第八話 目覚めの朝
賢也が瞼を開けた時、一番最初に目に入ったものは見知らぬ天井であった。その天井は木造であったが、どこか強さを感じるものだった。
賢也はなぜ自分が見知らぬ天井を見ているのか考える。覚えている限りの記憶を引き出した。
「ドラゴンモドキに襲われて、赤毛の女の子のアリスに助けられて・・・・ その後、言葉が通じなくて困ってると金髪のレイチェルが言語石をくれて・・・ その後どうなったんだ? 」
賢也はぶつぶつと独り言を言いながら考える。すると、脳裏に電流が走ったように思い出した。あの体を焼き尽くす痛みをだ。賢也はあの時、ドラゴンモドキの火の玉を確実にくらっていた。その証拠に体が溶ける感覚を覚えている。焼かれながら声にもならない悲鳴を上げていた記憶もある。
それなのに、彼は生きていた。生きているのだ。とてつもなく奇妙な話であった。確実に死ぬダメージを負っていたのに、今の賢也は無事どころか体が今まで感じたことがないぐらい元気であったのだ。それだけでなく、汚くなった学ランも知らない服に変わっていた。
「ここは天国なのか」
と賢也は真剣に言う。どうやら、賢也は自分が死後の世界にいると思ったようである。非常に間抜けな考えに思えるが、彼が勘違いするのも納得できるぐらい、彼の炎に焼かれる記憶は鮮明に存在していた。それくらい、ドラゴンモドキの最後っ屁は彼に死というイメージを与えるには十分であった。
そんな真剣に天井を見ている賢也に向かってリンゴが投げ入れられる。顔に直撃しかけたが、反射的にキャッチをする。
そのリンゴを投げた奴に文句を言ってやろうと思って見てみると、そこにいたのはレイチェルであった。椅子に座ってリンゴをかじっている。かじったリンゴの汁が溢れ出す。1度では食べきれないほどの汁にレイチェルは若干困りながらも美味しそうに食べていた。そして、あらかたリンゴを食べ終わった後口を開く。
「ここら辺のポムはやっぱり上手いなぁ」
そう言いながら賢也の横にあるリンゴが山ほど入ってるバスケットからリンゴを取り出す。そして、またむしゃむしゃと食べだした。
賢也は心臓が止まりそうになるぐらい驚いた。何故なら、レイチェルは確実にあの火の玉を避けたはずなのだ。絶対避けたのだ。それなのに、今レイチェルは賢也と同じ場所、つまり天国にいるのだ。
「レイチェル、君も死んだのか? 」
と悲しい顔をしながら恐る恐る聞く。彼はかなり本気で悲しんでいた。自分のせいで彼女を殺してしまったことに。
そんな賢也を裏腹に、レイチェルは初め彼が何を言っているのか理解できなかった。余りの理解のできなさに軽く恐怖すら覚えたぐらいだ。しかし、数秒経って彼の言い分を理解した。理解したのだ。
そうすると、
「ぷーくすくす、もしかして自分が死んだと思ってるの? これは傑作だよ 」
とレイチェルは大笑いし始めた。笑いを抑えられずに吹き出している。それぐらい、面白かった。しかも、その笑い方がとても、とても、はしたない笑い方であり、女の子がしていい笑い方ではなかった。だが、レイチェルはそんなことを気にすることなく、ゲラゲラと笑い続けていた。
この反応を見て、賢也はようやく自分の状況を理解した。どうやら賢也は死んでなかったらしい。
その事に気づいた賢也は、自分がとんでもない思い違いをしていて恥ずかしくなった。顔は赤くなり、胸がドキドキし始める。そして、何よりこの間違いをレイチェルに聞かれたのが恥ずかしかった。こんな人の気持ちも分からなそうな奴に聞かれたのが末代までの恥であったのだ。
そんな恥ずかしさを隠すように賢也は尋ねた。
「なぜ僕は死んでないんだ。確実にあの火の玉にあたったのに!? 」
レイチェルはその質問待ってましたとばかりに笑うのを辞めて、自慢げに聞いてきた。
「それね。それね。気になる?」
賢也はレイチェルみたいな奴はもっとずっと長い間、からかい続けると思っていたので、意外な反応に少し驚いた。それでも、自分があの火球をくらって、生きている理由は気になったのでレイチェルの質問に素直に答えた。
「ああ、気になる」
