第九話 デートのお誘い
「というわけで、千里さん。次の日曜、僕とデートしよう」
「はい?」
九朗と最初に出会った神社の境内にて。
約束したわけではないが、ただなんとなく気分転換のつもりでまた散歩に来てみれば、案の定九朗はいた。
少し先に商売繁盛で昔から有名な神社があるおかげか、ここは日頃の参拝客が少ない。
九朗もそれを分かっていて、静かでちょうど良いと居座っているのだろう。
ただ、顔を合わせるなり突飛なことを言うものだから、千里は少々飲み込むのに時間を要した。
「デート……逢い引き……」
「だめかな?」
九朗が期待に満ちた目で覗き込んでくる。
「未婚の男女がデートなんて、そ、そんなふしだらな……!」
「え?」
予想外の返答に九朗は一瞬言葉につまる。
「えーっと、今明治何年だと思ってる?」
「た、確かに今どきは自由恋愛が認められていますけど……だからといって、わ、私にはちょっと早いといいますか、その……」
千里にしては珍しく言葉を濁している。九朗はその態度だけですぐ理解したようだ。
「なるほど、箱入りお嬢さんか」
「……世間知らずで結構よ」
「いいや、僕はお嬢さんのそういうところも好ましいよ」
この男は自分が何を言っても全肯定するつもりなのか? と眉間に皺がよりそうになる。
そのうち千里が家で見せているような傲慢でわがままな態度を全開にしても九朗は笑って受け入れそうで、ため息が出そうになった。
「ともかく、私と九朗さんがデートして何が得られると?」
「君のお姉さんと京矢も誘うんだよ。ほら、僕たちは共通の趣味を持つ友人という設定だろう? 僕らが接点となって二人を掛け合わせるとしたら、これが一番自然な方法じゃないかと思って」
「確かに、そう言われると……」
九朗は千里に友人を紹介し、千里は九朗に姉を紹介するという形ならそこまでおかしくはない。
千里の友人が女学校の同級生ではなく、男子学生だという点を除けばだが。
「でも、佐倉さん自身も問題を抱えているというのに、我が家の問題を押し付けるのは……やっぱりどうなのかしら」
「それは、先日の夢で?」
千里は頷く。
「ええ。最初は未来の私と姉さんの立場を入れ替えさえすれば朝霧家の問題は解決するように思っていたけれど、やっぱりそう簡単にはいかないような気がしてしまって……。それに、佐倉さんと姉さんを無理やりくっ付けるような真似は良くないのでは」
「なるほどね。佐倉京矢という実在の人間を目の当たりにして怖気付いたんだ」
「……その通りよ」
渋々肯定すれば、九朗は明るく笑う。
「なあに、そう重く捉えることは無いさ。妹が姉に良い人を紹介したいと考えることぐらい、よくある話だろう? 僕の姉も家族からの紹介で見合い結婚したんだ」
「九朗さんにも、お姉さんがいらしたのね」
「まあね。九朗なんて名前の通り、兄弟姉妹が多いんだ」
そう言われて初めて、千里は彼の背景について全く知らないことに気づいた。
自分と姉と佐倉京矢のことばかりで、九朗がどうして異能力やオカルト話に興味があるのか、それすら聞いたことがなかったのだ。
「ま、それはさておき、最終的に決めるのは当人同士なんだからそう考えすぎなくてもいいんだよ。京矢もあれで我の強いヤツだから、千里さんの思い通りに動かす方が難しいぐらいさ」
「とにかく、一度姉さんに話してみるわ。二人の関係性がどうなるかはともかく、少しでも未来と違う行動を取り続けることも大切だものね」
だが、その時だ。
「おい九朗、貴様ら未来だとか俺をどうするだとか一体何の話をしているんだ?」
少し離れた木陰から姿を現したのは、今まさに話題に出ていた京矢だった。
怪訝そうな顔をして千里たちを見ている。
(うそ、未来予知の話を聞かれた……!?)
