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「テメェも丸焼きにしてやる。さぁ、来い」
火で焼かれる以前に、おじさんの吐息で撒き散らされる油浴びることの方がなんかヤダ。時間を掛けず、真っ向勝負でばばばっとやっちゃおう。
「旦那ぁ、こいつはどうやらアンタのことが気に食わねぇみたいだぜ」
「火を使われちゃ、ケダモノには都合が悪いからな。下手に手を出すなよ。次は切り落とされるぞ」
いや、火じゃなくて……。駄目だ。心のカトリナ、カクリナ、アールグニー、誰でもいいから言ってやって。「てめーの撒いてるばっちい油がイヤなんだよ。わきまえろおっさん。このハゲ」とでも。うーん、イマイチ切れ味がないな。もっと練習してきて。
「そんなことは言われなくとも。イッヘへヘヘッ、いくぞぉ~、その面の皮削ぎ落として食ってやる」
鉤爪男はよほど鳥人ごっこで鳴らしてきたんだろうか、調子に乗ってふざけたこと言ってる。火を使えば獣除けになるから自分たちが有利と思ってるのかな。それともまさか、もっと珍妙な技を隠し持ってるわけじゃないよね。
二人は一歩一歩、ゆっくりと距離を詰めてくる。ブッチが少し前に出てるけど……二手に分かれて挟み込むわけじゃないのか――と、思ったところでブッチが仕掛ける素振りを見せて、直後にシャジャが速度を上げて飛び掛かってきた。
無駄にフェイント仕掛けてきたのが若干癇に障るけど、これでやっと鷹爪拳らしい技を見せてくれそうだから腕前を見せてもらおう。わたしは鷹爪拳と名のつくものはクラフ・シュフィルタしか知らないし、取り敢えず鳥らしく上方からの攻撃を重視してる拳法らしいってことしか知識ないけど。
「シャァッ、鷹爪段刃脚!」
常人とは比べものにならない脚力で飛び上がったシャジャは、頭上から二度蹴りを放ち、続けて擦れ違いざま頭部に鉤爪を繰り出した。さっきまでは連携を重視して動きが控えめだったけど、ようやく本領発揮だ。ニンゲンにしてはかなり頑張ってる。獣人基準では児戯。
シャジャの攻撃を凌ぐと、空かさずブッチが刃を振るい、結局また挟み撃ちの体勢になった。でも前後で挟まれた程度なら逃れる隙はいくらでもある。
「フーッ!」
……なるほど、離れようとしたら火炎放射で妨害して、自分たちの間合いから逃さないようにするわけだ。スタミナ勝負じゃニンゲンに分があるから、いずれは勝機もあるかも。二人がかりで互角程度の実力があればだけど。
左からサーベル、右から鉤爪が迫って来る。跳んでブッチの背中を取ろうとしたら、下からもう一方の鉤爪……は、もう外してあって、爪先の尖った篭手が伸びてきた。シャジャの反応は獣人もびっくりの速さ。少し遅れながら、ブッチも右足を引いて斬り上げに入ってる。
シャジャの手をナイフで弾いて、ブッチの頭を蹴り付け体勢を崩し、着地より先に得意のナイフ投げといこう。ブッチの命と自分の右足、鉤爪はどっちを守るかな。
「ふぉっ!」「ハハッ!」
おお。シャジャは自分を守ったけど、ブッチは崩れた体勢を立て直そうとせずに地面を転がって致命傷を避けた。上手いやり方だ。こいつやたら地面を転がってる気がするから、鍛えてるのかも。転がり術的なものを。
ただ、今回ついに持っていたカンテラが手を離れた。両手が空いてるから拾い上げて、起き上がろうとするブッチの頭に叩き付け、続けて背後に迫ってる鉤爪男にぶん投げる。溢れた油に引火して、新しい灯りの出来上がり。木を焼く者は我が身も燃やす。まあ、木を燃やしたのブッチだけど。
「ィヘヘッ、このガキ――」
炎をものともせず迫るシャジャは後回しにして、起き上がろうとするブッチの顎を蹴り上げると、ブッチは「グェ」っと言い残して伸びた。しばらく起き上がりはしないはず。
