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「片付いたみたいだな。悪党どもにはいつか報いが来るもんだ。よくやったぞアトレイシア、お前が居てくれたのは今日一番の幸運だった」
そう言いながら現れたリベックシャーは、十字を切ってイーラに感謝してる。皮肉?
「どうした? ……ああ、敬虔そうなとこ見せちゃったな。手癖だよ、信仰心からじゃない。それより、そいつは環境のために処分するのか? 埋めたところで土を汚染するだろ、いかにも汚物って感じだ」
「まだ息がある」
気絶したままのブッチはリベックシャーからゴミ同然の評価を得た。殺しておこうか。他にまだ息のあるやつらもどうしよう。一応、動けるやつは逃げ去って、残ってるのはブッチ以外、放っておけば死ぬ。
「放っておけばくたばるだろ?」
「誰か治癒術を使えるやつがいるはず」
「治癒術? どうりでブッチが元気だったわけだ。……別にいいだろ。これ以上追ってきても、お前の敵じゃない。処分するのに費やす時間も惜しいしな」
息があっても依然ゴミとして見られてるブッチには幾ばくかの同情心が……別に芽生えないな。食欲も沸かないし、このまま朽ち果ててほしい。相手したくない。
「ん。そうかも。……とにかく、これで邪魔なやつらはいなくなった。早く寝床に戻って」
「そうだな。でも、目が冴えてしばらく眠れそうにない。お前は本当に頼れるやつだ。ペイロンのやつがお前のことをティジェネの悪夢だって言って騒いでるのが聞こえたけど、まさか本人か?」
リベックシャーは死体から上着を分捕りながら、こっちに視線を向けて目をきらきらさせてる。有名な話なのかな、有名人にはなりたくないな。
ティジェネはわたしの養子先だったポゼライエ家が治めてる街で、領地の一部。そこで事件が発生すれば、因縁のある獣人のわたしが疑われるのは当然。だったら獣人のせいにするのも校正教会ならもちろんのこと。
「そんな呼び名初めて聞いた。別人」
「なんだそうか。そうだよな、ティジェネなんてうん千リゼールも離れた街だし、犯人が領主の養女だった獣人だってのもただの噂だもんな。でも、もし本当ならその……あのスズリカだって生きてたんだろ? ティジェネの悪夢も実は生きてるんじゃないのか?」
案外すんなり納得してくれたけど、リベックシャー厄介な期待を残したまま。まあ、悪夢さんはわたしのことだから犯人なのは間違いないけど、しらばっくれ続ける以外にない。しかし、手配書が回ってたにしても、なんでトメクスレン人がこんな話を憶えてるんだろう。
「生きてる方がいいの? 獣人かも知れないんでしょ?」
「あくまでも噂、確かなのはティジェネを治めてた領主が獣人好きだったってことだけだ。だから、校正教会に潰されたってのもあり得る。評判のいい大領主だったから、反感を買わないように獣人の仕業に仕立て上げたってわけだな。でも、ただの陰謀で済ませてちゃロマンがない。ティジェネの悪夢にはロマンがある。獣人でも聖教師でも生きて実在しているなら嬉しいさ」
……なるほど? まあリベックシャーって端から獣人嫌ってそうな仕草してなかったし、どっちでもいいのか。
「イマイチ腑に落ちないって顔だな。人づてに聞いた話なんだがな、凄いんだぞ。ポゼライエ家に使えてた武人たちは剛勇で知られていて、前の戦争じゃ獣人を何人も仕留めたんだ。御抱えの魔術師だって優秀だった。それなのに繰り返される殺人を止めることはできず、なんの手懸かりも得られないまま家臣団は壊滅、生き残った奴は領内から逃げ出して行方知れずらしい。獣人でも聖教師でも、そんなことできるのは一握り。有名にもなるわけだ」
「ふーん」
「興味なさそうだな……」
あの家に仕えてた人、武芸家はいたけど、そんなに強かったかな。できそうな人に心当たりがあり過ぎて凄い気がしない。イオリカたちはもちろん、重役の面々なら全員それくらいできるよ。わたしができたんだし。
そう考えると、わたしにスズリカにヴィリアと、ギンギツネだけでも3人もその「ティジェネの悪夢」候補がいるんだから、わたしが本人だって特定される心配はないか。ハブラが特別なくらい……いや、ハブラも確証がないまま決め込んでるだけだったかな。
「ともかく、ティジェネの悪夢やスズリカ、それにお前みたいな強い獣人が何人居たって困らないだろ? 困り者なのは聖教師と教会だ。負けが込んでも態度がデカいし余計な口を利く。あれじゃ今にみんな目を覚ますさ」
リベックシャーの口から発せられる言葉は教会批判にまで至った。どうやらこの若い将校にも教会への不満があるらしい。プライトではこれといった戦果もないままトメクスレンから撤退して、ベーレーレン軍に前線を任せたまま反撃する素振りも見せないんだから当然か。
「……どうだろ。どうなるにせよ、それまでは口に気を付けないと、命がいくつあっても足りない」
「まさか。教会に何ができる? ハーベスじゃもっと過激なこと言ってる連中が増えてるって聞いたぞ。誰も取り締まってないんじゃないか?」
ハーベスで、過激なこと言ってる連中……? ヴィシネーフスキーたちのことかな。戦闘団としてはほどほどにしてほしいと思ってたのに、頼もしい後援者に恵まれてどんどん数を増やしてる。確かにあれが放置されてるくらいなら無名の新米将校が何を言ってもいい感じも……する?
