第十九話 二人で眠る夜
セイレーンの館であんな話をした矢先にこれだ。
それも、今回は有紗が京矢ではなく早瀬亨と結ばれて、挙句の果てに例の新興宗教の犠牲になるだなんて。
前回よりも未来予知の内容が鮮明で、自分自身の意識も明確だっただけに、恐ろしさに震えが止まらない。
「嫌よ……あんな未来なんて……」
千里はゆっくりと体を起こす。
憧れの人と姉が結婚して幸せに暮らす……理想的な未来のはずなのに、有紗が千里と無理心中をはかるという結末を迎えた。
「早瀬さんも、結局尚政さんたちの思想と同じだったってこと……? それに、他に愛している人がいるって……」
自分の知る早瀬亨とまるで違う人物像に、千里は目眩がしそうだった。
その上、有紗のあの姿は一体どうなっているというのだ。
まるで、生きながら死者となったかのような、とても生者とは思えない様だった。
神秘学術協会『オルフォイス』は、死者を甦らせ、生命の創造と神秘を解明するという名のもとに、医学研究という名目で何らかの信仰を集めている、ということしか千里は分かっていない。
ある一定の倫理から逸脱した医学研究を行っていることは尚政と喜久子の会話から察してはいたが、それも、日本では認められていない薬品の使用といったものらしいとしか知らなかった。
だが、未来の有紗の様子は常軌を逸しているとしか思えない。
一体有紗は亨に何をされたというのだ。
「分からない……」
布団の上で一人悩んでも、手元にある情報があまりに少なく、これ以上はどうしようも出来なかった。
千里はゆっくり体を起こすと、有紗が眠る離れの方へ向かう。
廊下は冷たくひんやりとしていて、外はまだ薄暗い。
無性に有紗の顔が見たかった。
いつもの脳天気な顔でぐっすり眠る姿を見れば、少しは気が楽になるかもしれないと思ったからだ。
障子を開ければ、有紗は布団の中で眠っていた。
規則正しい呼吸で、おかしなところなど何も無い。
有紗は決して死んだりしない。そうだ、そうならないように自分は戦うと決めたのだ。
「……千里ちゃん?」
千里の気配に気づいたのか、有紗が目を開ける。
「怖い夢を見たの?」
「……うん」
「おいで。一緒に寝ましょう」
有紗が布団を捲り、千里の場所を空けてくれる。
千里は躊躇わず布団に潜り込み、有紗にぎゅっと抱きついた。
普段の千里なら絶対にしない子どもじみたことだったが、有紗は千里の頭を撫でながら、また眠りにつく。
千里は有紗の温かい体温に包まれながら、うつらうつらとしはじめる。
朝霧家に来たばかりの頃、慣れない環境で眠れずに苦しんでいた千里を、有紗はよく同じ布団に入れて寝かしつけてくれた。
千里たちを嫌って当然の立場のはずなのに、有紗はいつだって千里を受け入れ、大切にしてくれた。
(大丈夫……姉さんは、私が守る……)
『異能力の過剰な行使は、自身を滅ぼすことになる』
青の言葉が蘇る。
たとえ滅ぶとしても、姉を守れるのならそれで良いと、千里は思ってしまうのだった。
翌朝、平静を装う千里だったが、有紗には隠しきれなかった。
「ふふ、千里ちゃんが一緒に寝てくれたからとっても温かかったわ」
「そう……なら良かった」
にこにこ微笑みながら嬉しそうにしているが、千里の悪夢の内容までは聞いてこなかった。
ただ、いつでもおいでと有紗は千里を黙って受け入れてくれるのだった。
誰かに見つかる前に自室に戻って身支度を整えにいく。
今日は平日、これから学校だ。
寝不足気味になるかと思いきや、有紗の隣が心地よいのは本当のことで、なんだかいつもよりぐっすり眠れたとまで感じるぐらいだった。
と、のんびり廊下を歩いていれば予期せぬ人物に足を止める。
「……っ、おはようございます」
「ああ」
有紗の父、朝霧尚政だ。
いつも険しい顔をしていて取っ付きにくく、正直対面であまり会話をしたことはない。
「また有紗に課題をやらせたのか」
「いや、今日は別に……」
そういえば前に刺繍が上手くできなくて有紗に泣きついたことがあったが、運悪く尚政に見られていたのだ。
どうも尚政は千里のことを頭の悪い娘として見ているところがあるようで、良い顔をされたことがない。
好かれたいなど一度も思ったことはないので別に良いのだが。
「あの……」
「なんだね」
思い切って声をかけると、尚政は足を止めてくれた。
「『神秘学術協会』って、普段、どんなことをしているんですか……?」
こちらを振り向いた尚政は、少しだけ驚いているように見えた。
が、すぐに表情を元に戻してしまう。
「前にも説明したと思うがね。興味があるのなら喜久子さんに聞きたまえ。もっとも、君はあまりに幼すぎて会の皆さんの前には出せないがな」
何か一つでも聞き出せればと思ったが、あっさり終わってしまった。
これまでずっと無関心だった千里が、急に協会に興味を持ち始めたところで、信者にする価値すらないと尚政は思っているのだろう。
「有紗はいるか」
「まだ、部屋にいるかと……」
尚政は有紗の部屋に向かって歩いていく。
有紗に用があるらしいが、早朝からなんてどうしたのだろうか。
朝食の席では話せないようなこと……まさか、京矢との関係がもうバレてしまったのか。
(でも、それにしてはいつもとあまり変わらないような……? 登校中に姉さんにそれとなく聞くしかなさそうね)
尚政の考えていることはよく分からないので、千里は彼がとても苦手だった。
しかし、尚政が亨と有紗の結婚を強制するような可能性が少しでもある限りは、これまでのように実父といえどもこれを放っておくわけにはいかない。
(いっそのことさっさと佐倉さんが攫っていってよね)
脳内で京矢に語りかけるも、千里の中の京矢は赤い顔をして有紗の前ででれでれとだらしのない顔を見せるばかりで、全く頼りにならなさそうだった。




