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「それでエセ鳥人さん、飛べる?」
「下手に動いたら力尽きて塵になる自信がある……」
エルミロードは再生能力の限界を迎えてるのか、回復が止まった。おしりの近くまで伸びてた髪は肩にかかる前で止まってるし、羽根も生え揃ってない。
「仕方ないなぁ、運んでいくね。――飛竜殺しさん、助かりました。ありがとう! かえるね〜!」
「え、ちょっと待って――」
この様子なら危険はなさそうだからと巻いていた糸を解くと、ミズはエルミロードを抱えてさっさと飛び立って、あっという間に小さくなった。あの、できればこっちのことも手伝ってほしかったです。
「面倒事に巻き込むだけ巻き込んで早々に帰りやがった」
「ね」
鳥人が力を貸してくれたら心強かったのに。と、リベックシャーもがっかりした様子でわたしに近付き、ひとまずわたしの頭をわしゃわしゃ。
「よーしよし、やっぱりお前が頼りだ」
現実逃避?
「移動しよ」
わたしがそう言うと同時に強めの風が吹いて、全身に寒気が走った。リベックシャーは手を止めて逡巡。
「そうだな……」
決まり。大分冷え込んだし、そろそろブッチたちも寒さで身動きできなくはず。野営できるとこを探そう。幸い森には困らない。ただ、何処も地形が少し高くなってるから、火を焚くと周囲から見えやすい。ペスティスが寄ってこないよう、なるべく光の漏れないところを選ばないと。ああ、面倒くさい。もう森なら何処でもいいか。
グリフォンとの予期せぬ戦闘と、惜しくも逃したミズとの別れ。想定外のことに振り回されたわたしの身体も、リベックシャー同様休息を求めてる。眠くはないけどひたすらごろごろしたい。当然リベックシャーはもう限界って感じで、たぶんこのままだと途中で倒れて面倒なことになる。
「ん、森があるからそこで寝ていいよ。火、焚いてあげる」
「それこそ大丈夫か? 何が寄ってくるか……」
「死ぬことからは離れられる。明るくなったら歩きやすくなるし、そのとき眠いくらいならいま寝るべき」
そうだ。ひとしきりごろごろしたらわたしはきっと退屈する。何か来てくれたらわたしの暇潰しになっていい。
反論はなかったから近くの森までリベックシャーを引っ張って歩き、無事に到着すると直ぐに風避けになるところを探した。乾いてるところがいいな。でも、早くしないと。
「はぁ……。少しはマシになったか? くそ、震えが止まらない。塹壕を、出なければよかった……」
取り敢えず奥へ進み、視界に入った中で一番大きい木のところにいってみた。風避けとしてはまあまあ。地面は微妙に湿ってる。表面だけみたいだから、あとで掘ってみよう。
「ここにする。腕立て伏せでもしてて」
「無茶を言ってくれるよ……」
なんてぼやきながら、リベックシャーは腕立て伏せを始めた。眠気覚ましになるし身体も温まるよ。
わたしはまず木に登って、鳥の巣を拝借。それから落ち葉があるところにいって、乾いた葉っぱを拾い集めて、それから乾いた枝も何本か確保。夜を乗り切るには足りないから、また集めないと。
「ひぃ、ひぃ……ま、まだか? うぅ、脚が……」
脚の傷が痛むようで、リベックシャーはうつ伏せで動かなくなった。体温を保つために運動してもらったけど、運動すると出血が増えるし、汗かくとあとから余計に寒くなるから悪手だったかも。なるべく温かい寝床を用意してあげよう。
「腕立て伏せやめるなら、火起こし手伝って」
「……もうちょっと可愛気があれば最高なのに。そもそもお前が――」
何か不満があるようで一瞬声を荒げたけど、思い直してくれたのか、リベックシャーは言いかけでやめた。
「気になる。なに?」
「何でもないよ。文句なんて言えたものじゃない。おれが巻き込んでることだ、おれが悪かった」
「……悪いことしてるのは、ブッチってやつらじゃないの? あいつらワルモノ」
不満をぶつけられても困るけど、リベックシャーは苦労させられてるだけだから、悪くはないと思う。所々判断を間違えてる気がするのもまあ……そういうこともあるよね。
「お前いいやつだな。そうだ、あいつらが悪い。こんなことになってるのも元は全部あいつらのせいだ」
「そんなことよりマッチある?」
「あ? 火か、だったらライターあるぞ。ほら」
リベックシャーは震える手でライターを取り出してくれた。こっちの世界の人もしれっとライターとか携帯するようになったのか。
鳥の巣に火を着けると、直ぐに燃え始めた。順調だし、あとは簡単。小枝と落ち葉と、とにかく燃えるものを積み上げて火を大きくする。あっという間に立派な焚き火。
「あぁ、助かった。これで多少は快適になる。そこに見えてるのはアトレイシアの毛か?」
「乾いてて、燃える」
「獣人って便利だな」
そんな物みたいに言わずに「優秀」って言え、優秀って。
運動して眠気が薄れたか、若干元気を取り戻してるリベックシャーに火を任せて、次は土を掘ろう。土の中で寝ると暖かい。せめて腰回りだけでも土に埋めれるようにしよう。
「へぇ、土掘りも上手いもんだ。指は痛くないか? あんまり頑張らなくてもいいぞ」
「平気」
少し掘ったら、表面より水気の少ない土が出てきた。ついでに土の中で寝てたイモムシさんたちともこんばんは。それと名前のわからない虫も数匹混ざってるけど、食べれるかわかんないのは焚き火にポイしてさようなら。
