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第5話 泥舟の終焉と、新しい空

帝国の白亜の迎賓館に、痛烈なほどの冷たい沈黙が降りた。

豪華な絨毯の上で完全に打ちひしがれ、言葉を失ったエリック元殿と、屈強な帝国の衛兵たちに左右からがっしりと腕を押さえつけられている「自称・聖女」セシリアの、惨めな嗚咽だけが室内に虚しく響き渡っている。かつてヴェルダン王国の頂点に君臨し、傲慢の限りを尽くしていた彼らの姿は、今や見る影もなく、哀れな敗残者そのものであった。



「さて、ハンス。これ以上彼らと無駄な言葉を交わす必要もありませんわね。……目障りですから、片付けてくださる?」


私冷淡にそう告げると、私の背後に微動だにせず控えていたハンスが、静かに一歩前へと足を踏み出した。

彼は、かつて古い民話や講談で耳にした「大切なお嬢様を泣かせた不届き者を、一人の例外もなく徹底的に叩き伏せたという伝説の侍女マリベル」のように、鋭い眼光を放ちながら、荷運び用の頑丈な帆布のエプロンをバサリと翻した。


「仰せのままに、ユーリ様。……私はどこまでいっても『ただのしがない荷運び』でございますが、王宮に溜まった粗大ゴミや、不浄な廃棄物の搬出くらいはお手の物ですからね」


ハンスはその丸太のような巨大な両手をつき出すと、もがくエリックとセシリアの襟首を、まるで子猫の首根っこでも掴むかのようにひょいと容易く掴み上げた。

二人は突然のことに驚愕し、手足をバタつかせながら「放せ!」「助けて!」と必死に叫んで抵抗しようとしたが、ハンスの全身から放たれる「完璧な礼儀作法(物理)」の圧倒的な威圧感の前に、喉が完全にすくみ、まともな声すら出せなくなった。


ハンスは二人をぶら下げたまま、一切の容赦なく迎賓館の出口へと向かって大股で歩き始める。


「……は、ハンス殿、一つ……一つだけ、私に教えてくれ」


完全に自由を奪われ、荷物のように運ばれるエリックが、絶望の淵から消え入るようなかすれた声で問いかけた。


「なぜ……なぜ貴様ほどの、騎士団を一瞬でひねり潰すような怪物が、あんな平民のユーリにだけは、これほど忠実に従うのだ……! 貴様ほどの力があれば、王にだってなれたはずだろう……!」


/

その問いを聞いたハンスはふと足を止め、振り返ることなく、無機質なほどに洗練された礼儀正しい笑みをその口元に浮かべた。


「怪物、ですか? これはまた、とんだ心外な評価をいただいたものです。私はただの平民ですよ。忠誠心が他の人よりもほんの少しだけ……そうですね、限界を突破しているだけの、ただの忠実な荷運び職人に過ぎませんよ」


ハンスはそのまま、かつて王宮の地下倉庫で騎士団の一個小隊を恐怖のどん底に叩き落とし、全員を強制的に従わせたのと同じ、容赦なき「作法」をもって、二人を帝都の冷たく容赦のない石畳の上へと、文字通りゴミのように放り出したのである。


* * *


それから数ヶ月の後――。ヴェルダン王国の終焉は、歴史の必然として、極めて劇的かつ論理的な結末を迎えることとなった。


物流という名の最も重要な「心臓」を唐突に失ったあの王国は、瞬く間に深刻な物資不足に陥り、国内の経済は完全に崩壊、極度のインフレと深刻な飢餓によって国家としての機能が完全に停止した。さらに、私がヴェルダン王宮から合法的に持ち出し、ルミナス帝国へと譲渡した「魔力核(あの古い刻印石の真の価値)」の正当な権利を大義名分とした、帝国による全方位からの過酷な経済制裁が決定打となった。言い逃れの余地をすべて失った王国は、事実上の国家破産を宣言せざるを得なくなったのである。


