第二十話 女学校での一波乱
結局、普段二人の間で尚政の話をすることなどないのできっかけが掴めず、有紗と千里はそのまま女学校へと来てしまった。
あれから有紗はいつもより支度に時間がかかっていたようで、家を出るのが遅くなった。
尚政との話が長引いたのだろうかと、どうしても気になってしまう。
「あっ、荷物持って」
「あら、疲れちゃった?」
うっかり考え事ばかりしていたせいで、意地悪妹の演技を忘れそうになった。
校舎に入る前に有紗に自分の鞄を持たせると、不機嫌そうに眉を釣り上げて堂々と歩く。
「またあの子、有紗さんを虐めてるわ……」
「この前の課題も有紗さんにやらせたんでしょう? どこまで嫌らしいのかしら」
廊下を歩けばすぐに有紗を擁護し、千里を嫌悪する囁きが聞こえてくる。
元々継母の連れ子だと知られているのもあって、千里の評判はあまり良くなかったが、このところますます拍車がかかってきている。
有紗は品行方正でお淑やかなお姉様、なんて扱いで元より周囲から人気が高かったため、有紗を気遣ってくれるクラスメイトはあっという間に増えた。
千里は内心しめしめと笑いつつ、有紗へ話しかけに目を輝かせて集まってきた女子生徒たちを眺めながら、自分の組へ歩いていく。
「有紗さん、ごきげんよう」
「有紗お姉様、この間お姉様に教えていただいた縫い物のことなんですけれど……」
「有紗さん、おはようございます。先日お父様から洋菓子を頂いたのだけれど、良かったら有紗さんも貰ってくださらない? とっても美味しいのよ」
皆に囲まれて有紗は困りつつも、一人一人に嬉しそうに対応していた。
(相変わらずすごい人だかりね。そうよ、みんなもっと姉さんの魅力のとりこになればいいのよ……!)
成績優秀で美人、お嬢様のお手本のような気品がありながら、皆に分け隔てなく接し、慈愛の心を惜しみ無く周囲に振りまくが、どこか儚く、守ってあげたくなる一面もある。
先輩後輩問わず、有紗の周りは自然と人が集まるほどの人気ぶりだが、本人がそれを一切鼻にかけないところがまた、美徳だとしてますます羨望の眼差しを集めるのだ。
(神秘学術協会のことがよく分からなくても、姉さんの人気を活かして誰かの人脈で何とかならないかしらね……)
尚政の周囲には政治家や実業家やら権力のある人々がいるが、それでも決して崩れない磐石というわけではない。
幸いここはお嬢様たちの集まる女学校なのだから、有紗を助けてくれる人脈の一つや二つ工面できないだろうか。
などと、またしても千里が未来のことに思いを馳せながら、その日の午前はあっという間に過ぎていった。
昼休みになり、千里はさっさと教室から退散しようとする。
一緒に昼食を摂るような友達は元々いなかった。
入学早々、卑しい出自の連れ子だと噂されて友達は全く出来なかったからだ。
有紗に迷惑をかけているというのもあって、直接何もしていなくても敵視してくる子もいたぐらい。
ただ千里もこの性格なので、売られた喧嘩は全て買ってしまい、進んで孤立を選んでいたので、有紗に対して意地悪な真似をしなくとも千里が嫌われ者なのは同じだった。
「朝霧さん、ちょっといいかしら」
「……なにかしら?」
中庭へ出ていこうとした矢先、なにやら剣呑な雰囲気の女子生徒が、他にも複数人を連れて千里に話しかけてくる。
平崎男爵家の娘、頼子だ。
華族ということもあって周囲から一目置かれているが、彼女は一際有紗を慕っている。
当然、千里の事は毛嫌いしていた。
「このところ、朝霧さんの行動は目に余りますわ。有紗さんに悪いと思わないの?」
頼子の取り巻きたちが同調する。
