第十一話 鈍感すぎる!
帰宅した千里は、九朗との関係が気になる様子の有紗からの質問を適当にはぐらかしつつ、どうやって有紗を連れ出そうか考えていた。
(いつもいつもやらなくていいような仕事を押し付けられて、洗濯やら掃除やらしてる姿ばかりじゃない。次の休日こそは連れ出してやるわよ……!)
大体、忙しいといいつつ彼女たちは千里には何も頼んでこないのだ。
にこにこして千里に取り入ろうとすれば、喜久子の機嫌を損ねなくて済むと思っているのだろう。
実際のところ、喜久子にとって千里は気分次第でかわいい愛娘か邪魔なお荷物のどちらかになる。
喜久子にとって大切なのは自分とお金、ただそれだけだ。
「千里、あなたもそろそろお見合いをしなくちゃねぇ。あなたはとってもかわいいから、選ぶ相手がたくさんで困っちゃうぐらいよ」
夕食の席で喜久子はおもむろにそんな話をした。
今日はすこぶる機嫌が良さそうだが、よくよく見れば着物が新しい。
尚政のいない食卓はいつも喜久子が有紗に意地の悪いことばかり言ってギスギスしているが、今日はそうでもないのかと思いきや。
「誰かさんと違ってねぇ。千里は素敵な女の子だから、いい人と結婚できるわよ」
視線の先には誰かさん……有紗がいる。
もっとも、肝心の本人はにこにこしながら煮物を咀嚼しているだけだが。
いつも喜久子は遠回しに有紗を悪く言うが、有紗は全く気づいていないので、千里だけがはらはらさせられるのだ。
有紗の膳だけ一品減らされていたり、焦げた部分ばかり集められていたり、これみよがしに有紗を悪く扱う。
(誰かさんって、母さん本人って意味?)
なんて口にすれば、喜久子はすぐさま激昂して箸を折るのだろうと千里は聞き流す。
「千里は今どきの洋服も良く似合うから、お見合い写真は洋装でもいいかもしれないわね。今度、尚政さんにお願いして百貨店に家族三人で行きましょう」
喜久子は意地悪く笑っている。
(わざわざ『三人』なんて言っちゃって……)
わざとらしい言い回しだが、これも有紗は全く意に介していない。
「それが良いと思います! 前に着ていた紺色のワンピースも素敵でしたから、それに似合うお帽子なんかもあると良いですね」
「……ええそうね」
「お見合い写真ができたら、ぜひ私にも見せてくださいね」
「もちろんよ。有紗さんより千里が先に結婚して、立派なお嫁さんになるでしょうけどねぇ」
「そうですね! あんなに小さかった千里ちゃんがもうお嫁さんになるなんて、感慨深いです……!」
何故そこで感動する、と突っ込みたくなるぐらいだ。
こうなると、とうとう喜久子も直接的に言葉を選ばなくなってくる。
「はっ、あなたって本当に危機感がないのねぇ。今どきなんの取り柄もない行き遅れの女なんて恥ずかしいわよ!」
「喜久子さんにご迷惑はおかけしません。そうならないように、私もお見合い頑張ります!」
そのお見合い自体が有紗には用意されないのだが。
喜久子の意地悪を分かっていてこの反応なら、もはや才能と言えるだろう。
「お見合いなんて私には早いわよ。興味もないし……」
「何わがまま言ってるの! いい、よく聞きなさい? お金持ちの素敵な男性と結婚するのが女の幸せなのよ! 他の女と違って、千里なら絶対に良い人と結婚できるに決まってるわ」
「私もそう思います!」
にこにこ同調する有紗を喜久子はキッと睨みつける。
(鈍感すぎる……! 頼むから姉さんは黙ってくれないかな!?)
金持ちの男と結婚することだけが幸せなんて、そんな虚しい人生、千里はごめんだ。
母の後ろ姿を見てどうして同じように育つと思ったのだろうか。
だが、話がややこしくするわけにもいかず、適当に頷いておく。
「分かったわ。でも出かけるなら次の日曜以外にしてくれる?」
「あら、何か用事でもあるの」
「ちょっと映画に。姉さんは私の荷物持ちだから」
これには有紗も驚いている。
今さっき思いついたことだ。
今ここで有紗を千里のわがままに付き合わせるのだと宣言してしまえば、邪魔はされないだろうと。
先程のあの反応を見るに、きっと京矢も来るに違いない。
有紗の中で京矢の第一印象はあまり良くないだろうが、京矢の方が有紗に一目惚れしたのならここで後押ししない手はないだろう。
京矢を上手く誘導できれば、有紗には縁談のひとつもないまま自分だけ見合い結婚でこの家を出ていくような事態は避けられる。
「いいでしょ? 姉さんはどうせ暇なんだから私に付き合って」
「千里ちゃんがそう言うのなら……」
九朗との計画は当然有紗は知らないため、突然のことに驚いている。
千里がこれまで、自分から映画に行きたがることなんてなかったからだ。
「映画?」
「だめ?」
予想外にも、喜久子はぽかんとしたままで千里に言い返してこなかった。
「ああ、そう……あなたが劇場に……もうそんな歳になったのね」
「母さん?」
「……なんでもないわ」
思いもよらない反応に、まずいことでも言ってしまったのかと冷や汗が出そうになる。
だが、喜久子はすぐに元の表情に戻った。
「そそっかしい人に荷物持ちなんてさせて、財布は無くさないように気をつけなさい」
「はあい」
喜久子の反応は気になるが、ともかくすべきことは果たした。
「千里、もういいの?」
「もうお腹いっぱい。気分じゃないから、姉さんがこれ食べてよ」
箸を置いて、小鉢のかぼちゃの煮付けを有紗に押し付ける。
「まあ。ありがとう、千里ちゃん」
「はあ? 何笑ってるのよ」
「うふふ、気にしないで」
食べ残しを押し付けられたというのに、有紗は一人で嬉しそうにしている。
それを見て、喜久子は呆れたように鼻で笑った。
有紗の好物がかぼちゃであることを、喜久子だけは知らなかったのだ。




