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アトレイシアともう一度  作者: 長原玉乙
6上
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26


 ゴーレムとの戦いから数時間、日が暮れたのにわたしは帰れずにいる。帰っていいって言ってもらえない。いまさら将軍と合流しようとするなら何時間掛かるやら。

「アトレイシア、メシだぞ」

 将校はわたしを傍から離そうとしない。兵士に対する信頼がないからだ。兵士も下士官も戻っては来たものの、脱走の件を報告されたくないからこの将校の首を狙ってる。救援にきたビエンキ将軍には兵士の脱走について詳しく伝えずはぐらかしたけど、ブレイブジャダル将軍の名誉のために一旦は言いふらすのを避けただけなのはみんなわかってるらしい。

 将校の名前は、ハマル・リベックシャー。ブレイブジャダル将軍やモルトネ将軍の沙汰次第でどんな処遇になるかわからない人たちを連れて歩く、可哀想な人。

「明日のことを思うと不安で仕方がない。おれが部隊を任されてるわけじゃないが、将軍はなんて言うかな……?」

 こんなことを訊かれてもブレイブジャダル将軍がどんな人なのかよく知らないし、答えにくい。普通に考えたら責任者はジャオだし、リベックシャーはよくやってる方だと思う。

「あの人たち、トメクスレン人?」

「大半はな。あいつらは避難民から志願して集まったんだ。ヤツィカ人や中央プライト系の部族出身者もいる。あまり期待はしていなかったが、志願までしておいてこうも根性のない奴等とまでは思ってなかった。あれを指揮しろなんてやってやれない。イナリザカじゃあんな奴等いないのか?」

「戦闘団では、仲間を捨てて逃げたらお仕置きされる」

「こっちだってそうだ。基本は死刑、それなのに逃げる。つくづく馬鹿な奴等だよ、怪我のひとつでもすればまだマシに扱ってもらえるのに、元気に逃げ回るんだから」

 リベックシャーは今日一日でいろいろと嫌気が差したと、ゴハンの最中もひたすら愚痴った。自分はジャオが殺されたときなんてカッとなって逃げることなんて考えられなかったのに、兵士たちは仲間意識の欠片もなしに自分が助かればいいと思ってる。信頼の置けない、情けないクズばかりだなんだと、もう言いたい放題。

 でもまあ、わたしの周りには愚痴の多い人がたくさんいるから、気にはならない。すでに何処かで聞いたような言葉ばかり。将校さんってものはそういうもの。

「去年はまだよかった。あのとき戦っていた戦士たちには勝利を掴もうとする気概があった。負けはしたが、人としての誇りは守っていた。ここの連中はどうだ? どいつもこいつも、何も守るものがない弱兵ばかりだ。弱虫の集まりだ」

 お酒もなしによくずっと喋っていられるな。いつまで続くんだろう。ゴハン食べ終えたことだし、早く寝なよ。

「明日、早いんじゃないの?」 

「お、ああ……そうだな。ここで言っていても実るものがない。おれは寝るから、番は頼んだ」

「ん……」

 寝てる間ずっと傍でじっとしていなきゃいけない。しかも、朝になったら出発だ。馬が逃げちゃって徒歩でいくしかない。つまり、わたしが寝る時間はないってこと。ひどい。

 夜になったのをチャンスとみて、また脱走してるのもいるけど、放っておいていいのかな。一方では下士官が何十人と人を集めて何やら密談してるし、どうにもきなくさい。

 もとより状況は想定違いであまり愉快じゃないし、わたしひとりでリベックシャーをちゃんと守れるか不安だけど、ポジティブに考えてみよう。相手は銃殺刑になっても文句の言えない犯罪者で、いうなれば悪者。わたしは善者のリベックシャーが生きてる限りやりたい放題してもいいはず。よし、それを楽しみにナイフはしっかり研いでおこう。ふんふん。

「――リベックシャーは眠ったな」

「だが、獣人は起きてるぞ」

 ナイフを研ぎ終えて、トイレも済ませて、まだかまだかと待っていると、ぞろぞろと数人の足音が近付いてきた。

「獣人がいるのに、本当に大丈夫なんですか?」

「しつこいぞ。イナリザカってのだって、腕の立つ奴をこんなところに寄越す余裕なんてないと言っているじゃないか。俺たちが敵と戦っている間、あいつはこそこそ隠れていただろう? どうせ何処かの収容所に入れられていた名ばかりの獣人さ。なーに、俺たちに任せておけ」