彼女たちが指し示す先には、教室で周囲を賑わせている有紗たちの姿だ。
「有紗さん、一緒にお昼を食べましょうよ」
「あら、またそんなに少ないの? いけませんわ、ちゃんと栄養を摂らなければ力も出ませんことよ」
「私はこれで十分よ」
有紗がそう言えば、あれもこれもとおかずが有紗の弁当箱に寄せられている。
「なんてお可哀想な有紗さんなのかしら。どうせ、お弁当もあなたが意地悪をしているのでしょう。姉から何でも奪わなければ気が済まないなんて、なんて嫌らしいのかしら」
「はあ……?」
いきなりなんだと千里は面食らうも、頼子は止まらない。
「あなたのような方がいると、風紀が乱れますのよ。どちらのご出身か知りませんけれど、せめて振る舞いには気をつけて欲しいと、皆我慢していてよ」
「私の出身ですって? 生まれも育ちもこの街よ。文句でもおあり?」
強気に言い返せば、頼子も苛立ち、周囲は突然始まった騒動に注目する。
騒ぎに気づいた有紗が、慌てて頼子と千里の間に入ろうとしてきた。
「まあまあ、喧嘩なんてだめよ。二人とも、どうしちゃったの?」
「有紗さん……! いいんです、わたくしは分かってますから」
頼子はうっとりとした表情でそう言う。
早くも自分の世界に入り込んでいるらしい。
これには有紗も困ったように首を傾げていた。
「朝霧さん、あなたは有紗さんが怒らないからといって、いつまでも迷惑をかけられるなんて思わないことね。未来の姉は、このわたくし、平崎頼子が守ってみせますわ!」
「さすが頼子さん!」
「頼もしいですわ!」
頼子の堂々とした宣言に、取り巻きの子たちがぱちぱちと拍手をする。
(どういう茶番なのよ? ……というか、未来の姉?)
勝手に感動的になっている頼子を、千里は馬鹿馬鹿しくて見ていられなかった。
だが、頼子の話は終わらない。
「ええと、頼子さん? 一体どうされたの……」
「わたくし、聞いたんです。我が家の兄と、有紗さんの縁談のこと」
「まあっ」
途端、周囲が沸き立つ。
「なんですって!?」
「そんなっ、有紗さんが結婚を……!?」
世間知らずのお嬢様たちの集まる女学校なんて、誰かのお見合いなんて、すぐ大騒ぎになるに決まっていた。
有紗が止めようとするも、皆の歓声にかき消されてしまう。
「それでは有紗さんは、平崎男爵夫人になるということ? 素敵だわ……!」
「そういえば、以前釣書をこっそり見ていらしたわよね。おめでとう、有紗さん!」
ぱちぱちと拍手の輪が広がり、隣の組からもなんだなんだと見物に生徒たちが集まってきた。
だが、千里はそんな話ひとつとして聞いていない。
(まさか、今朝尚政さんが姉さんの所に行ったのは、これのせい……?)
千里の知らないところで有紗の縁談が進んでいた、なんていかにも有り得そうな話だ。
それに、他の生徒が言うには釣書も見ていたらしいではないか。
尚政は千里に興味がないため、わざわざ有紗の見合いなど伝えるはずがない。
だが、有紗の恋愛事情を尚政は知らないはずだ。
「我が平崎家は、あなたのような卑怯者を認めませんわ。悔しかったら日頃の態度を改めなさい!」
頼子は堂々と千里に啖呵を切る。
わがままで意地悪な千里が、姉の結婚を聞いてそれはもう悔しがると思っていたのだろう。
当然、周囲も千里が嫉妬で荒れ狂う様子が見られると思っているはずだ。
だが、聞こえてきたのはか細い声だった。
「違うの……」
有紗が顔を赤らめて、俯いている。
ざわめきがしんと、静まった。
「ごめんなさい、そのお話、お断りさせて頂くつもりだったの……だって、私は……」