いつから彼がいたのかは分からないが、全く気配すら感じなかった。
「尾行してたのか!? 君がそんな器用なことを!?」
「馬鹿にするな。恋煩いで浮かれた九朗の尾行ごとき容易いわ。それで、貴様らは本当はどういう関係なんだ。聞こえていたぞ、さっきから訳の分からん話ばかりして」
やはり聞かれてしまっていたようだ。
ほとんど初対面に等しい千里が自分についてあれこれ語っていたら怪しく思うのも当然だろう。
必死に言い訳を考える千里の横で、九朗はなんでもない顔をして誤魔化そうとする。
「友達だって言っただろ。共通の趣味だって」
「じゃあそこの女子、こいつの好きな宇宙生命体の名称を言ってみろ」
「え、うっ、宇宙?」
突拍子もない質問に、千里は答えることはできなかった。
そもそもそんな話は初めて聞いたぐらいだ。
「コズミックホラーのまだ話はしてないんだ。尋問みたいなことはやめてくれよ、千里さんが怖がってる」
「こずみ……何……?」
「やはりな。彼女のようなうら若き乙女が心霊現象や超古代文明やらに興味を示すとは思えない。真の目的はなんだ」
京矢の鋭い視線が千里を貫く。
これまでと様子が違い、少々気圧されそうになりながら、千里は京矢を見つめ返した。
「心霊現象とかはよく分かりませんけど、私は超能力に興味があるんです」
「じゃあなんだ、自分は未来予知ができるとでも言うのか?」
(こ、この男……!)
思わず睨みそうになったのは言うまでもない。
「まあまあ京矢、なにもそう怖い顔をしなくてもいいじゃないか」
「九朗。貴様まさかと思うが俺の実家についてあれこれ言いふらしたわけじゃないだろうな?」
「いや、それは」
「昔からよくいたんだよ。君のような頭の悪い女たちが、くだらない金と権力の為だけに俺に付きまとうんだ。浅ましい下衆共が」
吐き捨てるような声に、千里は彼がどうして急に怒り出したのか察しが付いた。
(この人、私が権力目当てで近づこうとしてるって勘違いしてるんだわ!)
恐らくこれまでもそういったことがあったのだろう。
京矢の怒りは千里に対してではなく、過去の嫌な出来事から来ているものだ。
千里も権力に目が眩んで接近してきたのだと決めつけて、追い返そうとしている。
(過去に女性関係でトラウマが……? だとしたら、未来であんな風に変わってしまったのも頷ける……)
未来で別人のようになってしまう原因の一つに、これがあるのかもしれない。
しかし、一つ手がかりを得られたのは良いが、それより先に京矢からの疑いをどうにかしなければならない。
「千里さんはそんな人じゃない」
「お前だって知っているだろ、ああいう連中がどれだけ迷惑か。お前も、この女にいいように扱われてるだけじゃないのか」
確かに京矢の言うように、金目当てで男に近づく女の娘、そう罵られてきたことは片手では足りないぐらいあった。
だが、これ以上好き勝手言われるのも我慢ならない。
「馬鹿にしないで。あんたの実家のことなんてこれっぽっちも興味なんかないわ!」
「どうだか。九朗は人を見る目がまるでないようだな」
「あのね、言っておくけど私の家だってお金持ちなんだからあんたが御曹司だろうがどうでもいいのよ!」
「ではなぜ君の姉と俺を引き合わせようと計画していた?」
「それは……っ」
千里は一瞬言葉に詰まった。
未来予知の話ができないからではない。
千里自身も最初は、京矢の持つ家名とそれによる権力を目当てに近づこうとしていたのは間違いない。
ただそれが、自分自身の利益のためではなく、姉のためというだけであって、京矢からしたら同じだろう。
結局それは、彼に嫌な思いをさせてきた過去の人々と変わらないのだ。
「京矢、少し話をしよう。落ち着け」
「貴様には聞いていない。黙れ」
冷淡に言い放ち九朗を遮ると、京矢は千里に一歩近づく。
「今の俺は家業とは一切関係無い。残念だったな。さっさと他の男に乗り換えることを勧めておくよ」
「京矢! どうして君はそう……!」
そこへ、聞きなれた声が割り込んできた。
「千里ちゃん!」
「姉さん!?」




