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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
6上
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31

「おい獣人、大丈夫か? 反撃できそうか?」

「んー……。――わっ」

 くちばしを出したところで目を刺してやろうとしたけど、切っ先が届くより先に突風を起こされてわたしは後方に吹っ飛んだ。このグリフォン、視野は狭いけど堅実。

 もっとダメージが出せて、リーチのある武器がほしいな。リベックシャーの銃はまだ1発残ってたっけ。ブッチたちが来たときに1発でもあれば虚勢を張るのに使えるから残しておきたいけど、ここで使うのも悪くない……なんて、決めかねていたら、グリフォンの爪がわたしのカバンを引っ掻いて小さく穴を空けた。

 あ、そうだ、確かこの前おやつを求めて中身を出したとき、使えそうなものが入ってた。どうせ忘れてたものだし、ここで使っちゃおう。

「やられたと思ったぞ。本当に大丈夫か?」

「ん。カバンが怪我した」

 手を突っ込んで、たぶん底の方に……あった。くしゃくしゃになった1枚のお札。あとから食べかけのおやつとかそのときの気分で収集した小物とか出し入れしてるうちに忘れら去られたフウカの呪い札。

 これは確か……火の術符だったっけ。風があるときに投げたら何処を燃やすかわかったものじゃない。タイミングを見計らって、見計らって……。

 ……ずっとびゅうびゅう風吹いてる。これじゃこんな紙くず投げても当たらない。

「頼みの獣人も、あの様子じゃいまに逃げ出すわね! 早いところ降参したらどう? あんたもタナトスと同化して不死身になれば、死ぬのがいつかなんて怯えて過ごすこともなくなるわよ?」

「ペスティスは暗いとこにいて陰気だから嫌です!」

「ハァ!? 夜行性の癖に!」

 翼を持つ二人は、こっちも決定打がないまま言い合いを続けてる。なるほど、エセ鳥人たちはタナトスと同化したのか。当人の表現が正しいかはさておき、自分たちは実質的にタナトスと言ってるわけだから、やはり姿が亜人で言葉が通じても敵は敵。ミズさん、やっておやりなさい。

「アトレイシア、無理をするなよ。1発撃ってやろうか? それか岩投げてもいいぞ」

「ん、剣貸して。ナイフじゃ大変」

 エセ鳥人をどうするかはミズが頑張ってくれるとして、とにかくわたしに絡んでくる鬱陶しいグリフォンを黙らせたい。とっておきの状態が心許ないから、糸で拘束する手は使わない方向で。

「わかった。切れ味は期待するなよ」

 言われずとも、ちゃんと血を拭わずに鞘に戻された剣の切れ味なんて指の爪とどっこいどっこい。でも思いっきり叩き込めばまだマシなダメージになるはず。ナイフや拳銃でちまちま攻撃してたら夜が明けちゃう。

 投げて寄越してくれた剣を抜き放ち、手始めに前脚目掛けてぶん回すと、思っていた通り刃が立たず剣は弾き返された。腕が痺れるばかりで切れ味なんて欠片も感じない。

「さっきみたいに捕まえられないか?」

「ちょっと、静かにしてて」

 後ろ脚の関節なら砕けるかな。

 ばたばたと振り回される前脚を掻い潜って、後ろ脚に剣と名状される鈍器を叩き込む。関節を直撃して、わずかに骨が砕ける手応えがあった気がする。正直よく分かんないし、その程度でタフなペスティスは崩れない。

 ……なら、次は口だ。

「いいぞアトレイシア、お前凄いやつだったんだな」

 リベックシャーは最初やる気満々だったのにどうして他人事みたいに観戦を楽しんでいるんだろう。わたしが得物預かってるから仕方ないのか。

 グリフォンの口に剣を突っ込んで、押し込んで、頭に飛び乗ってから両手でガードを掴んで思いっきり引く。切っ先は喉を貫き背骨に当たって止まり、これにはグリフォンもぐぇっとなって激しく暴れた。うぇ、瘴気が撒き散らされてる。くっついてられない。