「それは……そうかも。でも、リベックシャーは神聖連邦の軍人さんでしょ。追い出されても知らないよ」
「そしたら戦闘団に志願するさ。もともと正規の軍人なら配属先にも困らないだろ? 槍騎兵にでもなれば一生自慢できる。これでも乗馬は得意なんだ」
「それこそ長生きできない」
槍騎兵になるだなんて、失礼だと思うけど笑っちゃう。確かに槍騎兵の人気は頭ひとつ抜けてて、通りを往けば町娘たちから黄色い声援とラブコールが投げ付けられるけど、声援に応えて生きて帰って来れるかは運次第。
「槍騎兵はモテる上に、騎兵にしては生存率が高いから騎士たちにも人気なんだ。貴族たちの中には、戦闘団の活動を援助する見返りに自分の子供をひとり、槍騎兵にしてほしいって相談してるのもいる。ベーレーレン人の槍騎兵は育ちの良さそうなやつが多いだろ? みんな武家貴族の次男坊か三男坊、おれが加わってもいいさ」
「ロマロウじゃ、調子に乗ったベーレーレン人たちが一回の突撃で壊滅してる」
「独断専行だろ? ヤンコフスキ隊長の指揮は神懸かりだって評判だからな、そんなヘマしないさ」
リベックシャーは情報通なんだろうな。仲がいいわけでも付き合いが長いわけでもないブッチたちの経歴を知っていたし、戦闘団やハーベスの現状もそこそこ知ってる。
ヤンコフスキのことに関しても、確かにその通り。ヤンコフスキは神懸かりに思えるくらい騎兵の指揮が上手い。騎兵大国ベーレーレンでは、優秀な騎兵指揮官は国籍問わずとかく評価されるから、ヤンコフスキは格別の存在。イェロー将軍麾下の騎兵指揮官なんか、ヤンコフスキの評判を聞けば闘争心剥き出しだとか。ニンゲンとしてはまだまだ若いリベックシャーが夢を見るのも仕方ない。
「確かに、あいつら勝手に突撃した。――はい、土かけてあげるから、早く入って」
「ああ、悪いな、手間かけさせて」
少しの間離れてたけど、焚き火はまだ燃えてる。リベックシャーによって破壊された寝床を掘り直して、リベックシャーをもう一度寝かせれば、わたしもひと休みできる。
「戦闘団の噂なんて、コルトコバまで届いてる。校正教会のそれに比べたらかなりいい内容だった。獣人がいるのにな。戦争が終われば、新しい時代が待ってるんだ。トメクスレンだっていつかは復興できる。イーラ教会に消えて無くなれとまでは言わないが、校正教会なんてものは消えるか生まれ変わった方がいい。二度とあんな奴等にトメクスレンの土を踏ませたくない。おれはあんな奴等嫌いだ」
他に誰もいない今なら恨み言を言い放題と気付いたか、リベックシャーの教会批判は段々と熱を帯びてきた。思ったよりしっかり恨んでる。でもなんだか、ちょっと子供っぽいかも。わたしと同レベル。
教会批判は好物だから、適度に頷きながら言いたいように言わせて楽しんでいると、喋りたいこと喋ったリベックシャーは満足気に目を閉じた。分捕った服で顔を覆ってるから寝心地が改善してるはず。ゆっくり寝るといいよ、戦線復帰すれば地獄も味わうだろうから。
……よし、リベックシャーが寝付いたから、わたしはひとり遊びに興じよう。取り敢えず穴を掘る。掘った土をこねて固めて火で焼く。そしてそっとリベックシャーに積む。起きるまでに何処まで積めるかな。楽しい。
ときたま焚き火に薪を投入しつつ、時間を忘れて遊び続けて、気付けば獣人ひとりくらいうずくまれば納まる程度の穴ができた。これは居心地がよさそうだ。入ってよう。
穴の中で丸まってみると、やはりなかなか悪くない。いや、かなりいい。ちょっと幸せ。
「――なんだか、凄いことになっている……」
あれ? 風の音に紛れてよく聞こえなかったけど、ケイトの声がしたような。
土に耳を当ててみると、足音も近付いてきてる。間違いなくケイトだ。やった、探しにきてくれたんだ。こっちこっち、はやくきて。
待ち切れず鳴いて呼ぶと、ケイトは迷わずこっちに向かってきて、直ぐに顔を見せた。
「アトレイシア、こんなところにいたのか。……どういう状況なんだ? あちこちに人が倒れている」
「話すと長いし、終わったこと」
「ならいいか……」
しょせん些事。
そんなことより、こんなところまで来てくれたことに感謝を示さなくては。ありがと、ありがと。ケイトがいれば何処でも安心。しあわせ。
「アトレイシアの仲間か……? 助かった。いろいろあってな、方角を見失ってこんなところで野営する羽目になったんだ……。朝になったら部隊に合流する……」
わたしの鳴き声で起きていたリベックシャーは、今にも途絶えそうな声で軽く状況を説明してくれた。顔を覆ってるから土が増えてることにはたぶん気付いてない。
「そうか。朝になったら案内する」
そう言いながら、ケイトは穴に入ってきてくれた。案外入れるぞ。よくやった自分、これでもかなり快適。ケイトの顔をぺろぺろして――よし、
「ねる。おやすみ」
こうして、戦場の片隅で始まった数奇な男との奇妙な逃走劇はひっそりと幕を下ろした。最初は知らないニンゲンに囲まれて嫌な思いもしたけど、最後はなかなかいい感じ。




