとって、たまらなく嬉しかったのだ。あの誰もが恐れるドラゴンと渡り合えたことが、彼の自信をより強固な物へと変化させた。
しかし、現実ではあの魔物は強化種とは言えどもドラゴンですら無かった。モドキというドラゴンの偽物だったのだ。あんなに巨大で執拗い怪物であったのに、本当は温厚な種族で、しかも冒険者なら誰もが倒せる存在だったのだ。
そして、何よりも自分があんなに苦戦した魔物を自分より小さな女の子がいとも簡単に倒したことが納得いかなかったのだ。
まさに賢也のプライドはずたずたであった。今まで壊されることがなかったプライドが一日にして粉々にされたのだ。そんな彼は初めて悔しいという感情を抱いたのであった。あのアリスのような強さが欲しくてたまらなくなったのだ。
まさしく賢也が異世界に来る前に人々に抱かれていたであろう羨望や嫉妬と言う感情を彼女に抱いたのだ。
その上、もうひとつ、今まで感じたことがないような大きな感情が現れた。
「これが敗北感か...」
賢也の胸はドキドキしていた。ズキズキと痛みのある響き。それは学校のチャイムのように五月蝿く身体中を駆け回っていた。そして、それに呼応するように、呼吸も荒くなり、顔も熱があると錯覚するほどに赤くなっていた。しかも、それが起きるのは、大抵アリスのことを考えた時であった。
この症状を見て全ての人は気づいただろう。
老若男女全ての人が気づいたはずだ。
どんなにお馬鹿な人でも気づけたはずだ。
そう、賢也は恋をしていたのだ。
わかりやすいぐらい恋をしていたのだ。
しかし、恋を今までしたことが無い賢也はこれが恋とは全く気づかなかった。微塵も思いつかなかったのだ。自分の症状を見ても、一切恋だとは思わなかったのだ。そのため、この初めての苦しい感情が恋とは全く思わず、ただの敗北感だと認識していた。
そのため、この敗北感を払拭する為に必ず強くなろうと見当違いの目標も立てていた・・・・
こんな様子では賢也がこの感情を恋と分かるのは当分先になるだろう。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そんな事を考えているうちに、賢也は遂に待ちきれなくなった。我慢をするのが嫌になってきたのだ。
恐らく賢也が待っていた時間は五分から十分程度であろうが、賢也にとっては死ぬほど長い時間だったのだ。飼い犬の方がよっぽど長い時間、待てを出来るかもしれない。そう思える程に賢也は飽き性だったのだ。
「十分待ったのにレイチェルが来ないな。もしや、何か緊急事態なのでは? 行かなければ!! 」
と訳の分からない言い訳をしながら、ベットから立ち上がる。とにかくこの退屈な時間から逃れたかったのだ。部屋で待っていなかった言い訳なんて、後で考えればいいと思っていた。
その気持ちが反映されるように、気づけば勢いよく立ち上がっていた。その勢いの良さは1度死にかけたとは思えないほどである。
「体は凄い元気だな」
と賢也は体を伸ばす。いつもより体は動かしやすく、体が綿のように軽い。その上、なんだか心も清々しい。例えるなら、体重が100分の1になり、尚且つ、身体中から力が溢れる感覚だ。言ってしまえば、全身がサイボーグに改造されたような新鮮がそこにはあった。
そんな生まれ変わったような感覚に心地良さを感じながら、賢也はそのまま部屋を出た。
部屋を出るとそこには長い廊下が続いていた。木製の廊下はどこか古そうではあるものの、塵一つなく掃除が行き届いているのが見て分かる。この廊下を掃除した人が丹精込めて作業したことが分かるものだった。
「俺の家ほどではないがでかいな」
と賢也は褒めてる風自慢を独りでしていた。廊下に感心しながらも、無限に続くと錯覚するような長い廊下を見て深いため息をつく。
ここからレイチェルを探すのは一苦労だなぁ・・・
賢也はこれから待っているラノベでありがちな捜索パートに閉口しながら、歩こうとしていたその時、
「安心してください。私の魔法で大丈夫ですよ!!」
と大きな声が響く。その声は自信に溢れている声であった。自信と言うより自画自賛にも取れるような声だった。
その声を聞いた賢也は、部屋の方に急いで走っていった。そして、ドアを少し開き覗く。好奇心で少し胸を踊らせながら覗いていた。