と固唾を呑んで言う。かなり心臓の音が跳ね上がったのが分かる。ドクンドクンと鼓動が速くなる。自分が生きている理由が知れるということでワクワクしていた。
「賢也くんが生きている理由はね・・・・ 」
レイチェルは質問の回答を少し溜める。レイチェルは溜めている間は少し意地悪な顔をしていた。それが賢也にとってもどかしかった上に、腹が立っていたのは言うまでもない。そして、数十秒ぐらい溜めた後に
「ずばり、私の魔法おかげなの。パチパチ。感謝してね」
と胸に手を当てて誇らしげに言った。その顔はドヤ顔を知らない民族が見たとしてもその概念を理解できるぐらい、ニチャアとしていた。ただ、それを言った後、バツの悪そうに
「まぁ、でも私がもっと早く魔法使ってればこんな痛い思いはしなかったけどね。てへぺろ」
と舌を出しながら言った。彼女自身防げる傷を防げなかったのは少し悪いと思っているようである。それでも、彼女の中では私はこいつの命の恩人様だぁ、と言う自分を肯定する気持ちの方が強いのは言うまでも無い。
賢也はこいつに感謝するのは癪だなと一瞬思いつつも
「そうか。それでも見ず知らずの人を助けてくれて、本当にありがとう」
と珍しく心の底から感謝した。レイチェルは確かに人間性に問題はありそうだが、仮にも命を助けてくれたため、一応感謝はしたのだ。それでも、少し釈然としない気持ちにはなったのだが・・・・
そんな賢也にレイチェルは目を丸くして
「普通に感謝してくれるんだ!? 賢也くん性格悪そうだからありがとうとか絶対言わないと思ったのに・・・・ 」
と驚いていた。賢也がレイチェルを見た目で屑であると見抜いた通り、彼女も同様に彼がクズだと見抜いていたのだ。流石の賢也もこの言い草に呆れながら言った。
「君の中での僕は一体どういう人なんだよ。」
「私の観察眼によると、昔から顔が良くて何でもできた完璧人間だけど、性格はとても悪い人」
レイチェルは間髪入れずに、自分の思った賢也の第一印象を伝えた。賢也はそれを聞いて、最後の部分以外当たっていることに驚く。余りの当たりように自分のファンか何かと疑いすら持ったぐらいだ。それでも、最後の部分が外れているため、彼はガチファンを名乗るにはまだまだだなと謎の上から目線をしていた。実際はレイチェルの言ったことは全て当たっているのだが・・・・・
そんな会話をした後、賢也はふと疑問に思う。
「僕をどんな魔法で助けたんだい? 」
レイチェルは再びその質問を待ってましたとばかりに自慢げになる。賢也はレイチェルの自慢は懲り懲りと思いながらも、魔法の説明の話の為そんなことは一瞬で気にならなくなった。
「私の魔法はね...」
「君の魔法は...」
と賢也は続ける。賢也はどんな回答が帰ってくるか楽しみにしていた。
あんな絶望的な状況をどのような魔法で切り抜け、賢也を助けたのか兎に角気になっていた。そして、いつかはそんな魔法を自分が使うことが出来るのではという期待をしていたのだ。
レイチェルが自分の魔法を言おうとしたその瞬間、
「ちょっと、レイチェル来て」
アリスが無機質に呼んだ。
その呼び声を聞いた瞬間、レイチェルはすぐに立ち上がり、ドアの方に向かって走り出した。凄まじい切り替えの速さである。
「あっ ごめん。行かなきゃ。この話はまた後でね」
レイチェルは賢也に少し悪いと思いつつも、アリスの頼みの方が重要な為、すぐさま動き出した。
「えっ!? ちょっと待ててって」
賢也は予想外の邪魔が入ったことに動揺する。もう少しで魔法の名前が言われる所で邪魔が入るなんて思ってもいなかった分、動揺も大きかった。そんな動揺の中、
「せめて、なんの魔法だか言ってくれ」
と賢也は懇願する。その頼み方は路上で物乞いするような切羽詰まった感じであった。そこには御曹司である彼の姿はないに等しかった。そんな賢也を気にすることなく、
「いくら私のことを知りたいからって、待てを知らない子は嫌いだぞー」
とウインクをしながら言う。そして、すぐさま部屋の外へ出ていってしまった。
お前のことはどうでもいいんだ、魔法を教えろと叫びそうになったがぐっと堪えた。流石に堪えたのだ。
その結果、賢也は「待て」をしなくてはいけなくなった。




