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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
6上
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29

「――そんなところだな。他の奴等は……挨拶をした程度だ。よく知らない」

 ブッチたちをやり過ごして数十分……いや、もっと経ってるかも知れない。何某とも衝突することなく、黙々と歩き続けるうちに気晴らしがしたくなったか、リベックシャーはブッチたちについて知ってることを教えてくれた。

 わたしたちを追う脱走兵たちのリーダー、ブッチは元々軍の下士官で、除隊後は狩猟者ギルド所属の猟師としてトメクスレン北部で活動していたらしい。仕事振りは上々だけど、あれこれと黒い噂が絶えない胡散臭い男。銃兵を率いていた弓使いのペイロンとは軍にいた頃からの付き合いで、同じ時期に退役して仕事仲間になった。罠の扱いに長けたブッチと麻酔や毒の扱いに長けてるペイロンで相性よさそう。

 他にもブッチの従兄弟のタバスっていうのが軍の剣術大会で入賞経験があって、その戦友のシャジャはリュオン出身でクラフ・シュフィルタの使い手。直訳するとクラフカ式鷹爪拳。指先が鉤爪になってる篭手を着けた厳つい装いが特徴の拳術で、クラフカには馴染みがあるからよく知ってる。でも、そんな装備のやついたっけ?

 ……細かいことは措いといて、タバスとシャジャも腕は立つけど物品横領の容疑で仲良く逮捕された経歴がある問題児で、挙げ句軍を追い出されたからブッチを頼って猟師になったとか。トメクスレン兵はこの4人を中心にまとまってる。

「ところで獣人、おかしくないか?」

 話を終えたはずのリベックシャーがまた、今度は若干苛立ちながら声を発した。

「……?」

 傷が痛むのかな。おかしいことには心当たりがない。

「おかしいだろ」

「なにが?」

「南に向かって歩いてるなら、とっくに友軍が見えていいはずだ。明らかに歩き過ぎてる」

 ……そうかな? 言われてみればそんな気がする。

 川辺を離れてからのわたしたちは、何事もなく移動ができていたわけでもなく、幾度かペスティスの群れに進路を塞がれ、迂回するためにいちいち進路を変える必要に迫られてきた。リベックシャーは「数体くらいこっそり近付いて片付けてくれよ」なんて言いもしたけど、少し瘴気に触れるだけでわらわら集まってくる厄介な習性を前に脚を怪我してるリベックシャーが養分になるのが目に見えてる。

 思い返せばリベックシャーが歩きにくかろうと思って森とかも入らずにいたから、真っ直ぐってほど真っ直ぐ歩いてない。逸れちゃってるのかも。

「首捻ってるけど、お前キツネ亜人だろ? キツネ亜人ってのはだ、目を閉じていても南北の区別が付くほど方向感覚がいい種族じゃないのか?」

「……そうなの?」

 わたしそんなのわかんないんだけど。

「え、まさかキツネじゃなかったのか?」

「キツネ」

「方角がわからないのに?」

「キツネ」

「鳴いてみろ」

「くにゃー」

「キツネか。よくわからんが」

 キツネあんまり鳴かないからね。

「方角がわかっていると思ってたんだが、どうするかな……もう凍えそうだ」

 リベックシャーが頭を捻っているうちに、ネズミでも獲ってよう。お腹空いちゃった。

「もうくたくただ。眠気が酷い」

「たぶん、寝たら死ぬ」

 ベーレーレンは寒い。まだ春になったばかりだし、夜は人が死ぬ程度に寒い。とくに今日みたいな風の強い日には火を焚くか、動き続けないと凍えちゃう。

 幸い、脱走兵たちはわたしたちの痕跡を見失ってるのか、一向に姿を見せない。リベックシャーが辛いっていうなら、何処か風を凌げる場所で朝を待とうかな。

「頭が回らないな。気付かないうちにかなり不味い状況になってる。曇っていて星は見えないし、こういうときは……そうだ、風だ。寒波で南風は吹かないんだから、そっちに向かえばいい。大体は右から吹いてるから左がおおよそ南だ」