その部屋は見た目は大食堂のような場所であったのだが、今は役割が違っているようだ。いつも使っていたであろう机と椅子は隅に追いやられ、そこにはベットが何十台も置いてある。
白く簡素なベットは、軍事映画で出てくるようなベットを彷彿とさせる物だった。ゴツゴツとしたベットと薄い布団。それはあまり寝ても気持ち良さそうな物には到底見えない。出来ることなら使うことなく、過ごしたい物であった。
ただ、今はそんな簡素なベッドを使わなければならない理由があった。深い深い理由があった。
それは大量の怪我人がベッドで横になっているからだ。
つまり、この大食堂は今現在緊急救護室として使われているのである。
その部屋の怪我人には手足がないような人も居た。包帯をぐるぐる巻きにされ、顔も見えないような人もいる。ベッドで傷を抑えながら、泣き叫んでいる姿もあった。中には傷が浅い者もいたが、どこか憔悴していて、疲れている印象を受けた。
その部屋のあまりのおぞましさに賢也は少し体を震わせる。目を覆いたくなるような地獄がそこにはあった。
だが、目を覆ってもうめき声がそこら中に聞こえる。痛みに耐えられずに声が漏れ出ているのだろう。賢也は聞いているだけで辛くなった。
「なんでこんなに怪我人が?」
賢也はその疑問を解消するために部屋に入る。部屋に入ると血の匂いが嫌でも鼻を襲う。生物的に嫌悪を覚えるような匂いが部屋に充満している。とてもじゃないが、長居をしたい場所とは言えない。
だが、そんな匂いに不快感を覚えながらも、賢也はレイチェルを探した。その間も痛ましい声や見ているこっちも痛くなるような怪我をしている人が何人も居る。中には全身大火傷をしていて、現代医学でも完治させるのは不可能な人も居た。見ているだけで心が疲労していく光景がそこには広がっていた。
結構な時間レイチェルを探した後、賢也は遂にレイチェルを見つけた。
レイチェルは入口から離れた怪我人のベットの横にいた。アリスも同様に同じ場所で怪我人の方を見ている。
アリスもレイチェルも賢也のことは一切気づいていないようだった。賢也もそれに気づき、話しかけようとしたが、2人は話しかけられないぐらい真剣な空気を纏い話している。深い深い集中力。賢也を黙らせる程の物がそこにはあった。
そんな集中力を持ちながら、レイチェル達は真剣に怪我人を見ている。アリスは別としても、先程までふざけていたレイチェルとはとても同一人物とは思えなかった。そのぐらい別人のオーラを纏っていたのだ。
そして、あーでもない、こーでもないと2人でなにか話し続けている。話しかけるのを辞めた賢也も、2人が何故そこまで真剣な空気を出しているのか、強く気になり出す。そのため、こっそりと2人が見ている方を見てみた。
そうすると、賢也は悲しい気持ちになった。深い深い悲しみを覚えた。何故なら、2人が見ているベッドには両手両足がない人が痛みに喘ぎながら寝ているからだ。
何で切られたのか分からないが、両手両足は錆びた物で切ったみたいな歪な断面になっていた。出血の方も包帯でぐるぐる巻きにして、無理矢理止めているような感じである。
怪我人は意識はあるものの、両手両足をなくした絶望で涙を流していた。当たり前である。今まで自分が生きている間、苦楽を共に過した腕と足。それを失った悲しみは、当人以外誰にも理解出来ないものだ。
怪我人のそんな状態に向かって、レイチェルはこう尋ねた。
「足と腕生やすならどっちがいい?」
怪我人は驚いて固まっていた。賢也も固まる。腕と足を無くした人にそんな事を聞くなんて酷いとさえ思った。そんなタラレバの話、今すべきではないと思ったのだ。それでも、賢也はこの世界が剣と魔法の世界なことを思い出す。
魔法の世界ならできるのか? と疑問に思いながらも、レイチェルが本当にそんなことが出来るのかと疑っていた。無くなった手足を生やすなんて今までのラノベでも聞いたことがなかったからだ。
しかし、レイチェルが賢也の命の恩人ということを思い出し信じてみた。火だるまになった賢也をどんな魔法を使ったのかは分からないが救えたんだ、そんな彼女なら腕と足の1本ぐらい生やせるだろう! とだんだん思い始める。
怪我人も最初は戸惑っていたが、希望に縋るように
「もう一度原っぱを走りたいから足でお願いします」
と懇願する。その目には涙が溜まっており、もう泣く寸前であった。そんな怪我人に
「おっけー、分かった。足を生やすね」