 他愛ないイタズラをしにきたってわけじゃない。よしよし、苦労人を起こそう。

 頬を引っ張ると、リベックシャーは飛び起きた。正直面倒見切れないから死なないように頑張ってね。

「早いな、ほとんど寝てないぞ」

「寝てれば起きなくてよくなるよ」

「魅力的だな。冗談は措いといて、もうこんなところにはいられないし、またビエンキ将軍にでも助けてもらおう。陣地を離れるんじゃなかったな」

 わたしたちは少しでも早くレファイガン将軍と合流しようと、ビエンキ将軍に後始末をほとんど丸投げさせてもらって早々に出発していた。

 ビエンキ将軍は、リベックシャーがわたしと一緒に陣地に残って戦っているところを見ていて、リベックシャーのことを褒めていたから、事情を説明すれば怪しむこともなくまた助けてくれるはず。だから、この可哀想な将校を将軍のところまで連れていけたらわたしの勝ち。これはちょっとした過激なゲームだ。

「准将、何処に行かれるおつもりで?」

「おっと、ブタの頭はブッチか。お似合いだ」

 ブッチと呼ばれた逃亡兵のリーダーは、温厚そうな中年男で、獣人の相手は任せておけと大口を叩いただけあって体付きはしっかりしてる。ただ、大雑把な性格なのか武器の手入れは雑で、手にしてる剣は刃こぼれしててボロそう。

「困りますなぁ、指揮者がひとりでうろつかれては」

「困っているのはこっちだ。お前たち、何か用か?」

 リベックシャーは勇敢なのか自暴自棄なのか、現れた一団に対し堂々と向き合った。度胸が据わってるのは確かだ。感心はするけどやめていただきたい。

「わからないのか。准将殿、あんたにはここで死んどいてもらう」

「卑怯者め、おれを殺した後どうするつもりだ。師団に合流して侵食者と戦うつもりがあるのか?」

「もちろん、今後のことは考えてる。邪魔者のあんたが知る必要はないがな。――撃て」

 言い終わる直前、ピンを抜いた手榴弾を放ってやった。

 ここの頼りない兵卒でも手榴弾がどんなものかくらいの知識はあったらしく、銃兵は構えていた銃を撃とうとせず、慌てて離れて地面に伏せた。銃兵の方に視線を向けていて気付くのが遅れたブッチも判断は早く、跳びすさって倒れ込み命拾い。肝心のリベックシャーも無傷で、直ぐさま立ち上がって駆け出した。

「ぐぅぅっ、ぶっ殺してやる……! 追えッ、殺すんだッ! 逃したら全員銃殺刑にされるぞ!」

 ブッチは手榴弾の破片で怪我をしたみたいで、口ほどにもなく見せ場を終えた。リーダーがあの様子なら、今のうちから諦めて逃げた方が生きる望みがありそう。

「ん。初動は上々」

 我ながら上手くいったと、わたしは満足。でも、リベックシャーには不満があるらしい。

「おい獣人、爆弾を使うときは合図くらいしろ! おれが死ぬところだったぞ!」

「もうないから安心して」

 合図なんてしてたらバレるかも知れないじゃん。ペスティス相手とは違うんだから文句は受け付けない。

「止まれぇッ! 大人しくしてれば苦しまずに死なせてやるぞ! お前のお友だちみたいになァ!」

「クソッ、文句を言いたい相手が多すぎる!」

 ブッチ含む十数人を突破しても、脱走兵は百人以上いるから何も安心できない。数十人に囲まれて、どっちにいっても敵だらけ。だったら最短距離を突っ切るのがいちばん。

「獣以下の下衆野郎、退けッ!」

 リベックシャーは躊躇なく立ち塞がる兵士を斬った。遠慮はいらない、どんどん殺っちゃおう。   

 薙いだり刺したり殴ったり、簡単だ。こんな弱っちい奴らじゃ数合わせにも使えない。

「何やってる!? そいつを逃がしたらみんな死刑だぞ、リベックシャーだけを狙え!」

 いまどき珍しく弓を持った男が、怒鳴りながらリベックシャーの背に矢を射ってきた。リベックシャーを殺して、全部わたしの仕業にでもするつもりか。また手配書に載ったりしたら大変。

「駄目だ、獣人が強すぎて近付けない。銃を使え!」

「撃てっ、撃ちまくれ!」

 銃弾が飛び交い、兵士に怪我人が出た。誤射なんてお構い無しだ。リベックシャーを守るには都合が悪い。剣を拾ったり奪ったり、投げれるものはとにかく銃兵に投げよう。ナイフだって、こんなときのための紐付き。

