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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
6上
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27

「この堀は隣の陣地まで繋がっているのか?」

「堀? 塹壕は途中切れてはいますが、辿っていけば連隊長にも会えますよ」

「隣の堀までの距離は?」

「塹壕一つ半リゼール、塹壕毎の間隔80ゼール程度、この辺りは何処もこんな感じですよ。たぶん途中で襲撃されるでしょう。奴等、もう塹壕の端に回り込んでいますからね。准将殿、獣人と結託して上官を殺害したって本当ですか?」

「まさか。あいつらのそんな話を信じて上官を拘束するつもりだったのか?」

「それが一番手っ取り早いと思いまして……上手くいったら報酬も出すと言われましたし……」

 こいつも面倒臭がり屋か。

 わたしたちは前後の塹壕を繋ぐ通路に入った。おそらくは北に向かって……どうするの? ひたすら塹壕を進んで、行き着く塹壕全部にお邪魔しますするのがいちばん手堅い気がする。道から離れる必要なくない?

「素直なやつだな。嫌いじゃないが、いつか身の振り方を間違えて後悔するぞ。いまみたいにな」

「はぁ、肝に命じておきます」

「あまり真剣に受け止めたように聞こえないが……まあいい。それより、一つ半リゼールあるのに、守備隊はあれだけなのか? 随分まばらだな」

 リベックシャーは兵士の数がやけに少ないことに気付いて不思議がった。さっき出てきた数人の他にぽつぽつと姿は見えたけど、兵士の配置間隔は数メートル……戦闘になれば隣の人の声も聞き取れなさそうなくらいの人口密度だった。塹壕の中にいる人より、わたしたちを追ってる脱走兵の方が多い気がする。

「それが、日中グリフォンの襲撃を受けたもので……今晩中はこれだけです」

 なるほど。もう塹壕に入っちゃったから見えないけど、確かに地面には所々それっぽい爪痕が残ってたし、わりかし新しい血の匂いが通路を満たしてる。負傷者が出て、それを運ぶのに人を出してるなら、残ってるのが半分くらいでも不思議はない。

 もしかしたら、この辺りにはこんな感じの頼りない陣地しかないかも。ペスティスはかなり広範囲に攻撃を加えてるし、誰も最前線まで救援にいけてないのもあり得る。

「うーん、困ったな……あいつら集まってきてる。どうして今日来たばかりの連中が暗がりの中、周辺の陣地を迂回して進めるんだ?」

 身長が足りてるリベックシャーは塹壕の外に目を凝らし、脱走兵たちの動向を確認した。わたしからは見えないけど、物音から察するに各々間隔を広げつつ、塹壕の切れ目から迂回して、わたしたちが塹壕から出れないよう包囲しようとしてる。動きがこなれてるし、案外ズブの素人集団ってわけじゃなさそう。それかリーダーのブッチが優秀。

「周辺のことも訊かれたので教えたんです。機密ではないですよ。若干……後悔はしていますが」

「そうでなくては困る」

 脱走兵たちは人数が人数だし、襲撃されたら大変。まあ、そんなことしたら隣の塹壕から助け船が出ると思うけど、リベックシャーからしたら怪我人ひとり出すだけでも大問題だろうな。ベーレーレン人とトメクスレン人って仲悪いし、トメクスレン人の部隊が到着早々不祥事起こしたらとんでもなく揉めるはず。

「さっき来たときに数を数えられたかな……此方としてはこのまま襲撃されるのが一番困るのですが?」

「はぁ……仕方がない、出ていくとするよ。そこを左に曲がって、真っ直ぐ進めば隣の陣地があるんだろう? ――アトレイシア、放してやれ」

「ええ。しかし、もう奴等に塞がれていますよ。その先の森を越えるまでは、銃で撃たれたところで助けも来ません」

 隣の塹壕に出たところで手を放すと、隊長は部下をなだめて見送りがてらついてきた。なんだか気の抜ける人。

「80ゼールの間に森があるのか。厄介だな」

 80ゼールといえば、60メートルちょっと。数秒で駆け抜けられる距離。連邦軍ではマスケットで武装した銃兵隊の交戦距離はこのくらいが限界ってことにされてる。これくらい離れておけば流れ弾が飛んできても防具で防げるし、銃兵陣地は互いに援護し合えるよねって距離だとかなんとか。