背後から、まあ性懲りもなく伸びてきてる鉤爪は適当にやり過ごして、先に投げたナイフを回収しようかな。予備に予備にと次第に数が増えてるけど、今日はそんなに持ってきてないから、もう全部投げちゃった。もう2本くらいは持っててもいいな。
「ヘヘッ、そうあしらわれちゃ傷付いちまう。待てよ獣人、舐めたことしちゃイケないぜ」
鉤爪男が笑ってる。頭のネジが飛んでるってこういうのをいうんだろう。興奮のせいか、それとも元からパァなのか……。最初からテンション高めだったから後者かな。
「アァン? どうした、なんだその目はァ? 虫でも見るような目で見やがって、エヘヘヘヘッ!」
うわぁ、目付きが凄い。首なんてめちゃめちゃかたいで、いまにもぽろって取れそう。
「お前、変なやつ。面白い」
「オレはなァ、ニンゲンさまの中のクズさ!」
人としていくらか怪しいところはあるけど、自己認識能力は案外マトモそうだ。何故かちょっと安心した。これなら言ってる最中に残ってた鉤爪を外したことの方が問題かも知れない。最大の特徴が失くなっちゃった。
まあそれでも、篭手の指先も鋭く尖ってるから引っ掻かれたら依然痛そう。それと手のひらを地面と水平に伸ばしゆらゆらと漂わせる構えには、意外とスキがない。
「さァ、かかってこい……」
あ、首が元の位置に戻った。
いまさらこのニンゲンひとり相手にするのは簡単そうだけど、様子がどんどんおかしくなってるのが気に掛かる。もともとそこそこやり手だし、まずは観察がてら拾ったナイフを投げてみよう。楽しめそう。
「シッ!」
投げたナイフは男の指先で方向を変えて、わたしに返ってきた。誰しも一度は挑戦する手首を返すやり方じゃなくて、柄を挟んで持ち上げて、下ろす動作で投げ返す形。驚くほどのことじゃない。
頭を傾けて躱して、わたしも柄を掴んでナイフを捕まえると、男が触った場所が微妙に湿ってる。これは例の毒かな。これで切れば向こうが悶絶するかも。
「おいおい、視線がお留守だ。ツレねぇなァ!」
再び跳躍した男の手刀が耳の脇を通過した。流れるような手の動き、なかなかできる。
両手のナイフで男の手刀を受け止めると、ナイフは男の指の間に張り付いたように動かなくなった。指の力が凄い。
でも、そこ鍛えるよりもっと他のとこ鍛えた方がよかったようで、正直なところ腕全体と見ると力は大したことない。両腕を左右に広げながら蹴りを繰り出すと、男はナイフから手を放し距離を取った。
「いい感じ」
「イヒッ、イイねその目。殺意も、恐怖も何もない、冷めた瞳……。気に入ったぜ。その目に恐怖が宿るのが見たい。お前みたいな奴を、おれは殺したい……」
変なやつ。
そんな変人の次なる一歩、靴底が地面に擦れる音がしたとき、右手に持ったナイフを投げた。
シャジャは飛んで来るナイフを見て薄ら笑みを浮かべて、それをまた指先で取って投げ返した。そして、わたしがナイフを躱した先に右の手刀を突き出す。思った通りだ、こいつは利き腕に頼り過ぎる。
わたしは空いた右手でシャジャの手首を掴んで引っ張り、がら空きの右腋下に左手のナイフを突き入れた。こんなのくらってくれるなんて、この男は強いんだか弱いんだか。
一瞬遅れた左手が空を掴んだ直後、下から肘にナイフを突き刺し捻ると、シャジャの右肘は壊れた。
「ギャァッ!」
流石に耐えられなかったか。右肺はそれほどとはいえ、右腕は使い物にならない程度に壊れてる。この男の異常な精神性なら戦えないわけじゃないと思うけど――、
「テメェ、ブッ殺してやるッ! 腕も脚もへし折って、皮を剥いでやるからナァ……!」
……怒りに任せて腕を振り回すだけか。うるさいし、もう片付けよう。突き出された腕を躱して、心臓を刺す。これで終わり。
「やっぱり、お前じゃ物足りない」
「うッ……んな……ッ」
間もなくバタリと倒れ、変人拳法家は事切れた。強かそうなやつらだったけど、わざわざこんなところまで死にに来てくれるんだからわからない。まあ、無駄にしぶといのは嫌だし、世の中にとっても都合がいい結果だ。