 リベックシャーは流石ニンゲン、たまには頭の良さを発揮してくれる。なるほど、この冷たい風は北からの風か。確かにこれを気にしてさえいれば方角を間違えない。

 風を頼りに南と思われる方向に進路を変えようとすると、新しい問題が発生した。リベックシャーの手を引いても、足が出てこない。立ち止まったまま。

「しっかり」

「……あ、ああ、大丈夫だ」

 返事をすると、ようやく歩いてくれた。

 ニンゲンが寒さに弱いのは重々承知してたつもりだけど、思ってた以上に身に堪えていたらしい。疲れと眠気はピークだろう。こんな状態でよく方角の間違いに気付いてくれたもの。教育がいいのか自頭がいいのか、どちらにせよこれで進路を修正できる。

「変わったものを見るような顔するなよ。木の生え方を見て考えていたんだ。南側の方が枝葉が多いはずだから、風向きと照らし合わせれば方角があっているかわかるだろ」

 リベックシャーがまたなるほどなことを言ってくれた。頭が回ってないのはわたしの方でした。捕まえたネズミどうしよ。このままいこうか。

「……こっちであってる?」

「この暗さじゃわからない。お前が見てくれ」

 ん、この暗さじゃリベックシャーが木を見ても葉っぱの付き方わからないか。それもそうだ。

 リベックシャーに倣って、前後を見比べて木の生え方を観察してみると、ものによっては後ろに見える景色の方が枝葉がよく育ってるように見える。

「後ろに見える木の方が、よく伸びてる」

「そっちが南だ……うん? 後ろが南? 違うな。後ろの木が向いてる方が? いや、もういいか。とにかく進路は間違ってない。いいぞ……」

 リベックシャーは安堵の声を漏らした。その後もぶつぶつと独り言を続けて、気を落ち着かせてるのか、もしくは眠すぎるだけなのか。

「……あ」

「どうした?」

 上空から羽音がする。それに気付いてわたしが顔を上げると、気を散らしてたリベックシャーはかえって過敏に反応した。一端の将校らしく突然のこととなると冷静。急に英気が回復してる。

「何か飛んでる」

「魔物か? よし、かかってこい」

 ここの戦場に数日もいれば、空に何かいると聞いて気にするのは飛行機かどうかだけど、幸か不幸か来たばかりのリベックシャーは飛行機を知らない。手負いの身のうえに周り見えてないのに剣を抜いて、どんと来い阿呆鳥とやる気満々。この世界のニンゲンって空飛んでる相手に対しては獣人より好戦的な気がする。

「鳥人さんかも。近付いてる」

「じゃあ味方か?」

「わかんない」

「侵食者にも鳥人がいるのか?」

「いる。それっぽいの」

 羽音は……5つか6つくらいかな。戦闘団の鳥人がこんな時間にまとまって飛んでるのは見たことがない。

 となると、敵と思っておいた方が良さそうか。取り敢えず近くに生えてる木の下に隠れて、近付いてくる羽音に耳を立ててると、音のするところから拳銃のものらしき発砲音が響いてきた。

「何か聞こえたな。銃声か?」

 銃を使うってことは、その羽音の主は味方の鳥人かも。撃たれた方は落ちてきてたけど、途中で小さくなって消えた。あんなふうに消えるということはまず間違いなくペスティス。グリフォンっぽかった。

「鳥人さんが、グリフォンか何かと戦ってる。たぶん」

「グリフォンって半分は鷲だろ? こんな夜更けに活動してるものか?」

 リベックシャーは首を捻った。確かに、わたしが知る限りでは夜に活動してる生き物ものじゃない。そんなことされたらわたしたちが困る。並の獣人じゃ捕まったら自力ではまず逃げられないし助からない。

「――もうやだ〜!」

「あ、降りてきた」

 案の定聞いたことのある声の鳥人さんが、遥か上空から急降下してこっちに迫ってきた。わたしたちのこと見えてたわけじゃないだろうに、どうして面倒事は舞い込むのか。今日は厄日かも。

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