 ガードを持ったままの頭を蹴って、身体を捻りながらの眼前に着地して剣を引っこ抜くと、グリフォンは口からだくだくと瘴気を垂れ流しながら憎しみの篭もった目を向けてきた。睨まれた程度でビビってはいられないから、剣を持ち直し、構わず首に叩き込む。肉まではとどかなくても、体勢を立て直す暇さえあげなければ殴り勝てるから無問題。剣を上げては振り下ろし、翼をへし折って、肋をへし折って、背骨もへし折ったところで元気がなくなってきたから、とどめに首を一突きして、わたしの勝ち。ああ疲れた。

「よーし、よくやった。撫でてやる」

「やだ。手つめたい」

「うわっ、噛むなよ……」

 リベックシャーは見物してるうちに凍えたか、縮こまって腕をさすりながら剣を返してもらいに来た。片手で受け取って、もう一方の手を伸ばしてきたから噛み付いてやった。

「おかしいですね、グリフォンさんの方が動かなくなってます。降参するべきはお前みたいです。――飛竜殺しさん、手伝って〜!」

「あっ、待ちなさい!」

 ……ミズ、わたしに手伝ってもらうために時間稼ぎしてただけなのかも。相談もなしに挑発してから逃げてくるのやめてほしいです。エセ鳥人はそこいらのペスティスよりタフだろうから、わたしがちまちま攻撃したところで埒が明かない……かも。一気に勝負を決めたいから、ちょっと心配だけどとっておきを使おう。

 あまり考えてる時間がないから、最初隠れてた木の枝にナイフを投げて引っ掛けて、視野の狭いエセ鳥人がいい感じに攻撃してくるのを待つことにした。エルミロードは突然逃げを打ったミズに気を取られて、わたしの手元まで見えてないかも。かもかも。

「まてー!」

「ひーっ!」

 鳥人らしく気付いた頃には天高く舞い上がっていた二人は、瞬く間に地面すれすれまで降下してわたしに迫った。

「邪魔するなら、ついでにやっつけてあげる!」

 ミズは直前で回避して、エセ鳥人さんは避ける素振りもなく槍を繰り出してきた。清々しいほど真っ直ぐな一撃、そんな単調な動きしてたらカモにされるよ。

 槍を避けながら糸を引っ張ると、エルミロードは張り詰めた糸に突っ込んだ。右の上腕が切り裂かれて、糸は骨に沿って顔に向かっていく。

「痛ッ――」

 きれいな顔に傷が付く寸前で、エルミロードは上体を起こし糸を避けようとしたけど、結果糸は首に沈み込んだ。

「やった! 流石飛竜殺しさん、冷静!」

 エセ鳥人にも痛みの感覚があるのか、それとも普通なら致命的になる傷を受けて気が動転してるのか、地面にうずくまって動かなくなった。それでもこの程度では死なないだろうから追撃敢行。さっき使いそびれた呪い札を投げ付けると、エルミロードの身体は一瞬のうちに炎に包まれた。

「お、おい……追い討ちまですることなかったんじゃないか? ちょっと可哀想に見えるぞ?」

「悪いやつ。見た目がいいだけ」

 ……自分で言っておいてなんだけど見た目はどうなんだろ。血色悪くて不健康そうだし、美味しくなさそう。

 まあ、いまに見た目なんて気にならなくなる。喉が引き裂かれて声も出せず、エルミロードは苦痛に呻きながら地面をごろごろ。さしたる恨みもないけど、このまま消し炭になってもらおう。それが世のため人のため。

「う、うっ、ゲホッ――。あぁ……あっぃ……!」

「あっ、声が」

 全身火ダルマになってるし、回復できずに消滅するのを期待してたけど、思いは虚しく喉が再生してきた。綺麗に切れてたし、再生しやすかったかな。

「まだ息があるから頭吹っ飛ばしてみよ」

「や、やめて……。こうさん、降参するから追い討ちしないで。わたしが悪かったから……。うぅ……」

 フウカの火術符は人ひとり炭にするくらいわけもないはずが、雑に扱ってたせいか、それとも時間が経って妖力が薄れたか、人の形をとどめてるうちから炎が弱くなってきた。普段からこれくらいの威力なら使い勝手いいのに、要らないところで弱くなってくれてる。

「わたしの勝ちです! 残念でしたね。これでもわたし、クラウレスカさんに鍛えてもらってるからね!」

 本物鳥人さん大勝利。あの、ミズ……勝ち誇ってるけど、散弾銃ちょっと撃った以外攻撃らしい攻撃してなかったよね。クラウレスカから何を学んだの?