「邪魔なイヌっころめ、おれが相手だ! ――お前たちはお坊ちゃんを片付けろ!」

 幅広の曲刀を持った男が挑み掛かってきて刀を振り回し、勢いで押してわたしとリベックシャーの距離を遠ざけた。

 訓練不足の雑兵くらいなら軽く相手にできるリベックシャーと比べても、この男は一段上の武闘家だ。重そうな刀を振り回していても隙が少ないし、間合いの取り方もちゃんとしてる。わかりやすく例えるなら堅実な育ち方をした味のないザンダ。

 それに加えて、人混みから腕に覚えのありそうな鉤爪男が飛び出してきてもう大変。腕の立つ相手だからちゃんと勝負したいところだけど、あいにくそんな暇はない。だから拳銃を抜いて二人の足を撃った。

「アトレイシア! いいぞ、戻ってこい!」

 リベックシャーが振り返って銃を乱射しながら呼んでる。いまの曲刀使いが危険を顧みずに挑んできただけあって、包囲の切れ目は直ぐそこだった。追いすがってくるやつらを適当にあしらうと、怒声が背後に遠ざかっていく。

 道から離れれば、直ぐにベーレーレン軍の塹壕にぶつかる。事情を説明すれば匿ってもらえるだろうし、塹壕をたどっていけばビエンキ将軍のところまで迷わずいける。

「第2軍の陣地は、どうにも土臭いな。瘴気が流れ込むから掘り下げるのは悪手じゃないのか?」

 リベックシャーは塹壕を見慣れてないからか、地面を掘って陣地を構築する第2軍のやり方に疑問を抱いてる。昔ながらの陣地といえば土の上に馬防柵立てたり盛り土したりした地上の構築物、そういう陣地が簡単に蹂躙されるのを見たこともないのかも。

「おい、そこの二人、止まれ!」

 塹壕にいた兵士がわたしたちに気付いて銃を向けてきた。見たとこブウェールマスケットだ。初弾さえなんとかすれば簡単に制圧できる。こんな部隊がたった1〜2枚の塹壕で大切な補給線を守ってるなんて心許ない。

「銃を下ろせ! おれはブレイブジャダル将軍麾下のリベックシャー四等位准将だ。脱走兵の反乱が発生した。指揮官の場所を教えてくれ」

「ブレイブジャダル? トメクスレンの将だな、第2軍にそんな将軍は居ない。もっとマシな嘘をついたらどうだ?」

「そうだ。部隊の全員が反乱を起こして、将校が獣人と二人で逃げて来るなんてのも信じられん。こちらこそ申し訳ないですが、拘束させていただきますよ、准将殿」

 数人が塹壕から出てきたけど、どうにも様子がおかしい。わたしはリベックシャーの服の袖を引っ張って耳打ちした。

「さっきのブッチってやつのにおいが残ってる」

「買収されてるのか? 流石に斬るわけにはいかないが……最悪は強行突破しよう」

 この人たちが今日来たばかりの将軍のことを知らないっていうのは不思議ではないし、得体の知れない二人組を拘束するには十分な状況ではある。においに気が付かなければ、仕方ないかということを聞いてたところ。

「どうしたんです、警戒することはないでしょう?」

「貴様の判断で拘束されるというのは納得いかないな。君の階級上そんな権限は無いはずだ。指揮官を出してくれ」

「すでにお休みになられています。この場の判断はわたしに一任されていますので、お聞き受けください」

「他所の将校に口出しするほど偉くなれるものか。指揮官は誰だ? 軍に報告させてもらうぞ――こらっ放せ!」

 問答無用とばかりに腕を掴んできた兵士を力ずくで追い払い、周囲が色めき立った。ちょっとした騒ぎだ。

「えぇい、兵への暴行は看過できん。こいつらを捕らえろ! ――うわっ!」

 わたしは兵士に指図してる下士官の懐に入って、ひざを蹴り付けながら襟首を掴んで引き倒した。獣人がいるのに油断してるから人質になる。

「いいぞ、アトレイシア。――お前らいくらで引き受けたか知らないが、これでもチャチな報酬の方が大事か? 道を開けろ、これは上官命令だ」

「あーあ、面倒なことになりそうだ。……仕方がない、どうぞ中に。直ぐそこに連絡通路があります」

 下士官はたまったもんじゃないと肩を落とした。面倒な話になるとは思ってなかったのかも知れない。

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