ここに寝て土を被って、なんなら焚き火を上に置けば朝にはイモムシたち一緒に美味しい料理にもなれる。ほらリベックシャー、入って入って。
「凄いな。ものの数分で寝床のできあがりだ」
「ここで寝てて。土と葉っぱかける」
掘った穴に寝てもらってみると、やっぱり寝そべるには穴の長さが足りてなかった。でも、木にもたれるようにして足を投げ出すには十分。腰まで落ち葉を被せて、土も被せて、ついでに火の近くにあった石も乗せておいた。頭にはわたしの上着掛けておこう。これでちょっとは温かいはず。
「上着までくれるのか?」
「寒い日は顔出してると死ぬ。薪拾って来る」
時間が経つごとに寒くなってるし、これなら朝方には……よくて耳と鼻がもげる程度の寒さにはなるはず。顔を覆っておけば体温が下がり難くなって、それだけ死に難くなる。ニンゲンでもひと晩くらいは耐えられるはず。
「昔の人間も、こうして獣人に世話を焼いてもらって冬を生き抜いてきたと思うと……申し訳なくなるな。獣人やデルジェガ人が怒るのも当然だ――」
少し離れた途端、リベックシャーが嬉しいこと言ってる。わたしの献身的な姿勢に心を打たれたに違いない。ふふ、わたしはイヴァルみたいな人付き合いの悪いのとだって友だちになれるんだ、人の良さそうなリベックシャーなんてちょいちょいだ。きっと食べ物をくれるようになる。
薪を集めて戻ると、リベックシャーは寝付けないのか目元に力が入ってるように見えた。どうにも足先が寒そうだから一度土と落ち葉を退けて、膝から下を一段深くしよう。それから火を大きくして、もっと暖かくすれば寝心地がよくなる。這い上がっていく虫も気になるだろうから退けよう。わたしのおやつにもちょうどいい。火があるからムカデだって美味しいおやつ。これで一段落ついた。
しばらくすると、リベックシャーは寝息を立て始めた。血色はいいし、このまま凍え死にはしない。予定通りひとしきりごろごろしたら、薪を集めながら食べ物を探そうかな。周囲を探索しておくのもいい。転移物が見付かるかも知れない。ここはちょっと見た限りでも、小さくても豊かな森だ。ペスティスが本腰入れてきたらこの森だって死んじゃうから、どれだけ食糧を採ったって怒られない。
よし、そう考えたらもうこの森はわたしのもの。もらえるものは全部もらっちゃおう。
「…………」
リベックシャーは死にそうにないし、誰か森に入って来るなら直ぐわかる。ペスティスでも脱走兵たちでも、夜に戦えば負ける気はしない。他愛ない夜だ。こんな夜にはケイトがいたらいいのにな。いま何してるのかな。
帰ったらケイトと一緒にいるためにも、警護班の人数を増やそう。ひとりでニンゲンの近くにいるの嫌だって子は多いけど、いまなら暇してる子がたくさんいるからチャンスではあるはず。カクリナたち不良グループが研修と称してたかりに連れてってる子なんかそろそろ警戒心が薄れてきてるはずだからいける。たぶん。
問題があるとすれば、わたしのコミュニケーション能力。わたしに懐いてくれてる子もいなくはないけど、基本的には何故が怖がられるから小さい子とか寄ってこないし、歳上からもなんだか遠慮されがち。わたし的には友だちでも、相手からしたらなんかそこまでいってない感はしょっちゅう感じるところ。
そう考えるとわたしの誘いに乗ってくれる人……いる? ケイトか、マーラに任せた方がいい気がするな……。
あと、申し訳なくて口に出しては言えないけど、班長がヤコアっていうのが敷居を高くしてるのも問題。ヤコアは怖い。わたし以外にも結構トゲトゲで怖い。なんかハブラにくっついて出掛けたままみたいだからあんまり見ることないけど、怖いって噂だけ広まってていけない。
警護班の班長、マーラになったらいろいろ解決しそうだけどな……。いや、でもマーラはイヌ亜人の族長にって話もあるし……もうなったんだっけ? そんな話を聞いたような、噂ってだけだったような……。どっちにせよ、いつまで警護班にいてくれるかわかんない。本人は嫌がってたけど、あの優しいマーラのことだ、たぶん何処かで折れる。
「……ん、ネズミ」
焚き火の近くで寝そべってあれこれと考えてたら、不用心にも近付いてきたネズミの夫婦を新たに獲得。リベックシャー、ネズミ食べるかな。食べたことなさそうだけど、まあいいか。野ネズミならお腹壊さないはず。
食べ物を集めることに成功したら、何故か動く気が湧いてきた。次は水にしよう。水音はするから近くにあるはず。でも水を汲む道具は持ってない。水辺の近くを掘れば安全な水は出て来るだろうけど、味を求めるなら汲みたいところ。
立ち上がり何かないかと探し回ってると、願ったり叶ったり。何処そこの兵士が携帯してるコップを見付けた。たぶん、ペスティスから逃げる途中でリュオン兵が落としたもの。持ち主は新兵だったのか、汚れてはいるけど形は綺麗。
森を出て近くの小川で水を汲んで戻り。焼き石の上に置くと、流石は軍用のコップ。洗ってみれば錆ひとつなく、熱しても問題なさそう。これで水もなんとかなった。最低限揃えるものは揃えたからまた休憩しよう。
ニンゲンが凍えて死ぬような寒さじゃ、獣人だって寒い。焚き火の温かさがありがたい。もっと火を強くしよう。リベックシャーにはもっと焼き石を乗せよう。
それからしばらくのんびりと時間が流れた。いい夜だ。ケイトこないかな。ケイトがいてくれたらもっと気分がいい。ニンゲンなんかより、ずっとずっといい。




