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朝霧家のわがままな義妹  作者: 雪嶺さとり


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第二十一話 有紗の秘密

「だって……だって、私……!」



 様子のおかしい有紗に、皆の視線が集まる。

 


(あああっダメダメダメ!)



 千里は有紗が何を言うつもりなのか、瞬時に理解した。


 平崎家との縁談は断った、なぜなら自分には恋人がいるから……そういうつもりなのだ。


 だが、自由恋愛がうたわれる世の中とはいえ、女学校という場で不特定多数に打ち明けてしまうのはマズい。

 教師に伝われば有紗の評判を落としかねない上に、どこから尚政たちに伝わってしまうか分からないからだ。



「私、実は……!」

「姉さぁぁぁん! どういうことよ!」

「千里ちゃん!?」



 ダダダッと有紗の元へ詰め寄り、小声で囁く。



「佐倉さんのことは言っちゃダメよ……!」

「で、でも……」



 もごもごと言い訳をしようとする有紗に構わず、千里はわざとらしいまでの大声を出す。

 


「お見合いなんて聞いてないわ! どうして姉さんばかり! ずるいわー! あぁーっ、羨ましてたまらないー!」

「ち、千里ちゃん……?」



 大根役者さながらの叫びに有紗は困惑するが、頼子は負けじと勝ち誇ったような高笑いをした。



「おほほっ! 本性を現したわね! やはりあなたのような性根の人は、有紗さんに相応しくないのよ!」



 頼子は皆の前で気に食わない千里の本性を暴いてやったつもりだろうが、千里の目的は皆から自分へ注意を逸らすことだ。


 今度は頼子の方へ詰め寄ると、これまた大声を出して頼子に聞き返す。


 

「じゃあ何!? どんな人なら姉さんの妹に相応しいって言うの!? 言ってごらんなさいよ、具体的に分かりやすく!」

「ぐ、具体的に?」

「そうよ! 人にあれこれ道理を解きたいのなら、それ相応の道筋を立てて説明してちょうだいな!」

「は、はぁ……?」

「ほら、そこのボサっと見てるあなたも! そのあなたもよ! どんな妹なら朝霧有紗に相応しいのか、納得できるような論理的な説明を私に聞かせてちょうだい!」



 頼子の取り巻き達にもビシビシ指をさして指名していく。


 いきなりおかしな事を言い始めた千里に彼女たちは困惑しているが、千里はさあさあ早くと促すばかり。



「え、えーと……まず、思いやりがあって……」

「思いやり!? 思いやりですって!? それは具体的にどのようなものを指すのかしら!? 誰にどんな思いやりを見せれば基準を満たすと言えるの!?」

「え、ええっ……」

「主観的な話を聞いてるのではないわ。客観的に! 具体的な例を用いて! 朝霧有紗に相応しい妹像を仰ってと言っているのよ!」



 急におかしな事を言い始めた千里に、有紗のことも忘れ、皆が珍獣でも見るかのような視線を向けてくる。


 頼子は勝気だが想定外の出来事には弱いようで、いきなり論理的に言えと詰めてきた千里に、すっかりたじろいでいた。


 自分自身で奇妙なことをしている自覚はあるが、それでも千里は止まらなかった。


 だが、このまま畳み掛けて頼子に追い打ちをかけようとしたその時だ。



「千里ちゃん、もういいのよ。変なことを言わせちゃってごめんなさい。もう、そんな演技はしなくていいの」

「なっ、演技だなんて」

「私、頼子さんのお兄様とは結婚できません」



 千里の苦労も叶わず、有紗は言ってしまった。



「……え」



 頼子が驚愕の表情を浮かべ、がくりと膝を落とす。



「そっ、そんなぁっ……!」



 兄と有紗が結婚するとばかり思っていたのか、有紗はすっかり涙目だ。


 

「わぁぁあっ……!」

「よ、頼子さん……!」



 まさか断られるなんて思いもよらなかったのだろう。


 裕福かつ歴史のある平崎家など、嫁入り先としては理想的な家だ。


 その上相手の家族から大歓迎されているのだから、生家で辛い境遇にある有紗が断る理由などないとばかり思っていたのだろう。


 実際、千里だって、頼子のことは好きではないが京矢とのことがなければ喜んで平崎家に送り出したはずだ。



「どうしてなのですか、有紗さん……!」

「だって、私は……」



 有紗がとうとう打ち明けてしまう。

 もうダメだと千里が頭を抱えるが、甲高い声がそれを遮った。


 

「皆さん! これは何の騒ぎですか!」



 つかつかと歩いてきたのは、有紗の組の担任だ。

 泣き出した頼子と有紗たちを置いて、生徒たちは慌てて教室に戻るが、担任の女性教師は顔を赤くして怒っていた。


 

「朝霧有紗さん、お父様がお迎えにいらしてますよ」

「……え?」



 有紗だけを名指しして、教師は有紗に支度を促す。同じ朝霧家である千里に目もくれない。この女性教師は古い考え方をしているところがあるので、間一髪だったと言えるだろう。

 有紗の恋愛事情を知ったらきっと怒るに違いなかった。


 有紗はすぐに鞄を取りに行くが、その前に千里に何か手渡す。



「千里ちゃん、ごめんなさい。これをお願い」

「これって……」



 千里の返事を待たずに、有紗は教師につられて去っていく。

 渡されたものは京矢宛の手紙だった。頼子に見つかる前に、千里はさっと服の中に隠す。



「有紗さん……どうしてなの……」

「あのね、あなたの結婚じゃなくて姉さんの結婚なのよ。姉さんが誰と結婚しようが、姉さんの自由でしょうが」

「あ、あなたなんかに私の何が分かるのよ……!」

「分かんないわよ。でも、あなただって、私のことも、姉さんのことも知らないでしょ。表に見えることが、その人の全てではないわ」



 千里の言葉に頼子は目を丸くしていた。


 千里に説教じみたことをされるなんて、普段の頼子にとっては屈辱でしかないだろうが、彼女は文句を言うどころか、かえって冷静になって考え込んでいる様子だった。



(でも、どうして尚政さんが……)



 昨晩の夢を想起してしまう。よりによって、お見合いの話をしている時に来るなんて。


 有紗が平崎家からの縁談を断ったのは京矢が理由だろうが、尚政には断る理由はさほどないはずだ。


 それこそ、もっと尚政にとって利益のある縁談が来ていなければ、きっとすぐにでも嫁がせただろう。



(まさか、ね)



 もし、早瀬亨との結婚が決まったのだとしたら。

 あの早瀬さんに限ってありえないと思いたい一方で、もしものことがあったら、という疑念は消えない。


 セイレーンの館で、青に相談してみようかと考えるものの、忠告された矢先にまた未来予知に振り回されている自分のことを、青はどう見るだろうか。

 

 とにもかくにも、有紗のために自分ができることをするまでだ。



「ほら、いつまでも座ってないで行くわよ。そんな顔じゃ教室に入れないでしょ。保健室で落ち着くまで大人しくしてなさいな」

「うぅ……」


 

 千里は頼子を助けて起こすと、保健室へと連れていく。

 しまい込んだ手紙が、やけにずしりと重く感じられた。


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