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第4話 隣国での再会、「後悔したって、もう遅い」

ここは大陸最強の国力を誇る、グラン・ルミナス帝国の帝都。その中心部にそびえ立つ、純白の大理石で築かれた壮麗な迎賓館の一室である。


つい数日前まで私がいた、あの薄暗く冷え切り、絶望の足音が近づくヴェルダン王国の王宮とは、何もかもが対照的だった。外は厳しい冬の寒さであるにもかかわらず、この室内は、帝国が誇る最新鋭の魔導暖房システムによって、まるでうららかな春の陽気のような心地よい温もりに包まれている。


私は今、ルミナス帝国の最高権力者である皇帝アルフォンス陛下直々のお招きに預かり、贅沢なソファーに腰掛けていた。テーブルの上で湯気を立てているのは、隣国ではもはや手に入らなくなった、最高級の茶葉を用いた「本物の」紅茶である。

そして、その美しい磁器のカップの傍らには、かつて私がヴェルダン王宮のゴミ捨て場同然の資材置き場から拾い出してきた、あの古ぼけた「刻印石スタンプ」が、まるで国宝であるかのように恭しく敷布の上に置かれていた。


「やはり、噂に違わぬ素晴らしいものだ。この石の内部に刻み込まれた、極めて特殊で複雑な魔力波形……これこそが、大陸中の名だたる大商会の会長たちが、喉から手が出るほど欲しがっていた『信頼の証』そのものだったわけだね」


アルフォンス陛下が、手にしたカップを傾けながら、心底から感嘆したような声を漏らした。

そう、この刻印石は、ヴェルダン王国の無知な王族たちが思い込んでいたような、ただの古びた判子などでは決してない。


これを使って発行された手形や推薦状は、たとえ無一文の平民の身であっても、大陸全土に張り巡らされた巨大な商業ネットワークから、無利子・無担保で即座に数万ゴールド規模の物資を調達できるという、究極の信用状クレジットとして機能するのだ。商人たちは国を信用しているのではない。「調達官ユーリ」という一人の人間の誠実さと、この石に刻まれたサインを信用して動いていたのである。


「私にとっては、日々の煩雑な業務を円滑に進めるための、ありふれた道具の一つに過ぎませんでしたわ。……おや、どうやら騒がしいお客様がご到着されたようですね」


私が小さく微笑んで視線を向けた、その瞬間だった。

迎賓館の、数人がかりでなければ開かないはずの重厚な防音扉が、乱暴に押し開けられたのである。


そこに現れたのは、かつて私の「主人」であり、私を無能と罵って国から追い出した張本人――エリック元殿下であった。

しかし、そこに一国の第一王子としての威厳や傲慢さは、微塵も残されていなかった。豪奢だったはずの衣服はドロドロの泥と埃にまみれ、何日もまともな食事をとっていないのか、頬はこけ、目は血走っている。その姿は、気高き王族というよりは、縄張りを追われて行き倒れた野犬のようだった。


「ユ、ユーリ……ッ! ユーリ・ランバート……ッ!! 貴様、こんなところで、何をして……何をそんなに優雅に茶など啜っているんだああっ!!」


エリックは喉を掻き切るような悲鳴を上げて叫んだ。

彼のはるか後ろでは、自称・聖女のセシリアが、許可なく帝国の重要施設へ侵入しようとした不審者として、帝国の筋骨隆々な衛兵たちに組み伏せられ、美しい顔を涙と鼻水で濡らしながらギャーギャーと見苦しく泣き叫んでいた。


「あら、エリック殿下。お久しぶりでございます。国外へと追放された、ただ帳簿を付けるだけの無能の顔を見に、わざわざこのような大国まで足を運ばれたのですか?」


私がカップを片手に、極めて冷ややかに微笑みかけると、エリックはまるで糸が切れた人形のように、私の足元へと無様に這いつくばり、絨毯を涙で汚しながら叫んだ。


* * *


「頼む……頼むから戻ってくれ、ユーリ! 王宮は、我が国はもう滅茶苦茶なんだ! 騎士団は全員、あの荷運びのせいで膝の関節を完全に破壊されたかのように痛めて動けず、街の商人は一人として城の門を潜ろうとしない! それどころか、地下の備蓄庫の扉までが倉庫の物資ごと丸ごと消え失せて、今の城の中には、ネズミの一匹すら食べるものが残されていないんだ!!」


