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ブッチの繰り出す斬撃を躱してナイフで突き返すと、鉤爪男の腕が横から延びてきた。それを受け流すと矢が飛んできて、前後を挟まれて刃が唸る。
なるほど、こうして連携されてみると、自信を持つのもわからなくない。わざと隙を見せてこっちの反撃を誘ったら、死角にいるやつがその隙を突いて仕留める、ありきたりだけど効果的な戦術。それなりに場数を踏んで成功してきた経験が、大きすぎる自信に繋がったんだろうな。
「ははっ、流石の身のこなしだな。それなら――」
弓使いのペイロンが次の矢をつがえ、視線を向けた先には5体1の状況で熱闘を演じてるリベックシャー。これだから出てきてほしくなかった。リベックシャー……どっかいってて。残ってるのもわたしがあとで始末するから。
しっぽの毛に縛り付けてたネズミを手に取り、矢の軌道に合わせて投げると、放たれた矢はネズミを射抜いて落ちた。するとリベックシャーは狙われたことに気付いて、お礼を言いながらひとりを斬って森の奥へと下がってくれた。あの様子なら心配ないな。
「チッ、逃げられた。追った方がいいか?」
「よせ! こっちの手が足りなくなるッ!」
リベックシャーを助けようとすれば隙ができたように見える。いまが好機と仕掛けてきた二刀流男の肋に拳を叩き込んで、続いて鉤爪男の腕に手を置いて、跳び上がって頭にキック。外れちゃったけど気にせずもう一方の足でブッチの刀を蹴り付け、ここで一段落。お茶でも飲みたいな。
「うぅ……クソッ、人狩りめ、慣れてやがる!」
「疲れてるね。一服したら?」
そうだ、余興がてらここで軽くビビらせてやろう。と、思い立ったからもう一匹ネズミを取り出して、首もいで握って絞って生き血を喉に流し込むと、奥にいるペイロンがドン引きして一歩退いだ。悪くない反応だ。楽しい。
「コイツ、思ってたよりヤバいんじゃないか?」
「ビビってたら殺られるだけだ。向こうに行きたきゃ行けよ、狙いが逸れちゃこっちに当たる」
銃弾が飛んでくる心配をしなくていいのも、気楽でいいな。ブッチは一般的な片刃のサーベルにカンテラっていうパッとしない装備だけど、タバスは右に軍刀、左に短剣を扱う大小二刀流。シャジャは本当にクラフ・シュフィルタ使いみたいで、特徴的な鉤爪を生やした篭手を着けてる。それに加えて弓使いなんて、なんだかひと回り遅れてる感じ。ここじゃ拳銃持ってるわたしがいちばん文明進んでる。
「こいつ、ちょこまかと!」
「クソッ、気味が悪い動きで避けやがる」
無駄ごと考えてる間にも、ブッチはサーベルを振り回して騒いでる。野営地で受けたはずの傷が消えてるところ、誰かしらが治癒術が使えるはず。こんなやつらにも信じる神さまがいるものだ。まずイーラ教徒で違いない。
「刃が当たらないぞ。夢でも見てんのか?」
「面白い闘犬が残ってたもんだぜ。そんな避け方でいつまで逃げていられるか、試してやろうじゃねぇか」
鉤爪男のシャジャは戦闘狂の気でもあるのか、ブッチとは違うテンションの上がり方。ペスティス相手にこれなら褒められたものなのに。
なんにせよ、この男は厄介だ。積極的に攻撃してこないけど、ほかの3人を攻撃しようとすると邪魔してくる。
鉤爪男から倒そうかな……いや、この状況では厳しいか。ちょっとくらいは我慢して他を狙おう。弓を持ってるのは常に鉤爪男の後ろにいるから、曲刀コンビのどっちか。
「シャァ!」
わたしの動きに隙を見付けた鉤爪男が仕掛けてきた。低い位置からの腰を狙った突き、残る二人も首と胴を狙って横凪ぎにきてる。ここがいい。鉤爪男は右手側をカバーしきれないし、そっちの男はわたしが背を向けてるから少し油断してる。獲物の背後を取ると直ぐに油断して隙ができる。ニンゲンってそういうもの。
後ろに下がって、逆手に持ったナイフで背後にいたタバスの肝臓を突くと、直後に伸びてきた鉤爪がわたしの右腕の肘を裂いた。欲張って捻ってたから手が残っちゃった。
「やったな、ザマァみ――うぉっ!?」
続いて飛んできた矢を掴んで、ブッチに投げ付けて距離を取ると、意外とあっさり追撃は止まった。矢は躱した方がよかったかな、前に出てきた方を片付けたかったのに。
「フーッ、やっと当たったな。――おいタバス、邪魔だからあっちいってろ」
「ったく、手こずらせやがって……ん? 眉ひとつ動かさねぇぞ? どういうことだこりゃ……」
