安土城奪還
日野城に匿われていた信長の妻、濃姫に会うことになった。信雄の父親の正室だが、信雄の母親ではない。ちょっと、複雑な関係だな。
いざ対面すると、開口一番、濃姫はこう言った。
「三介殿、我が夫の城、安土城を取り戻してください!このままでは悔しい!」
さすが信長の妻、道三の娘。夫が亡くなったばかりなのにキリッとしている。それに美人。
「明智めは城の中にあったお宝を家臣や城下の者に配ったというではありませんか! なんたる屈辱!」
憤りが抑えられないのか濃姫のトークは勢いを増す。
真偽不明だが、安土城に置いてきた宝を光秀が城下に配ったという噂が出回っていた。これを聞いた濃姫は怒りまくっているのだ。蒲生殿が安土城を退却する時、あえて置いてきた宝だという。「欲に目がくらんで宝物を持って逃げた」と世間に思われたくなかったからだとか。名誉を重んじる武将らしいな。
「三介殿! 頼みますよ! 安土城を必ず取り戻してください!」
濃姫の安土城への強い想いは充分すぎるほど伝わった。そうだよな、彼女にとって安土城は夫の形見みたいなもんだ。
だが、安土城奪還のプレッシャーを濃姫から必要以上にかけられてしまったような気が……。俺の目標は「天下獲り」だったはずが、いつのまにか「安土城を取り戻す」にすり替わっていないか……。
とりあえず、戦況が落ち着くまでは蒲生殿に濃姫を預かってもらうことにした。落ち着いたら土山の陣所にいる人質、茶阿ちゃんと交換する形で濃姫を引きとる。織田家の人間として、俺は濃姫の生活のめんどうを見ていかなきゃいけないかもしれないな。
それよりも今目の前にある問題にとりかかろう。
安土城にいる明智弥平次だ。
明智弥平次といえば、「湖水渡り」だ。
山崎合戦の光秀の敗北を聞いて弥平次は安土城を捨てて坂本城を目指す。道中、織田方の武将と戦いあわや敗死の危機であったが琵琶湖を泳いで渡り坂本城に無事たどりついたという伝説がのこる──という話をWikipediaで見たことがある。
転生してきた信雄は山崎合戦に参加して手柄をあげたいので、一刻も早く弥平次を討って安土城をとりもどし、山崎に向かいたい。弥平次に湖水渡りさせるわけにはいかないんだ。その前に討たなきゃ。
◇
六月九日。山崎合戦まであと三、四日。
曇り空の下、俺と蒲生の兵たちは安土城に攻め入った。とにかく全軍投入の力攻めだ。もちろん、安土城を燃やさないようにと堅く命じてある。
攻めること数時間、雨が降りだすとほぼ同時に兵たちの歓声が聞こえた。兵による知らせでは明智弥平は天守で自害していたという──歴史が変わった……。
勝った!
安土城を取り戻した!
俺は家臣ズを連れて悠々と安土城に入った。初めて間近で見る安土城は美しかった。雨がしたたる天守閣、本丸へと続く長い階段にはうっすらと霧がかかっている。階段を登っていけば、この世ではないどこか異世界にたどりついてしまうような…そう思わせる美しさだった。前世の伊勢志摩旅行で見た安土城(元伊○戦国時代村の)とは全く違う!
これは燃やしてはいけない。後世に遺すべきものだ。
◇
六月十日──
安土城を取り戻した俺が次にするべきことは、光秀を討つこと。秀吉が戻ってくる前に行動を起こさなきゃ。今、光秀はどこにいるんだろう。
家臣に相談しようとした時、知らせが入った。
「北畠具親が伊賀衆と組んで松ヶ島城を攻めようとしています!」
突然のことに動揺を隠せない俺。「キタバタケトモチカ」て誰? 松ヶ島城を攻めるてどういうこと? 教えて家臣!
「数年前、御本所様(信雄)が殺害した具教卿の弟君です。北畠家を取り戻そうと御本所様に一度刃向かいましたが鎮圧され行方不明になっていました。どうやら伊賀に潜伏していたようですね」
「それで、本能寺の変で混乱しているこの機に乗じて、具親は松ヶ島を攻めようとしている?」
「そういうことです」
なんてことだ。俺の敵対勢力は伊賀衆だけじゃなかった。北畠具教の弟からも恨まれてたのか。
──松ヶ島には信雄の奥さんがいる。しかもお腹には赤ちゃんが……。具親にとって奥さんは姪っ子。姪っ子の命を奪うとは考えにくいが、だが、伊賀衆はどうだろう。伊賀衆にとっては俺の妻も子も憎いはず──。
「御本所様、今すぐ松ヶ島に戻りましょう! 本拠地である松ヶ島を奪われますぞ!」
家臣が強い口調で提言する。
でも、今松ヶ島に戻ったら、光秀を秀吉信孝に討たれてしまう──。
勢州軍記には、蒲生が信長の妻を安土城から連れ出したとありますが、それが濃姫だったかどうかはわかりません。この物語では濃姫説を採用しています。
また、具親と伊賀衆が本能寺の変直後に連携した史料はありませんが、この物語では主人公が色々動いた影響で本来の歴史とは違うものになりました。