 森があるにしても何人か木々を抜ければ向こうが見えそうな小さな森。一緒にいってリベックシャーが無事に走り抜けられるかはだいぶ怪しいけど、わたしがひとりで暴れるどさくさに紛れて通れないかな。

「ダン川西岸から城壁までの一帯は小さな森が多いんですよ。通過する分には問題ないですが、塹壕間で状況を把握し合うにはすこぶる邪魔な森です」

「伐採して陣地の補強に使えないのか? ……何も見えないな。キツネなら見えるか?」

 リベックシャーはわたしを持ち上げて偵察することを思い付いて、こっちに手を伸ばした。わたしを持ち上げるのは大変だろうから、自力で塹壕をよじ登ってあげよう。

「お、自分で登った」

「ん。半分くらいはあっちにいる」

 脱走兵たちは塹壕の端から20メートルくらい、森の木々が途絶えてる左手側が分厚い。一部は森を背にして地面に伏せて、残りは森に入った辺りでたむろしてる。一方、こっちの守備隊は状況が飲み込めてるのかいないのか、様子見の構え。弾込めもしてない。

「北側は?」

「銃兵がちらほら」

「歩兵と銃兵を分けてるのか……銃兵を突破した方が安全だな。ブッチは元猟師で罠を扱う。あまり手の込んだものはできないだろうが、森を進むのは危険だ」

 そう言いながら、リベックシャーは近くの梯子に足をかけ、逡巡した様子を覗かせながらも意を決して登り始めた。確かに、銃兵ばかりのところなら先手を取って何人かやっつけちゃえば、あとは放っておいても通過できそう。

「准将殿、このようなことをしてただで済むと思わないように――と、言いたいところですがこれ以上の厄介事はごめんです。ここには立ち寄らなかった……ということで手打ちにしていいですか?」

「いいぞ。おれも他所との揉め事にはしたくない。だが、これだけは言わせてくれ」

「なんでしょう?」

 リベックシャーが振り返ると、隊長は若干びびりながら首を傾げた。これは何か怒られるって雰囲気でわかる。

「上官を出迎えるときは敬礼することぐらい覚えておけ」

「はっ。失礼致しました……。では、幸運を」

 リベックシャーは知らないだろう、第2軍の前線部隊では敬礼を省略していい。来たばかりとはいえ、この若手ここの常識が通用してないぞ。部下はみんな逃亡したって知られてるし、下士官さんは「また変なのが増えたのか?」ってひそひそ部下たちと話し始めた。そういう当人も正直思いやられる仕事振り。ベーレーレンって大丈夫? もうちょっと締まった感じだと思ってたんだけど。

 まあ、そんなことは捨て置いて、こうしてわたしたちは塹壕の正面に出て、平原を横断することになった。脱走兵の多い場所を迂回するのはいいけど、そこは遮蔽物のない危険地帯。進路上の銃兵は手早く片付けよう。

「隣の陣地、いく?」

 包囲を脱するのはわけない話でも、後ろからは撃たれるのは普通に危ないから早く行動してここを離れたい。

「迷うなぁ、その方が手っ取り早いとは思うが、あまり他所に貸しを作っては将軍の沽券にも関わってくる。連隊長辺りに話を付けたいが、距離も曖昧だ」

 陣地にお邪魔しておいて今更そんなこと言い出されても困る。なんでもいいじゃん、普通に考えたらそんなことで悩んでる場合じゃないよ。まどろっこしいのはいけないことだ、特に軍人さんは。

「やっぱり、途中の友軍陣地は迂回してビエンキ将軍を頼ろう。起きているうちに着くだろう」

 リベックシャーはどうにも冴えない決定をしてくれた。太陽が出てる時間が午後に偏って朝が来るのが遅いせいか、夜は遅くまで起きてる人が多いけど……いや、流石に寝てるでしょ。さっきの人も上官寝てるって言ってたじゃん。

「――お、出てきたぞ。直ぐに手を出すなよ」

「合図しろ。下がって集結を待て」

 銃兵たちは直ぐには撃ってこないで、じりじりと後退して仲間の合流を待つつもりらしい。呑気なこと言ってる間にまた囲まれそう。今更ながら、この将校さんには振り回されそうな気がしてきた。

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