お喋りなやつらだ。何言ってるんだろう、ほっといたら死ぬお仲間と違ってわたしはちょっとかすっただけで、腕を動かしても大した痛みはない。
「おい、ちゃんと仕込んだのか?」
「当たり前だ、あんただって見ただろ」
あ、そうか。爪に毒が仕込んであったのか。全然そんな感じしないけど、どんな毒だろう。ニンゲンが死ぬような毒でも獣人なら耐性があったりする。狩人ならその辺は知ってると思うけど、間違えたのかな。
「それじゃおかしいだろ、あの傷で平気なわけがない! まるで……そいつ、もう死んでるんじゃ……?」
「おいペイロン、落ち着け。死人が喋るわけないだろ。お伽噺を読み過ぎたか?」
4人の中でも弓を持ってていちばん狩人らしい男、ペイロンの動揺っぷりは頭ひとつ抜けてる。ブッチの声がまともに聞こえてないのか、早口になって喋り始めた。
「きっ、きっと驍粧だ。命を吸い付くすまで身体を蝕みながら、死の直前まで健康を装うとされる呪薬……。どんな猛毒でも、驍粧に侵された身体には通用しない。痛みだって、恐怖だって、感じなくなっちまう。そいつの目を見ろ! 間違いない、なんにも感じてないんだ。だから、そいつは――」
ペイロンはそこまで言って生唾を飲み込んだ。どうやらわたしを蝕んでる毒のことを知ってるらしいけど、そこから何か妙な想像に思考が飛んでるらしい。
「おいおい、馬鹿言うなよ。そんな薬、それこそ根も葉もない噂話に生えた尾ヒレみてぇなもんだろうが」
「馬鹿言ってんのはアンタだぜ、誰のツテで薬仕入れてると思ってんだ!? 驍粧は、マジなんだ。だから……そいつだって本物だよ! 銀毛のキツネとくりゃ間違いねぇ……ティジェネの悪夢だ! 勝てるわけねぇよぉッ!」
「あっ、待て!」
大声を出して騒ぐペイロンは、背を向けて一目散に逃げようとした。わたしをいろいろと置いてけぼりにして逃げるのはいいとして、背を向けて逃げるなんて狩人失格。どうなるか思い知れ。
背骨にナイフが突き刺さって、ペイロンが倒れるのを見ると、ブッチはひきつった顔でわたしを振り返った。ペイロンの言った話に覚えがあるらしい。
「馬鹿げてる。あり得ない話だ。ポゼライエ家の領地なんてここからうん千リゼールと離れてるんだからな。でも、もし本当なら……」
ブッチは少し考えた。そしてまた碌でもないことを考え付いた。表情でわかる。
「こいつの首を持っていけば、校正教会から一生遊んで暮らせるカネがもらえるってことだ。これ以上のチャンスはねぇ。シャジャ、二人で殺っちまおう」
「あんたまで逃げ出すんじゃないかと思ったぜ。ヘヘッ、おもしれぇ……最高の気分さ」
やっぱり死にたいらしい。ここまできたら都合のいい話だ。「ティジェネの悪夢」って痛々しい異名は初めて聞いたけど、わたしのことなんだろうし、そうじゃなかったとしても聞いたことのない話で面倒を被りたくない。
「アトレイシア、こっちは片付いたぞ。心配は要らないから好きに相手してやれ。それか手伝おう――って、なんだその血!? 噛み付いたのか? やめとけよ不味いだろ」
悠長なことしてるうちにリベックシャーの方が片付いて、長剣の切っ先をブッチに向けながらリベックシャーが再登場。こっちは怪我が残ってるのにけっこう強い。ていうか早い。さっき離れていってもうみんなやっつけたのか。
ふと、亡きハーベスの長男坊とリベックシャー、どっちが強いか気になった。どっちも武門の貴族で、ニンゲンにしては腕が立つ。まあ、他愛もないこと。片方もう死んだし。
「ん、いい。休んでて」
「舐めてくれるじゃないか。その舌切り落としてやる。未だかつて、オレのサーベルに斬れなかった奴はいない……」
ブッチはサーベルをくるくる回して、さっきまでとは違う構えを取った。戦い方を変えたところで何処までできるかな。大層なこと言ってるけど獣人が斬れそうには見えない。
先に来るのは……鉤爪男のシャジャか。こっちも少し感じが違って、さっきより手強そう。4人で連携するともなると拳法は制限されるし、ここからが本領発揮ってところか。
「シャァッ!」
伸びるような深い踏み込み、立ち姿で見るより間合いが広く感じる。
なんだか蛇人よりもヘビっぽい動作してるな。冬眠の時期をずらされたせいかいまだに寝てるつちのこちゃんの代わりに、こんな可愛気のないおじさんが出て来るなんて、損してる気分。……あれ? これって本当に鷹爪拳?