かつて私が血と汗を流して育て上げ、愛した広大な「薬草園」や、大陸中に張り巡らせた「物流網」は、今や完全にルミナス帝国の厳重な管理下に置かれている。そこでは、前国のような血筋だけの無能ではなく、正当な報酬と公平な評価を約束された本物の専門家たちの手によって、目覚ましい速度で再建と発展が進められていた。


一方、元王子であるエリックは、当然のごとく王位継承権を剥奪されて廃嫡処分となり、王家の財産や国税を長年にわたって私物化し続けた大逆の罪により、一生をかけて帝国と国民への莫大な賠償金を返済するための、過酷な強制労働へと就かされることになった。また、自称・聖女であったセシリアも、虚偽の奇跡と甘言によって王家を欺き、国を破滅へと導いた詐欺罪に問われ、国境沿いにある人里離れた修道院での、一生をかけた厳しい回心と懺悔の日々を送っているという。


「後悔したって、もう遅い」


/

かつて私を裏切った彼らが傲慢さゆえに手放し、失ってしまった「当たり前の幸福」は、逆立ちをしても二度と彼らの元へと戻ることはないのだ。


その頃、私はというと、ルミナス帝国の栄えある「国家物流総督」という最高位の役職に就任し、かつてないほど壮大な規模の流通計画を指揮していた。

私の執務室の正面には、ヴェルダン王宮から「自ら歩いて追いかけてきた(正確にはハンスが強引に背負ってきた)」あの巨大な倉庫の石の扉が、帝国の最新鋭物流研究棟の栄えある入り口として、ドスンと堂々たる風格で鎮座している。


「ユーリ、最近は本当に顔色が良くなったね。やはり君には、あの薄暗い王宮ではなく、この広大で自由な空こそがよく似合っている」


私のすぐ隣で、帝国の若き賢帝アルフォンス陛下が、優しく目を細めながら共に美しい青空を見上げた。


「ええ、陛下。あの日、あの救いようのない泥舟を未練なく捨て去って、本当に心から良かったと思っておりますわ」


私の視線の先には、どこまでも活気と笑顔に満ち溢れた、帝都の美しい街並みが大パノラマで広がっている。

その眼下の広場では、私の頼れる右腕であるハンスが、帝国中から集まった若きエリート配送員たちを前に、熱弁を振るいながら「荷物の正しい運び方」について熱い講義を行っている姿があった。


「いいですか、諸君! 荷物を運ぶということは、すなわち人の『信頼』を運ぶということだ! 礼儀を欠き、傲慢さに身を任せた者に、誰かの大切な想いを届ける資格など万に一つもありません! ……ほら、そこの君、少しでも気を抜くと姿勢が乱れていますよ。そこへ正座なさい!」


ハンスの、広場全体に響き渡るような雷鳴のごとき熱血指導に、新米の配送員たちが一斉に、寸分の乱れもない完璧な姿勢でビシッと石畳に膝をつく。そのあまりにも統率の取れた、どこか奇妙でコミカルな光景を上から眺めながら、私は思わずクスクスと楽しげに噴き出してしまった。


かつて私を「金を右から左へ流すだけの無能」と呼び、虐げていた者たちは、もうこの世界のどこにもいない。

自らの持つ能力と成果を正しく信じ、それを本当に必要としてくれる、正当に評価してくれる場所へと毅然として「逃げ出す」勇気を持ったこと。それだけが、私をこの優しく、どこまでも輝かしい自由な空の下へと連れてきてくれたのだ。


たとえ、どこかの劇に出てくるようにバルコニーから「夫が不能だ!」などと激しい罵声を叫ぶような派手な反撃でなくとも、静かに、しかし徹底的に、法と理論に基づいて相手を完璧に詰ませる道は必ず存在する。


心地よい、新しい時代の風が、私の頬を優しく撫でて通り過ぎていく。

私は、大陸最強の頼れる荷運び役と共に、この輝かしい新天地で、物流の新しい歴史をどこまでも記し続けるだろう。


もう二度と、誰一人として邪魔することのできない、私だけの「完璧な物流みらい」を構築するために。


(完)



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