エリックの必死で、あまりにも惨めな訴えに、私は驚くそぶりすら見せなかった。すべては彼らが自らの愚行によって招いた、当然の帰結だからだ。


「それはそれは、大変な災難でございますね。ですが殿下、ご自分たちで『そんな安物の魔石や食糧など不要だ、聖女の魔法ですべて解決する』と、大見得を切られたではありませんか」


「あれは……あれは冗談だ! ただの言い間違いだ! セシリアの魔法など、見た目を取り繕っただけの、何の役にも立たないゴミ屑だったんだ! 貴様の……貴様が毎日コソコソとやっていた、あの退屈で地味な事務作業こそが、この国を根底から動かしていたのだと、私はようやく理解した! 戻ってくれたら、給料は以前の三倍……いや、十倍出そう! だから今すぐあの商人どもに連絡して、我が国に食糧と魔石を流させろ!」


/

額を床に何度も擦り付け、必死に懇願するエリックの姿を、私は冷めた目で見下ろした。そして、カチャリ、と静かに音を立ててカップをソーサーへと置いた。


「エリック殿下。……後悔したって、もう遅いのです」


かつて私を「税金の無駄遣い」と罵倒し、私が積み上げてきた十年の功績を灰にしようとした男が、今や生き延びるために私の靴に縋り付いている。そのあまりにも滑稽な光景は、最近帝都の劇場で流行している、どんな勧善懲悪の人情劇よりも、私の心を深く、爽快に満たしていた。


「それに、殿下。私が王宮を去る際、あなたは内容も確認せずに『今後一切の請求権を放棄し、異議を唱えない』という清算合意書に、ご自身の意思でサインをなさいました。まさか、お忘れではありませんよね?」


「なっ……あ、あんな、ただの平民を追い出すための紙切れが、どうしたというのだ!」


「あの魔法的な契約が成立したことにより、私が過去十年にわたり大陸全土に構築した、すべての流通ルートや商会との独占契約の『所有権』は、法的に私個人の私物として完全に確定いたしました。そして私は現在、ここルミナス帝国の皇帝陛下直属の、正当な国家公務員として籍を置いております。――つまり、私の所有するすべての流通網は現在、帝国の厳重な管理下に置かれているのです」


私の言葉に合わせるように、背後に微動だにせず控えていたハンスが、背負っていた「巨大な倉庫の石の扉」を、ズシンッ!! と轟音を立てて大理石の床へと置いた。

その凄まじい風圧と衝撃に、エリックは「ひぃっ!?」と情けない悲鳴を上げて飛び上がった。


「……ユーリ様。追っ手として帝国領内に不法侵入してきたヴェルダン騎士団の残党ですが、道中で追加で十名ほど、完璧な『正座』の姿勢にしておきました。挨拶も礼儀もなっていない不調法者は、この神聖な帝国へ入れるべきではありませんからね」


ハンスのその言葉は、もはや「ただの荷運び」という枠を完全に超越した、この世の誰よりも頼もしい、絶対的な強者の宣言であった。


それまで静観していたアルフォンス陛下が、ゆっくりとソファーから立ち上がり、床に走いつくばるエリックへ向けて、冷酷なトドメの宣告を下した。


「ヴェルダン王太子エリックよ。君たちがユーリ殿という、国家のまぎれもない『心臓』を無能と切り捨てた代償は、あまりにも重い。君の国の全資産、および主要な魔石鉱山の採掘権は、彼女への長年の未払い賃金、不当解任に伴う違約金、そして我が国への不法侵入の賠償として、我が帝国が全権をもって『差し押さえ』させてもらった」


「さ、差し押さえ……? 我が国が……私の、王位継承権が……すべて、消える……?」


「そうだ。君は今日この瞬間から、王子でも何でもない、ただの『巨額の負債を抱えた平民』だ。……ああ、そちらの偽聖女も同様だ。虚偽の奇跡で我が国の公務員を侮辱し、王家を欺いた罪は、決して軽くないぞ」


アルフォンス陛下の無慈悲な言葉に、エリックと、引きずられてきたセシリアは、絶望のあまり言葉を失い、その場にぐったりと崩れ落ちた。

かつて私を冷遇し、玉座の上から傲慢に世界を見下ろしていた彼らが、今や自分たちが「不当に踏みにじった側」と同じ、あるいはそれ以下の地獄へと真っ逆さまに転落したのだ。


私は彼らに一瞥もくれることなく、新天地の、どこまでも高い窓の外の新しい空を見上げた。


「さて、元殿下。お引き取りを。ここはあなた方のような無知な怠け者が縋る場所ではありません。正当な努力と、積み重ねた信頼のみを尊ぶ、私の『新しい居場所』なのですから」



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