鉤爪に続いてブッチのサーベルが迫り、わたしは木の多い方へと下がった。達人も、聖教師も打ち負かしてきた得意の地形だ。向こうからしても慣れた場所だろうけど、狩人気取りの三流に負けてはやれない。
ブッチとシャジャはやっぱり、わたしの意図なんか気にした様子もなく追ってきた。自信があるのかお金に目が眩んでるだけなのか、正直よくわからない。
茂みの影に滑り込むと、二人は左右に分かれた。お得意の挟み撃ちみたいだけど、4人掛かりのときに比べたら大したことない。茂みの根元に糸付きナイフを刺して、茂みから飛び出し鉤爪男に攻撃を仕掛ける。
「ヒヒヒッ、怖ぇや! ――ん? ブッチ、糸だッ」
シャジャは左で受け止めて、右で反撃、こればかりだ。両手で同じもの扱ってるのに、パターンに幅がない。感覚で動く分、反応速度は優れているけど、もっと動きの幅を意識しないと駄目だ。でも、この糸に気付くくらい用心深いやつにこんな癖あるのかな。
シャジャの右爪を躱しながら手首に糸を巻いて引っ張ると、硬い感触がした。金属が邪魔で切れない。
まあいいや、このままブッチのとこいってまとめて括ってやろう。糸を警戒して動きが鈍ってるいまがチャンス。
「うぉっ!? な、なんて怪力だ……っ! 旦那ァ、糸を切ってくれぇ!」
「見えないぞ、何処だ!?」
振り下ろされるサーベルを躱し脇腹を撫で斬る。ここでブッチは機転を利かせて、わたしに引き摺られ迫る鉤爪男をジャンプで飛び越えた。ついでにサーベルを振って糸に当てることにも成功したけど、大分劣化してきてるとはいえホロビの編んでくれた糸はとんでもなく頑丈。これを切れるほどの名刀ではなかったらしい。びんっと弾かれてバランスを崩し、着地に失敗。擦り傷を増やした。
一方の鉤爪男は、木に激突する寸前で鉤爪を外すことに成功して脱出。しばらく伸びててもらえると助かったのに、上手いこと難を逃れるな。
「鬼畜め、見てろ――」
起き上がる前に仕留めてやろうと、鉤爪男に近付くわたしを見て、何を思ったかブッチは手に持ったカンテラに口を近付けた。火を消す気? そんなことしたところで困るのそっちだろうに。
「フーッ!」
「おお、炎だ」
「えぇ……?」
何をするのか興味が湧いたから立ち止まると、なんとカンテラに息を吹き込んで火炎放射を繰り出してきた。どんな仕組み? え、休猟期に曲芸師でもやってるのかこいつ。曲刀使いのおじさんは変な芸を覚えるものなのか。
「あ、木が……」
飛び退り炎をやり過ごすと、巻き添えを食らった木がめらめら燃え始めてさあ大変。森林火災だ。最近天気悪かったし、燃え広がりはしないだろうけど、戦車で轢こうが砲弾で吹き飛ばそうが大目に見るわたしでも火をつけられたら無性に腹が立つ。森がまるごと燃えちゃったらどうするんだ。ニンゲンが一生掛けても戻らないぞ。




