俺はバカになる
俺が転生したことによって少しだけ歴史は変わったみたいだ。明智弥平次は山崎合戦が終わった後に坂本城で死ぬはずが、俺に攻められ安土城で討死した。今は六月十日。山崎合戦は十二日か十三日だったと思うが…もしかしたら、山崎合戦の日にちも早まるかもしれない。
どちらにしろ、今から松ヶ島に帰ったら、俺は山崎合戦に参加できずに天下を獲り損ねるだろう。清洲会議で織田の後継者候補にもならない。さんざんバカにして見下していた信雄と同じルートを俺は辿ることになるんだ。そこんところの歴史は変えられないのか。
変える方法はある。松ヶ島に帰らない選択肢。つまり、妻とお腹の赤ちゃんを見捨てるということ。
俺の配下の兵を分割して、一部を松ヶ島に向かわせ、残りの兵を山崎に向かわせるというのも考えたが、それを実行するには兵数が少ない。松ヶ島を守ることも山崎合戦で手柄をあげるのも無理そう……。
今、松ヶ島城は守りが手薄になっている。攻められたら数時間も保たないだろう。
そうなったら、奥さんはどうなる? お腹の子は?
伊賀衆は奥さんも子も憎いだろう。二度目の伊賀攻めで、伊賀の女子どもは犠牲になっただろうから、伊賀衆から見たら、恰好の復讐材料じゃないか。
それに、北畠具親。姪っ子を殺すとは考えられないが、信雄の血をひく腹の子を許しはしないだろう。具親の目的は信雄に乗っ取られた北畠家を取り戻すことだろうから。
懐の巾着袋を取り出す。奥さんが持たせてくれた御守りだ。
転生してきたばかりの俺にとって、奥さんも腹の子も他人だ。俺は出会ったばかりのよく知りもしない女のために、天下を諦めるのか? そんなのバカだ。
見捨てて今から山崎に向かえば、光秀を討って織田の後継者になれるかもしれない。
御守りを握る手に力が入る。俺は、バカにして見下してた信雄とは違うんだ。でも、でも──。
「御本所様、いかがなさいますか? 松ヶ島に戻りますか?」
家臣のひとりが問いかけた。
「今すぐ松ヶ島に戻ろう」
俺は決意した。天下を諦める。
「俺は歴史に名を残すバカになるよ」
女のために天下を諦める大バカだよ、俺は。見下していた信雄よりも愚かだ。
◇
大急ぎで松ヶ島へ帰ることになったが、俺には一つ気がかりなことがあった。
安土城だ。
俺がいなくなった後、燃えちゃうんじゃないだろうな?
で、宣教師の日記だか手紙にボロクソに書かれるんじゃ?
わずかな数でも兵を残しておいて安土城を見張ってもらうことにしようと思う。
「新九郎、安土城を頼む。何かあったら消火活動してくれ!」
小川新九郎に安土城の留守居を頼んだ。新九郎は初めの安土城攻めで失敗してから元気がなかったのだが、俺の頼みに発奮したようだ。
「お任せください! 新九郎、命を賭して安土城を守ります!」
新九郎に安土城を任せると俺は松ヶ島へ出発した。