と軽い返事でレイチェルは承諾した。その軽い返事は落ち込んでいる怪我人に心配をかけないようにする為の彼女なりの気配りであったのかもしれない。
そして、レイチェルはあったであろう怪我人の足の方に手を置き、何かを唱える。怪我人はまじまじとその姿を見続ける。その顔は彼の複雑な感情を物語っていた。
賢也はその言葉をよく聞いてみた。意味のわからない音の連続。そう現すのが正しい程に意味が分からない。それは言語と表すのが本当に正しいのか分からなくなるぐらいの代物だった。言語石を持つ前に賢也が聞いた、彼女達が話していた言葉とはまた種類が違うような複雑な言語である。勿論、異世界に来る前に聞いたどの言語とも合致しないような物であった。
その上、レイチェルがその呪文を読んでいる途中に時おり、人間が出せないような音を発していて、賢也を少し驚かせた。機械音とも自然音とも似つかない不思議な音である。
しかし、言葉は分からないのだが、何故だかそれを聞いていると心が暖かくなった。心の芯から温まる感じ。言うなれば母親に抱きしめられる赤子のような感覚である。
そんな暖かな気持ちでいると、怪我人の周りに緑の光が何個も現れた。その光は蛍のように怪我人の下半身に集まってくる。それを見て怪我人は声を失っていたが、怪我人も同様に暖かい気持ちに包まれているようだった。身体中の全神経が癒され、気持ちよくなる感覚。一度味わったら忘れられないような物だった。
そんな暖かい感情の中で、緑の光は徐々に足の形を形成し始めた。その間も、眩しくなるぐらいの光がそのベットを包んでいる。ただ、その光を直視しても目が痛くなることはなく、とても暖かい気持ちが溢れてきていた。そんな様子を見て賢也は
「レイチェルの魔法は治癒魔法だったのか!? 」
と驚きの余り声をあげる。結構大きな声だったため、アリスは驚いたのか賢也の方をちらっと見た。
しかし、かなり集中しているのかレイチェルは賢也の声に気づくことなく、ただただ呪文を唱え続けている。額からは汗が流れ、見るからに疲れていた。ただ、レイチェルはそんな物、屁でもないと言わんばかりに呪文を唱え続けている。
半分ぐらい両足が現れた所で、光が弱くなっているのが見て取れた。さっきの光が嘘のように弱々しい。それを見たレイチェルが
「アリスちゃん、ちょっとお願い」
と少し余裕が無そうな声で言う。最初会った時には感じられないような弱さがそこからは感じ取れた。
そんな彼女を心配してか、その言葉を聞いたアリスはすぐさまレイチェルの肩に手を置く。そして、何かを流すように力を入れていた。
そうすると、緑の光は今までよりも集まってきた。その上、光の強さも圧倒的に強く輝き始める。先程までも十分に眩しかったのに、今はサングラスが必要なぐらいの眩しさだった。それなのに、その光には全く不快感がなく、寧ろずっと見ていたいとすら思うほど暖かい。天使に抱かれるような感覚だ。
尚且つ、さっきよりも早いスピードで足が生え出していた。その速さは少し気持ち悪いぐらいとさえ思えるぐらい早い。それでも、足は成長を続けている。
数十秒後、突然光が消えた。線香花火が消えるように、切なさを感じさせる消え方でだ。何とも言えない物悲しさを感じつつ、賢也は怪我人の足に注目する。そうすると、そこにはそれまで無かった怪我人の足が完璧に生えきっていた。足が怪我人の体からしっかりと生えていたのだ。
怪我人は余りに突然のことにポカンとしていた。衝撃的すぎて、何度も目を擦っていた。
ただ、そんなことより、目の前に存在する足が気になり出し、すぐに目の前の足を動かしてみたりする。そうすると、足は本当に動いた。怪我人が思った通りに足は動いていたのだ。
親指を曲げたいと思えば曲がるし、ふくらはぎを動かせば動く。そんな当たり前だが、足を失った自分では今後一生出来ないような事が出来ていた。それを見た怪我人は泣きながら
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と感謝していた。涙と鼻水でぐちょぐちょになっている。本当に心の底から嬉しいようだった。そして、それと同時に心の底からレイチェルに対して感謝していた。
それに対してレイチェルは
「全然感謝しなくていいよ。
これが私、治癒士の役目なんだから」
と自信満々に言う。
賢也はその姿が少しかっこいいと思った。