「うぁぁ、いたい、あつい……。うぅ……ん? クラウレスカ? それって、シエラ山のクラウレスカ?」

「え? そうだけど?」

 ミズがクラウレスカの名前を出すと、どうしたことかエルミロードは転がるのをやめて、少し驚いた様子でミズを見上げた。表情からは何か因縁が……あるようには見えない。そこにあるのはむしろ……羨望? 生気のない外見に反して、目だけは輝いて見える。

「わたしクラフカの生まれなの! きゃーっ! え、ちゃんと鷲羽? 別人じゃない? 頭から白い毛生えてる?」

 なんか興奮し始めた。え、ファンなの? クラウレスカの? エセ鳥人も意外と普通の感性してるんだ。……ま、それはともかく元気になってきてるから縛っておこう。逃げられでもしたら気に食わない。

「白い毛生えてる! お知り合い?」

「そう! クラウレスカはね、わたしのお家を燃やした悪くてこわーい聖教師をやっつけてくれたの! ねぇ元気? 元気にしてる!? お礼させて! ――ちょっと獣人、この糸邪魔! はーな〜しーて!」

 一度は一部炭になり、今なお死体同然の見た目ながらもエルミロードはみるみる元気を取り戻し、陸に上がった魚みたいに暴れて抗議してきた。無茶を言う。

「元気にはしてるけど……」

「この間怪我してる。お前たちが怪我させた。懲らしめる」

「え、やだ。あなた、生まれは何処!?」

 わたしでは話にならないと察したか、エセ鳥人は再びミズを見上げた。まあ、鳥人の方が話しやすいよね。

「わたし? わたしはりゅおん? の、大きな湖の近く」

「リュオンなら同郷も同じね! 助けて、同郷の誼で!」

「えぇ~? どうしよう、飛竜殺しさん」

 と、意見を求められても……エセ鳥人を根絶やしにするのは族長たちが決めたこと。迷うなら従っておけばいい。

「族長が話し合って、こいつらみんなやっつけるってことにした。逃がしたらフィアゾフに怒られるかも」

「獣人は黙っててっ!」

 訊かれたから答えただけなのに……。

「フィアゾフさんに怒られるのは嫌だなぁ……」

「大丈夫! わたしもたぶん帰ったら怒られるから! 大人は何したって説教垂れるものでしょ!?」

 身も蓋もない持論を展開するエセ鳥人。大人は子供を叱るもの。でも他の人は使ってる言葉違うし、怒られてもなに言ってるかわからないエセ鳥人の方が気楽じゃないかな。

「それに、やめてって言ったのに寄って集ってわたしを殺そうとしてくれたし……」

「それは、その……事故、事故だから。たまたまそうなっただけで――あ、冗談。ごめんなさい。許して。もうグリフォンとかにニンゲン襲わせるのやめるから……」

 途中からミズが散弾銃に弾が入っているか確認し始めたものだから、エルミロードは額を地面にくっつけて迫真の命乞い。服はもちろん羽根も全部燃え落ちてるからなんともみっともないお姿。髪の毛は早くも再生始めてる。

 このエセ鳥人面白いな。まさかこうも普通の人がいるとは思ってなかった。少なくとも大多数の聖教師よりか話が通じそうだし、捕虜にする価値はあるかも。

「うーん、どうしよう? どうせ他の人がグリフォンをけしかけてくるし、あんまり意味ないよね」

「……ふん縛ったまま捕虜にして、クラウレスカのところに連れていく。それなら怒られない」

「名案! 流石飛竜殺しさん、切れ者です!」

 何がどう飛竜殺しと結び付いて流石なの。

 そういうわけでこの場での処遇が決まり、エセ鳥人のエルミロードは生き長らえることになった。クラウレスカなら悪いようにはしないよね。

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